というわけで、季節はすっかり春本番。といっても、まだまだ肌寒さを感じるときもあり、お洒落云々の前に1日を快適に過ごすための服選びに迷う季節ではあります。そうした温度調節の意味でも便利で、なおかつファッション的にもここ数年トレンンドっぽい雰囲気があるのがミリタリージャケット。特に今なら“ファティーグジャケット”と呼ばれるタイプの薄手のコットン製のものが梅雨時期まで着ることができそうで、なにかと都合がいいのではないかと僕は思うのです。


ところで、“ファティーグジャケット”と言われても、いまいちピンと来ない方も多いでしょうし、僕もいつからこの名称が一般的なファッション用語となったか定かではないのですが、腰まで隠れる着丈で、比翼仕立ての前ボタン、そして、大きなフラップ付きのポケットが両胸と両腰についた、見れば、誰もが「ああ、これね」となるはずの「いかにもミリタリー」なアウターです。そして、このファティーグジャケットは、別名を“コンバットトロピカルコート”と言って、1960年代に米軍がベトナム戦争に介入するにあたって高温多湿なアジアの亜熱帯気候での活動用に開発したものだそう。つまり、その出自からして春夏向きのアイテム。暑がりで冷え性の僕が欲しくなるのも無理はないのです(?)。


そこで話は、そのファティーグジャケットをファッションアイテムとしてどう取り入れれば、“お洒落”なのかということになるのですが、まず、ミリタリージャケット全般が昨今のトレンドであり、なかでも春夏アイテムとしてこのファティーグジャケットが注目されているというところで、本当に数多くのブランドからこのタイプのアウターがリリースされています。また、昨今のミリタリーブームをファッションブランドが消化する際の特徴として、どのブランドも比較的“ホンモノ”に忠実にデザインを起こすというのがあって、以前よく見られたような袖にリブを付けたり、襟の後ろにフードを付けてみたり、はたまた着丈や身幅のバランスを極端に変えてみたり、あるいはブランドロゴをデカデカとプリントしたりといった、要は「ミリタリーにインスパイアされた(けれど、)オリジナルのデザイン」をアピールするものは少なく、どこも結構な細部まで“まんま”のデザインでリリースしているんですね。結果、数は多いのですが良くも悪くも、どれも似たり寄ったりなわけです。


そうなると、選ぶ側としてはいろいろと悩むわけです。なぜなら、“ホンモノ”が50年以上前の軍服ですから、素材や縫製が特に凝っていたり、丁寧であったりするわけもなく、それを忠実に再現するとなると、高級ブランドのものもSPAブランドのものも見た目にそれほど大差は感じられないわけです。いや、もちろん、プロが見たらわかりますよ。「ああ、この人は良いもの着てんな」って。でも、繰り返しますが元が昔の軍モノで、それを忠実に再現するのがクールという気分の中であれば、むしろ、その“高級感”がスタイリングの邪魔をする場合もあるのです(この辺の話はまた別の機会に)。


「だったら、“ホンモノ”を古着屋で買えば良いじゃん」と思ったアナタ。まさにその通り! けれど、アナタのような考えの方が多いからか(?)、現在、ヴィンテージ市場でファティーグジャケットは品薄状態らしく、そうしたなかでサイズやコンディションに満足できる古着を見つけるというのは、なかなかの手間だし、特にサイズに関しては女性にフィットするものを見つけるのは相当難しいと思うのです(そもそも、昨今のミリタリー、ワーク系のトレンドをリードしているのは、確実にレディースの需要。よって、今回のタイトルから、この記事に興味を持った女性も方も少なからずいることでしょう)。


さらに、今シーズンに限ってなのか、目にするファティーグジャケットの色はオリーブグリーンばかり。もうこうなると、決め手がなさすぎて、どれを選ぶべきか本当に迷うわけです。少なくとも、僕は迷いに迷った。けれど、ついに選んだ。しかも、ちゃんと本連載のタイトル通り「“逆張り”と“偏愛”」を意識して……。以下はその顛末。


まず、色なんですが、「オリーブグリーンばかり」って、軍モノなんだから当たり前だろと言われそうですが、ミリタリー色にはグリーン以外の色、“ベージュ”もあるわけです。そもそも、ミリタリー系のアイテムを“カーキ(KAHKI)”と表現することがありますが、この“カーキ”とはイギリス軍がインドを植民地支配していた当時に生まれた「土埃」を意味するヒンディー語に由来する言葉とのこと。となると“カーキ色”とは、本来はサンドベージュくらいのニュアンスが正しく(より正確には「赤みがかった茶色を帯びたくすんだ黄色」でしょうか)、グリーン系にも“カーキ”と使うのは後の拡大解釈なのではないかと思うのです(実際、軍モノに使われるようなグリーン系のカラーを“カーキ”とするのは日本だけで、現在、欧米のアパレル業界ではアーミーグリーンを“オリーブドラブ/OLIVE DRAB”と表現している模様)。


それなら、似たり寄ったりで決め手に欠けるオリーブグリーンのファティーグジャケットではなく、ミリタリーアイテムの正統的な特徴でありながら、このところ目にすることの少ないベージュのミリタリージャケットを探そうと視点を変えたのは、まさに連載タイトル通り、 “逆張り”(=あまり見ない色を探す)と“偏愛”(=ミリタリーの原則にのっとった色へのこだわり)に則した行動でしょう? 実際、ワイルドでタフな印象のオリーブグリーンに比べ、ベージュのミリタリージャケットは、あまり“軍服”を意識させず、都会的な洗練を感じさせます。


そんなこんなで最終的に選んだのは、A.P.C.の設立35周年を記念してデザイナーであるジャン・トゥイトゥ氏が自らの名を冠して発表したコレクションのなかにあるミリタリージャケット。これ実は、おそらく、フランス軍のワークジャケットが元ネタではないかと思われ、これまでさんざん、「あーだこーだ」と言ってきたファティーグジャケットでもなく、しかも、そこそこに厚手のコットン製で、果たして梅雨時期にも着られるかは怪しいのですが、このラギッドというよりはソリッドな佇まいに、かつてのA.P.C.を思い出し(*)、一目見るなり迷うことなく購入。思えば、 “逆張り”と“偏愛”こそが“お洒落”であると僕が確信したのは、A.P.C.に出会ったからかもしれないな、などと感慨に浸りながらも、後日、「やっぱり、暑い季節もサラッと羽織れるのも必要かな」と、バズリクソンのコットンポプリン製ファティーグジャケット(もちろん、オリーブグリーン!)も買ってしまったのでした……。


(*)90年代のA.P.C.が僕にもたらした衝撃については、ただいま絶賛品切れ中の拙著『2D 僕が見た90年代のポップカルチャー』に詳述あり。興味のある方は出版元に再販希望のメールを……




本文中にあるように、このジャケットは昨年末にリリースされたA.P.C.35周年記念コレクションのひとつ。服のタグに“A.P.C. TOUITOU”と表記の入った同コレクションには、デザイナーであるジャン・トゥイトゥ氏の“本気”が感じられます。




ベトナム戦争時、米軍に採用された初期型モデルを忠実に再現したBUZZ RICKSON’Sのファティーグジャケット。シャツの生地としても使用されるコットンポプリン製なのでTシャツ等の上から、まさに“シャツ感覚”で軽く羽織ることができます。


鈴木哲也 Tetsuya Suzuki

編集者/プロデューサー

株式会社アップリンク、株式会社宝島社を経て、2005年に株式会社ハニカムを設立し、同社の運営するwebメディア『honeyee.com』の編集長に就任(2011年からは同社の代表取締役も兼任)。2017年、株式会社ハニカム代表取締役並びにwebメディア『honeyee.com』編集長を退任。

現在は執筆、各種コンテンツ制作のほか、企業・ブランド・書籍・メディア等のプロデュース/ディレクションを行う。

著書に『2D(Double Decade of pop life in tokyo)僕が見た「90年代」のポップカルチャー』(mo’des book)


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