前々回の記事では、「アメジャンタイプのライダースジャケットが欲しい」なんて内容の文章をお読みいただいたわけですが、やっぱりね、本格的なダブルのライダースとなると、いくら僕のような気楽な身分の者であっても、着るシチュエーションが限られてくるわけです。いや、別に「ビジネスの場にふさわしく〜」みたいな点では、ほとんど気にしていないのですが(いまさら僕に社会人としての身だしなみなんて、誰も求めてこないでしょうし)、それより、もう単純に着ていて疲れる。だって、せっかくライダースを着るならガチガチの馬革か牛革にこだわりたいじゃないですか。羊革という選択肢も無くはないけれど、どっちにしても、まあまあ重いのは間違いない。

でも、そこは多少我慢すれば良いだけの話で(?)、実はそれほど大きな障害ではなく、僕にとっての最大の難点というか、懸念は「果たして、中年男がダブルのライダースを着て電車に乗って良いのだろうか?」ということなんですよね。アレはやっぱりバイクに乗るために着るのが本筋であって、いろんな服を着てオシャレを楽しみたい年頃の若者ならいざ知らず、ライダースを着込んで電車の座席に陣取りスマホをいじっている自分の姿を想像すると、どうしても場違いな感じがしてしまうわけです。でも、そんなこと言ったら、「MA-1を着たら戦闘機に乗るのが正解」とかっていう、おかしな理屈にも繋がるわけで、ナンセンスな思い込みであることは重々承知なのですが、それでも、バイクで転んでも体を守れるように分厚いレザーを丹念に仕上げる職人さんや寒空の下も愛車に跨り峠を攻めるシリアスなバイカーさんたちに対して、なんとなく後ろめたい気持ちになってしまう。

そんなわけで、ライダースの代わりになる秋冬のアウターを熟考した結果、「ツイードのジャケットが着たいかも」という結論が出たと言ったら、皆さん、どう思いますか? やっぱり、首を傾げますよね? けれど、僕のなかでは、それなりの必然性があるのです。

というのも、僕にとってツイードのジャケットといえば、まず思い浮かぶのが、映画『勝手にしやがれ』のジャン=ポール・ベルモンド。ベルモンド演じた主人公が着ていた厚手のヘリンボーンのツイードジャケットが、なんともカッコよく見えたのは僕が高校生くらいの時だったかな(僕が10代を過ごした1980年代は、この『勝手にしやがれ』をはじめとする1950年代末から60年代前半に興ったフランス映画のムーブメント=ヌーべルバーグの再評価が盛んだったのです)。もっとも、この主人公は盗んだ自動車を運転しているところを警官に見つかり、その場で警官を殺して、パリに住むガールフレンドのところに逃げ込むという、かなりのワル。なので、僕には咥えタバコのベルモンドが着るツイードジャケットが、品の良い紳士のカジュアルウェアではなく「気取った不良の服」に見えたわけです。そして、その「不良性」の度合いは、むしろライダース以上という印象があったり、なかったり。


さらに、「ライダースの代わりにツイードジャケット」という流れは、1980年代のポストパンク期の音楽シーンでのスタイルの変遷にも当てはまるという持論が僕にはあるのですが、皆さんお付き合いいただけますか? というのも、当時のイギリスのインディーズシーンで活躍する20代前半の若いミュージシャンたちのなかには、パンクの影響を受けたであろうはずなのに、いや、それゆえなのか、Tシャツに革ジャンといった、いかにもなロックスタイルはなく、あえてクラシックなカジュアルスタイル、日本でいうところのトラッドなファッションを好んだ人たちが少なからずいたというのがあるんですね。カラーフィールドを結成したあたりのテリー・ホールの服のセンスが典型的な例なのですが、もうちょっと一般的なアーティストを挙げるとすると、やっぱりスタイルカウンシル時代のポール・ウェラーですかね。それと、ヘアカット100からソロになった頃のニック・ヘイワード。その系統で言えば、EBTGのトレイシー・ソーンとベン・ワットも相当な洒落者だし、極めつけにお洒落だったのは、ややマニアックになってしまうけれど、ウェザー・プロフェッツのピーター・アスターだと僕は思う。また、こうした傾向のアーティストは初期パンクのストレートで直情的なビートから、ほろ苦い喪失感とささやかな幸福感を漂わせた瑞々しいメロディへとサウンドの重点を移したことが特徴でした(いわゆる「ネオアコ」ですね)。



まあ、細かなバンド名や人名はともかく、オッサン臭いツイードやコーデュロイのジャケットを着た「若いロックミュージシャン」たちが、ある時期の音楽シーンではエッジィな存在であった、あるいは少なくとも僕にはそう見えた、ということが言いたいわけです。つまり、「ライダースの代わりにツイードジャケットが欲しい」というのは、単なる気まぐれではなく、僕が夢中になっていた音楽シーンの変遷に則った、僕なりの根拠と歴史的文脈があるのだ、というのは半分冗談ですが、もう半分は本気です。

 

ところで、話を昨今のファッショントレンドに移すと、主に女性の間では数年前にガンクラブチェックのツイードジャケットがちょっとした流行になっていたように思うのですが、昨年はあまり見かけなかったように思います。実際今シーズン、女性の間で「ツイードジャケット」と言えば、ノーカラーのファンシーツイードのジャケットを指すのが一般的なのかもしれません。けれど、そんな今だからこそ、オッサン臭いツイードやコーデュロイのジャケットを女性が着ると、逆にフェミニンな雰囲気が際立って印象深いスタイルが作れるのではないかと思います。前述の「若いミュージシャン」たちが、あえてオッサン臭いツイードジャケットを着ることで、その音楽の持つ「瑞々しさ」が際立ったように。とはいえ、やっぱりオススメは写真で僕が着ているガンクラブチェックのツイードジャケット。この配色の妙によってクラシックなムードの中にポップな華やかさが香り、ここに黒のボトムを持ってくれば、トラッド感を抑えた今っぽい着こなしができると思います。さらにグラフィックの効いたスウェットやニットを合わせたり、キャッチーなアクセサリーを加えたりすれば、マルジェラ風のモード寄りなスタイリングも楽しめるでしょう。




まあ、僕が着ていると、オッサンがオッサンらしい服を着ているということ以外の何ものでもないのですが、その分、安心して電車で座っていられるのは間違いないのです。


鈴木哲也 Tetsuya Suzuki

編集者/プロデューサー

株式会社アップリンク、株式会社宝島社を経て、2005年に株式会社ハニカムを設立し、同社の運営するwebメディア『honeyee.com』の編集長に就任(2011年からは同社の代表取締役も兼任)。2017年、株式会社ハニカム代表取締役並びにwebメディア『honeyee.com』編集長を退任。

現在は執筆、各種コンテンツ制作のほか、企業・ブランド・書籍・メディア等のプロデュース/ディレクションを行う。

著書に『2D(Double Decade of pop life in tokyo)僕が見た「90年代」のポップカルチャー』(mo’des book)

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