デザインファン待望!国内過去最大規模の大回顧展。

デンマークの家具デザイナー、ハンス・ウェグナー(1914~2007)。北欧家具やプロダクトデザインに関心のある方なら、どこかで耳にしたことのある名前だろう。生涯で500脚以上の椅子を生み出し、とりわけ《ザ・チェア》(1949年)や《Yチェア》(1950年)は名作として知られる。20世紀を代表するデザイナーとして、今なお世界中のインテリアに採り入れられ、愛されつづける存在だ。

ハンス・ウェグナー 1990 ©Carl Hansen & Søn

そんなウェグナーの日本国内最大規模の回顧展が、渋谷ヒカリエで開催中。椅子研究家の織田憲嗣氏が世界で収集してきたコレクションから、厳選された約160点の椅子と家具が展示されている。ミッドセンチュリーデザインの名品たちを一堂に見られる貴重な機会であることはもちろん、そこに込められた哲学や製作過程にまで迫った構成。ウェグナーが家具の形を通して伝えようとした「暮らしの質」までもが感じられるような雰囲気は、デザインファンならずとも楽しめるはずだ。

「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」展示風景 ヒカリエホール、2025~2026年

ヒカリエホールの大空間に並ぶ数々の椅子たちが、木の優しさと人間の確かな手業、その温もりを伝え、まるで静かな森を歩いているよう。今回の展覧会の会場構成を担当したのは、フランス・パリを拠点に世界で活躍する建築家の田根剛氏(ATTA)。時を超えた、想いと匠のコラボレーションが、ウェグナーのデザインと私たちを近づけてくれる。

「私の作品は芸術作品ではありません。日用工芸品なのです」

ウェグナーの作品を語るときに忘れてはならないのが、彼が世界的デザイナーであるより先に、「家具職人」であったということだろう。1914年にデンマークとドイツの国境の町トゥナーに生まれたウェグナーは、14歳にしてドイツ人マイスターのH.F.スタールベルクの徒弟となり、デンマークの伝統的なマイスター制度にのっとって18歳で家具職人の資格を取得。その後、コペンハーゲン美術工芸学校でデザインを学ぶことになる。

ハンス・ウェグナー《スウィべルチェア PP502》1955 織田コレクション Photo by Kentauros Yasunaga

当時この美術工芸学校に入学する際には、マイスターの資格取得証明書が必要であったという。材料を知り、その特性を体得したあとで、その技術に裏打ちされたデザインを創りだすというこのキャリア形成のあり方は、彼の創作に確かな説得力を与えることとなった。1938年ごろからデザイナーとしての活動を開始した彼は、1940年にデンマークの世界的建築家アルネ・ヤコブセンとエリック・モラーが担当する建築プロジェクトで家具デザイナーとして参画。以来、ヨハネス・ハンセン社をはじめ様々な家具メーカーと協働し、多くの名作椅子を世に送り出していった。

ハンス・ウェグナー《ザ・チェア JH503》1949 織田コレクション

「幻の椅子」からベストセラーまで、名作誕生のストーリーに迫る。

ハンス・ウェグナーを代表する作品のひとつがこの《ザ・チェア》。1949年に発表された当初は話題にもならなかったのが、翌年にアメリカの雑誌で紹介されると注目を集め、シンプルかつ洗練されたデザインから「究極の椅子」を意味する《ザ・チェア》と呼ばれるようになった。しかも腰痛に悩まされていたジョン・F・ケネディが大統領選挙のテレビ討論会のために自らこの椅子を選んだことで、その存在は世界中に知られることになった。

《ザ・チェア PPモブラー社ポスター》織田コレクション

また本展では、ウェグナーがドイツ人の家具職人のもとでの修行中だった17歳のときに初めて手がけ、今では写真資料だけしか残っていない《ファーストチェア》(1931)を再現復刻。これは、かつて所有していた人が冬の寒さに耐えられずにとり壊し、ストーブの薪として燃やしてしまったという、いわくつきの作品だ。さらにわずか3脚だけ製作された1938年の椅子も、本展にて《セカンドチェア》として復刻。これらのいわば「幻の椅子」を、今回は間近に見ることができる。

「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」展示風景 ヒカリエホール、2025~2026年 右端から《ファーストチェア》《セカンドチェア》の復刻モデル

《ザ・チェア》が創りだされた頃、ウェグナーはこう語っていたという。「私達の目標は、事物をできる限りシンプルで純粋に表現すること、私達の手で創り出せるものを示すこと、木を生きたものにすること、木に魂と生命力を与えること」・・・。この言葉に象徴される彼のものづくりの哲学は、多くの作品を通じて息づき、飽きのこない洗練されたデザインと機能性を融合した椅子が生みだされてきた。

「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」展示風景 ヒカリエホール、2025~2026年

展覧会ではこうした哲学に基づいた製作の過程を、原寸図面や製作途中のワーキングモデルなどを通じて垣間見ることができる。まるで動物の骨格標本を見るような、分解され、ひらかれた椅子の部品のひとつひとつには、ウェグナーの職人技とこれを使う人間に向けられた温かな視線が込められているよう。彫刻のような存在感に、眺めているだけでも穏やかな気持ちにさせられる。また、会場では家具モデラーの濱田由一氏による、ウェグナー作品の5分の1スケールモデルを一堂に展示。これもデザインファンにはたまらない演出だ。

「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」展示風景 ヒカリエホール、2025~2026年

実際にデンマークの椅子づくりには、5分の1の図面をもとに作製するプロセスがあるという。商品化を想定し、実物と全く同じ作業工程を辿ることで製作時間を割り出し、プロポーションのチェックなどを行う重要な作業だ。オリジナル作品に忠実に、成形合板の型まで制作するプロセスを経たこれらの小さな「作品」もじっくり見てみたい。

ハンス・ウェグナー《Yチェア CH24》1950 織田コレクション Photo by Kentauros Yasunaga

なによりも「暮らす人」のために生まれたウェグナーの椅子。

ウェグナーが手がけた500種類を超える椅子は大きく4つの系統に分類されるというが、一つ一つにこれほど違った表情をもったデザインを生みだしてきたのは驚異的というほかない。素材と構造を理解し、使う人の身体を想像し、日々の時間を思いながら椅子をデザインする。その静かな積み重ねが感じられるこの展覧会。なんと最後には、ウェグナーの椅子に実際に座れるコーナーも用意されている。

座面にふれ、背中をあずけ、肘をおいたときの安心感。視覚だけではわからない身体感覚が理解でき、椅子それぞれの性格も伝わってくる。時代を超えても変わらない、人間が感じる「心地よさ」と椅子の関係。この展覧会のあとには、あなたもきっと部屋の過ごし方と椅子の大切さをもう一度見直してみたくなるはずだ。

「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」展示風景 ヒカリエホール、2025~2026年

織田コレクション ハンス・ウェグナー展 

至高のクラフツマンシップ

会場:ヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)                                                            

会期:2026年1月18日(日)まで

開場時間:10:00–19:00(最終入場は18:30まで)

※12月31日(水)のみ18:00まで(最終入場は17:30まで)

休館日: 2026年1月1日(木・祝)

詳しくは展覧会ウェブサイトへ

https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/25_wegner/

※記載情報は変更される場合があります。

※最新情報は公式サイトをご覧ください。

(文)杉浦岳史

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