コロナ禍のあいだパリへの旅行ができず、ずっと思いを募らせていた人々でいまパリの中心部がにぎわっている。昨年のクリスマス休暇前から観光客が目に見えて増えてきていたが、今年に入ってからはさらに国際的なショーや展示などビジネスでの行き来も本格化し、パリはここ数年見たことのなかった活気をようやく取り戻した感じだ。


そんななか1月下旬、パリ北部ヴィルパントの巨大な展示会場で「メゾン&オブジェ2023」が華々しく開催された。これは1月と9月の年2回開催されるデザインと装飾の国際展示会で、その名の通りインテリアデザインとライフスタイル、それにまつわるさまざまなクリエイションを中心にした、いわば「暮らしのアート」の提案の場。フランスやヨーロッパ域内はもちろん、世界中から約2300ものブランドやクリエイター、アーティストが集まり、11万㎡を超える展示スペースを埋めつくすビッグイベントだ。




壮大なスペースを彩るのは、家具やキッチンウェア、ホームアクセサリー、フレグランス、リネン、そして工芸にまつわるクリエイションやプロダクトデザイン、アートオブジェなど。訪れるのは、これまた世界各国からやってくるライフスタイルブランドやショップのバイヤー、建築家やインテリアデザイナー、素材やアイデアを求めるクリエイター、そしてジャーナリストなど、この分野のプロフェッショナルたちだ。


ここで出展者たちは新作を披露したり、最新のトレンドやニーズに合わせたテーマやコーディネーションでビジターを惹きつけ、商談やコミュニケーションに力をそそぐ。ふだんはオンラインでやりとりをする顧客と実際に顔を合わせる大切な機会でもあるし、新しいプロダクトやアイデアを発見をする場、あるいは出展者同士の情報交換の機会にもなる。




GOMMAIRE – organic living のブースはサスティナビリティを意識したアイテムを前面に


メゾン&オブジェ2023のテーマは「TAKE CARE」。


読者の皆さんも実感している通り、コロナ禍の引きこもり生活は暮らしのあり方を大きく変えた。世界はいま「その先」を模索しながら新しい船出を迎えている。今回のメゾン&オブジェの総合テーマは「TAKE CARE」。自然を大切にすること。自分だけでなく他の人々にも気を配ること。遺産や知恵を守ること。そしてなにより心と身体の健康への配慮も込められている。




すでに欧州では「サステナビリティ(持続可能性)」のテーマは当然のものとなりつつある。環境をこれまで以上に重視したデザインと装飾のクリエイション、生産工程、消費にいたるまでその方法を開発し、地球とそこに住む私たち人間の幸福を目指す「ウェルビーイング」の考え方。その中心にあるクラフトマンシップとノウハウを尊重するという姿勢が、より創り手のあいだで強まっているという印象をもった。



プロダクトを「体験」する機会をつくる。


オンラインではできないことを求めた「体験」「体感」型の展示が多かったのも今回のメゾン&オブジェの特色といえるかもしれない。ただ製品を観るだけではなく、それを実際に使ってみたり、没入型インスタレーションのスタイルで体験してみるというもの。たとえば会場の一角に作られた「アポテム・ラウンジ」は、単なる休憩所ではなく、フランスのデザイナーであるラファエル・ナヴォによる光とテクスチャーによるインスタレーション。壁面の中に入ると、鼓動する照明、モザイクの床、壁を覆う石膏、家具まですべて別々の企業のプロダクトで構成される。ビジターはブランドを知らずにそこで休憩し、その場の雰囲気を体験しながら気に入ったプロダクトを発見するという具合だ。



「アポテム・ラウンジ」


フレグランスの「BAOBAB COLLECTION」は商談スペースを香りの体験コーナーに変えた


キッチンウェアのゾーンでも体験型が増えた。エコフレンドリーなキッチン、バス製品などを提供するフランスのブランド「COOKUT」のブースでは、カラフルなココット鍋のプロモーションをするためのポップアップレストランを設営。調理した料理をその場で直接ビジターに提供することで、使い方や食事の美味しさをリアルに体験をしてもらえるよう工夫していた。





別のポップアップレストランでは、その周辺のブースで展示するカトラリーや食器類を使いながら食事ができる。製品を手に取ってみるだけではわからない使いやすさ、機能性が即座に伝わっていく。ランチ難民になりやすいこうした見本市のビジターにもうれしい仕組みだ。





日本の職人技とアイデアを世界に。


伝統の技術、新しい発想やこだわりを活かした日本からの出展ブースにも注目が集まる。六百年以上の刃物のまちとして知られる大阪・堺市の打ち刃物の老舗問屋「高橋楠」もその一つだ。





今回披露された包丁シリーズの「閃 sen」は、フランス人の一流シェフたちにインタビューを重ね、彼らの考える使いやすさを追求して開発されたというこだわりの逸品。切れ味と研ぎやすさでいつまでも使い続けられる打刃物ならではの特性に、ハンドルには天然素材でつくる徳島の藍染を施すことで、サステナブルなものづくりと機能性を両立した。もともとフランスの料理人には定評のある日本の包丁だが、フランス市場に特化した製品が登場したということで、顧客の評価も高いという。


同じ大阪の八尾市で、職人の技術とアイデアを織り込み、フライパン、鍋をはじめとする日常の金属製品を作り続ける「藤田金属」のブースも注目を集めていた。中でも、「つくる」と「たべる」を一つにした、そのままお皿になる鉄フライパン「JIU ジュウ」のシンプルなデザインが人気だ。




お皿らしさを特徴づけるまわりの「リム」に、360度どこからでもスライドさせるだけでハンドルを取り付けられる便利さ。一つ一つ「へら絞り加工」を施した最高品質の鉄フライパンでしっかり調理し、そのまま食卓へもっていって片手でハンドルを外すだけ。最終形に至るまでには長い試行錯誤のストーリーがあったというが、山形県天童市の工場で無垢の木材を削り出した丸みをおびたハンドルもかわいく、調理も食事も楽しくなりそう。




一緒に展示された、傘を押すだけでON・OFFと4段階で明るさが調整できるテーブルランプ「ICHI イチ」と合わせ、金属製品の新しい可能性を感じさせてくれた。


世界から多様なブランドが集まるだけあって、お国柄や暮らしの文化、ブランドイメージなど、さまざまな要素を反映した各ブースのプレゼンテーションの違いも際立つ。わずか5日間の会期に総力を挙げて臨むブランドやクリエイターたちの「見せ方」にも学べるところは多そうだ。



スペインの家具インテリアブランド「GUADARTE」のブース


カナダのデザイン・プロダクションスタジオ「molo」はインテリア性と音響性能を融合させたスペース・パーテーションの提案


イタリアを拠点にした「LONDONART」のブースでは日本の襖を彷彿させる壁面装飾


巨大な展示スペースを構えた「ALL ORIGINE」のブース


まるでパリの蚤の市が出現したかのようなオランドのブランド「CLAYRE & EEF」のブース


世界的なガラスの名産地ヴェネチア・ムラーノから「MEMMO-VENEZIA」からは新技術を活かした美しいガラスプロダクト


古書をベースに手作りで紙を折って美しいインテリアアートを創るイタリアのブランド「CRIZU」(写真提供CRIZU)


「メゾン&オブジェ」次回のエディションは2023年9月。秋のデザインウィークと合わせて開催される「デザイン界のパリコレ」に、また世界の注目が集まりそうだ。




(文)杉浦岳史/パリ在住ライター
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。2013年よりArt Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、アドバイザーなどとして活動中。パリ文化見聞録ポッドキャストラジオ「パリトレ」配信中です。

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