100年ぶりの五輪開催でパリが盛り上がっている。パリに住むフランス人の多くは大会を前にバカンスへと出かけていったが、入れ替わるように集まってきたのは各国の選手団やサポーター、それに合わせて訪れた観光客たち。オリンピック・パラリンピックの競技はもちろんだが、彼らはやはり世界有数の都市であるパリ、しかもめったに観られないような五輪中のパリの風景を楽しもうと街の名所を訪ね歩く。
この歴史的なイベントに向けて、パリはその街や建築のお化粧直しをしてきた。特に開会式が行われたセーヌ川沿いや競技会場を中心に、主要な建築やモニュメントは長年のくすみや汚れが取り除かれて美しくなった。そんななか一緒に磨かれたのが、パリの街を彩る屋外のアートだ。さすがは街の歴史も芸術の歴史も長い都市だけあって、パブリックアートも多種多様。世界に名だたる芸術家が残した作品も数多い。今回はパリ五輪で賑わう街のこうした屋外アートやデザインを見ていこう。
最初はスケートボードやBMXの競技会場にもなっているコンコルド広場付近から。セーヌ川をはさんで反対側のブルボン宮はフランス国民議会の議事堂だが、ここにフランスのボルドー出身のアーティスト、ロラン・ペルボによるスポーツする6体のミロのヴィーナス《La Beauté & le Geste》(美しさと動作)がおかれた。「ミロのヴィーナス」といえば言わずと知れたルーヴル美術館の人気作品のひとつでオリンピック発祥の地の古代ギリシャ彫刻。均整のとれた身体表現ゆえかスポーツする姿もよく似合う。
そして同じく彩り鮮やかなこちらの作品は、現代アートでは世界的に知られた米国の美術家ジェフ・クーンズの作品《チューリップの花束》(2018)。フェンシングなどの競技会場として使われているグラン・パレのおとなり、プティ・パレの裏側にあるのだが、知らないと見逃してしまうような場所に置かれている。2015年に起きたパリでの同時多発テロを追悼するために、当初はパリ16区のトロカデロ宮殿やパレ・ド・トーキョーが設置場所の候補に挙がっていたが、パリを代表する歴史的モニュメントと同列にこの現代アートを置きたくないと反対の署名活動が行われ、ひと目につかない場所が選ばれたといういわくつきの作品だ。
コンコルド広場のルーヴル美術館側に広がるチュイルリー庭園。ここにはパリ五輪の聖火が灯された気球が設置された。開会式終盤の点火式をご記憶の方も多いだろう。この気球は昼間は写真のように地面に置かれ、夜になると空中に上がる。これはフランス人デザイナーのマチュー・ルアヌールが構想したもので、彼はこの大会の聖火トーチをデザインしたことでも知られる。「熱気球」は1783年にフランスのモンゴルフィエ兄弟が有人飛行に成功したのだが、その初飛行の場所こそ、このチュイルリー庭園。開会式のセレモニーには、知られざるフランスのさまざまな歴史が込められていたことが、ここからもうかがえる。
さらにチュイルリー庭園からルーヴル宮殿にかけては、古典的でありながらどこか柔らかで優美な雰囲気も漂う彫刻家アリステッド・マイヨールの作品が数多く並んでいる。19世紀から20世紀にかけて活躍した彼は、写実的な肉体美を好んだ先輩のオーギュスト・ロダンとは違うアプローチで女性の裸婦像を創り続けた。身体の線を単純化した独自の造形美とボリューム感はアンリ・マティスなどフォービズムの芸術家たちにも共感を呼び、さらにその先の抽象彫刻にも影響を与えたとされる。セーヌ川を渡ったパリ7区には、彼にオマージュを捧げた「マイヨール美術館」もあるので訪れてみたい。
そこから歩いてパレ・ロワイヤル前広場まで来ると、まず目に飛び込んでくるのがルーヴル美術館の建物をミラーに映しただまし絵のような箱。これは実はこの左手の建物に移転が決まっている「カルティエ財団美術館」の工事を隠すためのいわゆる仮囲いだ。世界的な建築家ジャン・ヌーヴェルが手がけた臨時の作品だが、道行く人の目を惹くには十分な迫力がある。
そのすぐとなりには、日本でもその名が知られたフランスの美術家ジャン=ミシェル・オトニエルによるメトロ「パレ・ロワイヤル ー ミュゼ・ドゥ・ルーヴル」の駅舎。《夢遊病者のキオスク》と名づけられ2000年に完成したこの作品は、いまやクラシックなパリの中心部の風景にすっかり馴染んでいる。
そしてパレ・ロワイヤルの中に入ると、これもまたパリ市民なら誰もが知る美術家ダニエル・ビュランの作品《二つの台地》(1986)がある。ダニエル・ビュランといえばこのストライプで構成されるインスタレーションが有名で、日本でも人気のあるアーティストだ。ここパレ・ロワイヤルでは、古代から彫刻の素材として使われ、ミケランジェロやロダンが好んだというイタリア・カッラーラの大理石とフランス・ピレネー山脈の大理石を組み合わせて白黒のストライプが形成されている。
さらに歩を進めて今度は「パリ市庁舎」エリアに移ろう。パリ市役所はなんと日本では室町時代にあたる1357年からここに置かれているが、写真にある現在の庁舎はパリ・コミューンという暴動事件で火災にあったあと1873年から1892年にかけて建築されたものだ。フランス・ルネサンス様式というスタイルでデザインされた装飾的なファサードが、パリ五輪のグラフィックに彩られ、競技のパブリックビューイングなどのイベントステージとして使用されている。
パリ市庁舎エリアのアートシーンで有名なのは「ポンピドゥー・センター」近代美術館。そのとなりの「ストラヴィンスキー広場」には、20世紀後半に活躍した美術家のジャン・ティンゲリーとそのパートナーでもあった女性美術家ニキ・ド・サンファルが共同制作した《ストラヴィンスキーの噴水》(1983)がある。これはロシアの作曲家イゴール・ストラヴィンスキーの音楽へのオマージュを込めた16のオブジェからなり、夏の広場に気持ちいい憩いのひとときをくれる。
その同じ広場に面した建物の壁にはストリートアーティストのジェフ・アエロゾルの巨大壁画《Chuuuttt !》(しーっ!!)(2011)(写真左)、そして2019年には英国のストリートアーティストであるシェパード・フェアリ、通称Obeyが《Knowledge + Action = Power》(知識+行動=力)(写真中央)という作品を制作。さらにはパリの街の至るところにスペースインベーダーのアイコンを描くことで知られるアーティスト、その名もインベーダーが作品を描き、ストリートアートの聖地のような場所になった。
ほかにも公園や庭園などを中心に、数多くの彫刻やストリートアートを見かけるパリの街。観光の際には、ぜひ好奇心を持って周りを見わたしながら歩いてほしい。そして芸術品らしきものがあったら、説明書きのプレートを探すのをお忘れなく。かなりの高い確率で美術館級の作品に出会えるかもしれない。
(文)杉浦岳史/ライター、ポッドキャストナビゲーター
2009年からフランスに在住。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。2013年よりArt Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、アドバイザーなどとして活動中。ポッドキャストラジオ「パリトレ」ナビゲーター。