パリにある老舗のひとつで世界最初の百貨店ともいわれる「Le Bon Marché (ル・ボン・マルシェ)」。1838年に創業した生地店をアリスティッド&マルグリッド・ブシコー夫妻が1852年に買収。現在のパリ7区セーヴル通りにエッフェル塔設計者のギュスターヴ・エッフェルなども参画した大規模な店舗を建設して、1887年にほぼ今のような姿になった。そこから約100年後の1984年にはLVMH(モエ・ヘネシー=ルイ・ヴィトン)グループとなって今に至る。ずっと変わることなくパリの市民に親しまれ、観光客にもよく知られる名所のひとつだ。

地下鉄セーヴル・バビロンヌ駅前の「ル・ボン・マルシェ」本館

そのシンボルとなる本館で有名なのが、建物の中心でエスカレーターが行き交う広壮な吹き抜け空間。ここ数年は現代美術家や装飾家などの巨大なインスタレーションがこの場所に展示され話題を集めてきた。2017年には日本人美術家の塩田千春による展示《Where we going ?》が開催され、白と黒の糸で編まれたいくつもの船を天井から吊るした美しいオブジェが店内を飾った。

その吹き抜けを舞台にいま、訪れる人を驚かせ、微笑ましい気持ちにさせてくれる展示が開催されている。

このあっけらかんとした巨大なイラストの人物を描いたのは、グラフィックデザイナーでイラストレーターでもあるフランス人アーティストのジャン・ジュリアン。日本でもアパレルブランド、飲料メーカーの広告などさまざまなイラストを手がけ、2022年にはGINZA SIXでもこの「ル・ボン・マルシェ」と同じような吹き抜けのインスタレーションを展示したので、記憶にある方もいるかもしれない。

しかも展示はこの吹き抜けの巨大イラストに留まらない。その世界観はまわりの商空間へとつながり、鮮やかなライトブルーとオレンジのアクセント、そして黒い輪郭の印象的なラインが店内を彩る。まるでフランスの漫画であるBD(バンド・デシネ)やイラストブックの中に自分たちが入ってしまったかのようだ。

この展示を仕掛けたのは、かつてパリの人気セレクトショップ「Colette(コレット)」のプロデュースで一世を風靡したクリエイティブディレクターのサラ・アンデルマン。現在は出版事業やこうしたキュレーションプログラムでもその手腕を発揮する、フランスのクリエイター界では知らない人はいないというほどの女性だ。

サラ・アンデルマン (Le Bon Marché提供)

今回、彼女が打ち出したテーマは「MISE EN PAGE」(フランス語で「レイアウト」という意味)。飛び出す絵本をひらいたときのように、紙と色、感情や想像力がせり出してくるような感覚で、私たちは驚きや発見に出会い、そこに綴られた物語を見つける。

ル・ボン・マルシェから、一緒に展覧会を企画したいと声をかけられたサラ・アンデルマンは、時間をかけてアイデアを吟味。まさに本を編集し、レイアウトするようにアーティストたちをキュレーションし、旅行先で見つけた彼女の好きな書店をいくつもリンクさせ、フィーチャーさせることで、世界を旅するような思いにさせてくれる物語を紡ぎ上げた。

「これは本と出版の世界への愛情の宣言です」と本人が語るように、現代のさまざまなコンテンツのデジタル化が進む中でも、ちょっと心がやすらぐような懐かしい気持ちにさせてくれて、しかも刺激的な展示になっている。

この物語の主人公はやはりジャン・ジュリアンの手がけるキャラクター彫刻「ペーパー・ピープル」だろう。サラとジャンの二人は「Colette」の時代からコラボレーションを手がけてきた友人同士。手前の吹き抜けでは、一枚の紙から切り出されたようなキャラクターが膝をかかえるように本の上で本を読み、その奥では本を差し出すキャラクターが空中からこちらに迫ってくるよう。2階ではさらにジャン・ジュリアンのイラスト世界がそのまま現実の立体になった本棚や本でできた椅子、テーブルが展開し、子どもたち向けのワークショップがひらかれたりする。完成度の高いおとぎ話のような空間に、パリの子どもたちも好奇心をくすぐられること間違いなしだ。

2階のスペースは、サラ・アンデルマンが手がける出版社「Just an Idea Books」のコーナー。彼女がともに仕事をしてきたフランス人写真家の「シャルル・ベベール」、日本人写真家で圧倒的なイメージが世界的な人気を呼ぶ「RK」、あるいは建築デザイナーの「アリーヌ・アスマル」の家具などがならぶ。

フランス人写真家シャルル・ベベールのコーナー
日本人写真家RKのコーナーも

さらには世界中から彼女のお気に入りの書店を集めたスペースも。パリのアートギャラリーが企画する書店「イヴォン・ランベール」や「シェイクスピア&カンパニー」、東京は中目黒の川沿いにある「カウブックス」、ニューヨークの「ピロー・キャット・ブックス」などクリエイターやアートファンの心をくすぐるアイテムが並ぶ。

東京・中目黒のカウブックスをフィーチャーしたコーナー
パリ「シェイクスピア&カンパニー」のコーナー

「シェイクスピア&カンパニー」は、その名の通り英国から来たパリの老舗書店。1951年のオープン以来、ノートルダム寺院の向かいにある店舗は作家や世界から集まるファンたちの聖地となってきた。そして「Librairie 7L」は、1999年にカール・ラガーフェルドによってパリ7区に創設された書店で、書籍好きで知られる彼のびっしりと本が積まれたアトリエのような雰囲気が味わえる場所。そんなパリの文学やビジュアルアートにまつわる貴重なスポットをフィーチャーした展示やアイテムに、サラ・アンデルマンならではの幅広い交遊関係やセンスを感じる。

今回の展示に合わせたグッズも思わず欲しくなるものばかり

単なるアート作品の展示に留まるのではなく、そこに物語を生み出し、視覚的にも楽しく、しかも人間の想像力を引き出す力をもった展示。世界の人々の心を惹きつけた伝説のセレクトショップ「Colette」の共同創設者サラ・アンデルマンのパワーとアイデアをあらためて感じた。

美術館やアートギャラリーだけではないパリのアートシーン。ここ「ル・ボン・マルシェ」は、この吹き抜け空間での展示のほかにも、店内に現代美術家の絵画作品が展示されていたりとアートが近い百貨店として知られる。今回のサラ・アンデルマンの展示は4月21日までの限定開催だが、ぜひパリでのショッピングの合間にも、こうしたさりげないアートを感じてみたいところだ。

LE BON MARCHE ル・ボン・マルシェ

24, rue de Sèvres 75007

公式サイト(仏語):https://www.lebonmarche.com

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