パリ3区、ファッションアイテムや雑貨を集めたショップ、現代アートギャラリーなどが集まる人気のエリア「マレ」地区。その中でも流行に敏感な人々が集まるブルターニュ通り付近は、立ち並ぶカフェやビストロ、17世紀に開設されたパリでもっとも古い市場「マルシェ・デ・アンファン・ルージュ」、色とりどりのマカロンが世界的に知られる「ラデュレ」など、生き生きとしたパリらしい雰囲気が漂う楽しい界隈だ。このブルターニュ通りとピカルディー通りの交差するあたりに、今回ご紹介するコンセプトストア&ギャラリー「EMPREINTES(アンプランツ)」がある。

3フロアに広がる600㎡の空間には、冬でも大きな窓から差し込む柔らかな光で満たされ、そこに数々のインテリアアイテム、アート、キッチンウェア、家具、ジュエリーなどが並ぶ。ほかのショップと違うのは、ひとつひとつがどれも個性的で同じものがない、ということだろうか。

色とりどりの陶やガラスの器たち、人や動物を思わせる存在感のある花瓶、サボテンや野菜のようなオブジェたち、繊細な刺繍のアートなど、エスプリやユーモア、美しさ、いろいろな表情を持った作品が並ぶ。

実はここ「EMPREINTES」は、単なるショップではなくフランスを拠点に活動する工芸アーティストのアトリエで制作されたものだけを紹介・販売するスペース。工場で生産されたものではなく、一点一点、伝統的な技術を持ったアルティザナル・アーティストたちによって制作された「作品」がここにある。

テラコッタでつくられたMarie-Madeleine Vitrolles の作品

ショップが入るこの建物も、もともとは1930年代に創設されたコスチューム・ジュエリーのデザインと制作を手がけ、シャネルのパートナークリエイターでもあった「ウォロック家」のアトリエだった。彫刻やハンマーで仕上げる熟練の技を活かした作品で注目されたが、2008年には活動を休止。イタリアのファッショングループが受け継いだのち、2016年にフランスの工芸家協会である「Ateliers d’art de France (アトリエ・ダール・ド・フランス)」がここを譲り受け、工芸アートの発信地としての原点を継承する新たなコンセプトストアとして生まれ変わった。

このショップのもうひとつの特徴は、セレクトされた作品たちが私たちにも身近な存在として、そのまま住まいに飾りたくなるようなスタイルで提案されているということだろう。

一般的に「工芸」というと、伝統的で型の決まった、少し堅苦しいイメージもあるかもしれない。フランスでももちろん、かつて王家や貴族たちに愛された様式を代々受け継いできた工芸も今に残されている。一方で、ただ伝統的なスタイルにこだわるのではなく、その技術と手仕事の良さを活かしつつ、時代の変化に合わせて表現の形を変化させ、革新しながら継承していくべきだという共通の感覚もある。ショップを運営する「Ateliers d’Art de France」は、こうした現代人の暮らしと工芸アートを近づける活動にも力を注ぐ。

ここに展示されたような現代の作家たちの作品は「今を生きる」私たちの暮らしに融け込み、愛されるものとして作られている。「こんな素敵な作品をわが家のリビングに置いたらどうだろう」「このカップならティータイムが楽しくなりそう」・・・ここにある独創的な作品たちをきっかけに、アイデアがふくらみ、暮らしの愉しさに思いをめぐらす。そんな体験がここに詰まっているといってもいい。しかもそれがほかにはないアーティストの創造性から生まれた作品であるとすればなおさらだ。

建物の1階と2階(フランス式の0階と1階)はコンセプトストアで、1階は主に暮らしを彩るオブジェやテーブルウェアを中心に展示。2階はジュエリーやアクセサリー、刺繍作品など、より細やかな手しごとのアーティスト作品が紹介されている。

そして3階は「La Galerie Calloction ラ・ギャルリー・コレクション」として、セレクションのフラッグシップとなる工芸アート作品が紹介されるスペースだ。ここは常設展示スペースとして毎年約15人のアーティストを選出。この「EMPREINTES」だけでなくヨーロッパやアメリカ、アジアなどでのアートフェアや展示見本市などの国際イベントでも発表されるという。

なかでも目を惹いたのは、陶芸彫刻家アルノー・ル・カルヴェの作品。そのタイトルは「The Gurdians」(守護者たち)。彼は陶芸と吹きガラスを使った美術家として注目を集める。最初はガラス吹き職人としてプロになり、2011年にはトゥールーズ近郊で工房を開くものの、独学で陶芸にも目ざめ、粘土とガラスの組み合わせで作品に新しい世界が生みだした。同じ「焼成して生まれる」ものでありながら両立が難しそうな素材をあえて融合させることで、この「未知の生き物」に不思議な存在感が醸し出される。

陶芸という職人の技術で、まったく新しいものを創り出す。アートと工芸の領域を行き来するその自由さで、それぞれの分野の表現の幅を広げていく。しかもそれを多くの人が受けとめ、常識に囚われずに「好きなもの」と出会えば暮らしの風景に取り入れてみる。それがフランス流といえるのかもしれない。

そんな工芸アーティストたちの挑戦を垣間見るコンセプトストア「EMPREINTES」。パリを訪れたらぜひ一度立ち寄ってみたい。

EMPREINTES アンプランツ 

5 rue de Picardie, 75003 PARIS

WEBサイトhttps://www.empreintes-paris.com/

(文・写真)杉浦岳史/パリ在住ライター

コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。2013年よりArt Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、アドバイザーなどとして活動中。パリ文化見聞録ポッドキャストラジオ「パリトレ」配信中です。

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