まるで東京に本場パリのオルセー美術館の展示室がやってきたかのような展覧会だ。クラシックな額縁に彩られた展示品の中には大作も多く、ふだんオルセー美術館では見られないような貴重な所蔵品さえもある。「室内」をテーマにしたことで、それぞれの作品に描かれた細部までが気になる、楽しく興味深い展覧会になった。印象派ならではの絵筆のタッチもふくめ、ぐっと近づいて鑑賞したい。

オルセー美術館から10年ぶりの規模の作品群が来日。

パリにおける近代絵画の殿堂・オルセー美術館。印象派の作品群で世界的に知られるこの美術館から、約70点もの作品が日本にやってきた。オルセーの印象派コレクションがこの規模で来日するのは、およそ10年ぶりのことになるという。それが東京・上野の国立西洋美術館で開催中の展覧会「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」だ。

オルセー美術館(外観)🄫 patrice schmidt

パリ・オルセー美術館で開催された印象派展(2024年)についてのSUMAUの記事はこちら

クロード・モネ《睡蓮》1916年 油彩/カンヴァス 200.5×201cm 国立西洋美術館(松方コレクション)

印象派といってすぐに思い浮かぶのは、クロード・モネが描いたジヴェルニーの庭や睡蓮のモチーフ、あるいはオーギュスト・ルノワールによるモンマルトルの舞踏会など、どちらかといえば屋外の風景かもしれない。けれど、実は印象派の画家たちは「部屋の中」の風景にも深く魅せられていた。今回の展覧会は、そんな知られざる印象派のもうひとつの顔を見せてくれる。アパルトマンの一室で、人を招いた邸宅のサロンで、あるいは穏やかな寝室で・・・。19世紀後半の「室内」に目を向けると、その時代の空気や人々の暮らし、画家たちが何を描こうとしたのかが垣間見られるかのよう。いつもとは少し違う視点で、印象派の絵画を眺めてみたい。

あの頃、「室内」を描くことが特別だった。

印象派の誕生と呼ばれるようになる展覧会がパリで開催されたのは、今から約150年前の1874年のこと。フランスの画壇では、まだギリシャ・ローマ神話など大きな物語の題材を選ぶことが当たり前だった時代に、若き画家はもっと自分たちに身近な風景を新しいスタイルで描こうと模索していた。たとえば、活気にあふれたパリの街、郊外の自然にあふれる光、セーヌ川の水面のきらめき、生き生きとした当時の生活の情景・・・。その視点は、それまで描かれることの少なかった「室内」を舞台にした作品にも向かっていった。

展覧会第1章展示風景

アトリエをはじめとした画家や文筆家の創作の場を舞台に、仲間の肖像画を描いたのも彼らの特徴。絵の中に交友関係や芸術の理念を思わせるような道具立てをしたり、衣装や部屋の装飾にモデルの社会的なステータスを表現することで、時代の風景を鮮やかに切り取ったりもした。

フレデリック・バジール《バジールのアトリエ(ラ・コンダミンヌ通り)》1870年 油彩/カンヴァス 98×128cm オルセー美術館、パリ 🄫 GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Gabriel de Carvalho / distributed by AMF

展覧会第1章の「室内の肖像」で展示されるフレデリック・バジール《バジールのアトリエ、ラ・コンダミンヌ通り》は、そんな印象派の時代の画家たちが集まる様子が描かれる。場所はパリのバティニョール地区、彼らの溜まり場だったカフェ・ゲルボワにも近い画家フレデリック・バジールのアトリエ。中央の絵の脇でパレットを持っているのがバジール本人で、ステッキを持った画家エドゥアール・マネと向き合い、右手では音楽家で収集家のエドモン・メートルがピアノを弾いている。ほかの登場人物はルノワールやモネ、小説家のエミール・ゾラだとも言われていて、芸術家が集まり議論し、互いに刺激を受けあいながら、芸術運動を進めていったことが想像されて興味深い。

エドゥアール・マネ《エミール・ゾラ》1868年 油彩/カンヴァス 146×114cm オルセー美術館、パリ 🄫 GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Adrien Didierjean / distributed by AMF

エミール・ゾラをマネが描いたこの絵画は、オルセーでも有名な作品のひとつ。美術評論家でもあったゾラが雑誌でマネの作品を取り上げ、マネは感謝の意味を込めてこれを描いたという。ゾラの職業を表す羽ペンやインク壷、右上の壁には彼が称賛したマネの作品《オランピア》(オルセー美術館蔵)や、マネが所有していた浮世絵や屏風も描かれている。この頃、日本の美術は西洋絵画の伝統に〈ジャポニスム〉の新風を吹き込みつつあって、印象派の画家たちにとっても新たなインスピレーションの源泉だった。室内のオブジェに、同時代の動きや描かれた友人のプロフィールや趣向まで感じさせるスタイルが新鮮だ。

エドガー・ドガ《家族の肖像(ベレッリ家)》1858-1869年 油彩/カンヴァス 201×249.5cm オルセー美術館、パリ 🄫 photo:C2RMF / Thomas Clot

こちらはエドガー・ドガによる初期の代表作のひとつで、フィレンツェに暮らす彼の叔母の家族を描いたもの。今回、初めて日本での公開となった。

壁に掛けられた亡き祖父の肖像画、そして黒い喪服に身を包んだ叔母とその娘たち、背中を向けて座る叔父・・・。厳格な叔母の立ち姿、少しおてんばそうな次女の仕草などで人物の性格や家族の関係性を表現しながら、室内の悲しみや緊張、かすかな温もりを垣間見せる。旧来の理想化された肖像画でなく、抑えた色調で現実の人間の感情を描ききった、まさしく近代絵画の新しい“家族の肖像”といえる一枚だ。

展覧会には、ほかにも室内にひそむこうした心理描写や人間ドラマを描いた作品が並ぶ。作品の説明を頼りに、そんな物語を想像しながら観ていくのも楽しい。

クロード・モネ《アパルトマンの一隅》1875年 油彩/カンヴァス 81.5×60cm オルセー美術館、パリ 🄫 GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Martine Beck-Coppola / distributed by AMF

女性たちの内なる日常を描く、印象派の「室内」。

身の回りの暮らしにモチーフを求めた印象派の画家たち。その主役を担ったのは女性たちだった。街を闊歩する男性たちとは対照的に、室内が女性の領域と見なされていた19世紀のパリ。外部から閉ざされた室内の奥には、それまで公式の画壇では見られなかったようなプライベートな風景・・・読書や針仕事、ときには寝室のシーンも登場する。それもまた新しい絵画表現のスタイルだった。

エドゥアール・マネ《ピアノを弾くマネ夫人》1868年 油彩/カンヴァス 38.5×46.5cm オルセー美術館、パリ 🄫 GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Tony Querrec / distributed by AMF

こちらはマネがピアノを弾く夫人を描いたもの。マネとドガは、1860年代初めにルーヴル美術館で知り合ったが、年齢も近く、お互い裕福な家庭に育ったこともあって音楽鑑賞という共通の趣味があった。マネ夫人のシュザンヌはピアニストで、自宅の音楽サロンで人々を魅了したという。そして展覧会にはもう一枚、マネ夫人がピアノを演奏しているドガの絵があるのだが、なんと無残にキャンバスが切断されて夫人の顔が見えなくなっている。これは、ドガがマネにこの絵を贈った際に、マネが夫人の顔が気に入らないと憤慨して破ったという、いわくつきの作品。世界でもめずらしい“切られたドガの絵”も、上記のマネ夫人と合わせてぜひご覧いただきたい。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《読書する少女》1874-1876年 油彩/カンヴァス 46.5×38.5cm オルセー美術館、パリ 🄫 GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Adrien Didierjean / distributed by AMF

展覧会後半での注目は、ポール・セザンヌをはじめとした画家たちによる花の静物画の競演だ。ルノワール、カミーユ・ピサロ、アンリ・ファンタン=ラトゥールら、それぞれ独自のスタイルをもった画家たちが描く、一見同じように感じる花の表現の違いが見えて面白い。

展覧会第三章展示風景
ポール・セザンヌ《大きなデルフト陶器にいけられたダリア》1873年頃 油彩/カンヴァス 73×54cm オルセー美術館、パリ 🄫 GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

このほかにも、身繕いをする女性たちをパステルで素早く描いたドガの作品など、数々の名品が届いた今回の展覧会。何が絵に描かれているかだけではなく、19世紀の「室内」に映しだされる時代の背景や当時の流行、人々の心理描写を合わせて見てみたい。そうすればきっと、それを描こうとした画家の思いや、世界が認める印象派の作品の価値に一歩近づけるはずだ。

オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語

会場:国立西洋美術館[東京・上野公園]

会期:2026年2月15日(日)まで

開館時間:9:30〜17:30(金・土曜日は20:00まで)

※最終入場は閉館の30分前まで 

休館日:月曜日、11月25日(火)、12月28日(日)〜2026年1月1日(木・祝)、1月13日(火)(ただし11月24日(月・休)、1月12日(月・祝)、2月9日(月)は開館)

詳しくは展覧会ウェブサイトへ

https://www.orsay2025.jp

※記載情報は変更される場合があります。

※最新情報は公式サイトをご覧ください。

(文)杉浦岳史

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