コロナ禍のさまざまな制限もなくなり、人々のマスク姿がほとんど見られなくなったパリ。外国からの訪問客もかなり増えて、忘れかけていた「コロナ前」の賑わいと笑顔が戻ってきた。そんななか秋のアート・文化シーズンを迎え、さらにパリは活気づいている。10月は現代アート、11月には「Paris Photo」など写真芸術を中心にしたアートフェアが開催され、世界有数のアートギャラリーやアーティスト、コレクター、アートファンたちが来訪。パリのアート界がもっとも忙しくなる季節でもある。

ところが今年は、10月の現代アートフェアの主役であるイベントにちょっとした異変が起きた。昨年までおよそ半世紀にわたってフランス最大のアートフェアを率いてきた「FIAC」(フィアック=Foire Internationale d’Art Contemporain)」が開催する権利を落としてしまったのだ。


「Paris + par Art Basel」の会場・グランパレ・エフェメール(筆者撮影)


パリで不動の地位を築いてきたこの「FIAC」からその座を奪ったのは、スイスのバーゼルを本拠地に世界最大規模の国際アートフェアをマイアミと香港で開催してきた「アートバーゼル」。パリのフェア会場であるグラン・パレが、コロナ後のアート界に新風をもたらそうと公募をかけ、これに応募した「FIAC」と「アートバーゼル」の一騎打ちを後者が制したのだという。世界のアートマーケットをリードする立役者による突然のパリ進出に、フランスアート界には激震が走り、世界でも大きな驚きと話題を呼んだ。


「Paris + par Art Basel」の会場内部 Courtesy of Paris+ par Art Basel


かくして10月20日、リニューアル工事中のグラン・パレの代替施設として造られた「グラン・パレ・エフェメール」で、パリ初めてのアートバーゼル「Paris+ par Art Basel(パリプリュス・パール・アートバーゼル)」が幕をあけた。「par」は英語の「by」にあたる言葉。「Paris+」の「+」には、これが単なる現代アートだけのイベントに留まらず、ファッション、デザイン、音楽、映画、Art de Vivre(生活の芸術)など、パリならではの文化との架け橋となるようなイベントでありたいという意味が込められているという。


アート関係者でにぎわうVIP公開日の「Paris + par Art Basel」の会場(筆者撮影)


パリは「芸術の都」と呼ばれ、実際に世界的なアート作品の宝庫ではある。しかし現代アートに関していえば、長い間ニューヨークやロンドン、そして香港など成長するアジアのシーンに遅れをとってきた。それが近年はルイ・ヴィトン財団美術館やピノー財団美術館「ブルス・ド・コメルス」をはじめとする美術財団のミュージアムが相次いでパリに誕生。ハウザー&ワースなど世界的なギャラリーも進出するなど、潮目が変わりつつあるとパリのアート関係者は期待も込めて指摘する。


会場にはマクロン仏大統領も訪れた。Courtesy of Paris+ par Art Basel


その変化への期待もあったのか、初の「Paris+ par Art Basel」に応募したギャラリーは700を超える過去最高の数となり、その中から世界30ヶ国156のギャラリーが出展の栄誉を射止めた。開催国のアートシーンに注目してほしいという主催者の意図もありフランスからは61のギャラリーが選出。日本からも「タカ・イシイギャラリー」「Take Ninagawa」の2つが選抜された。


「Paris + par Art Basel」展示風景 Courtesy of Paris+ par Art Basel


「Paris + par Art Basel」展示風景 Courtesy of Paris+ par Art Basel


「Paris + par Art Basel」VIPラウンジからの眺望 Courtesy of Paris+ par Art Basel


そしてこの「Paris+ par Art Basel」アートフェアの屋外イベントとして、これまで「FIAC」で恒例になっていたパリ市内の屋外展示も受け継がれた。会場はオペラ座ガルニエ宮にほど近く、世界のトップブランドの宝石店が並ぶヴァンドーム広場、そしてチュイルリー庭園、さらにセーヌ川を渡った先にあるパリ国立高等美術学校へとつづく。


「Paris + par Art Basel」屋外展示(ヴァンドーム広場)(筆者撮影)


ヴァンドーム広場に出現したのは、惑星のような天然石の球体とコンクリートの無限階段。ポーランド出身でドイツ・ベルリンを拠点に活動する美術家アリシア・クワデのインスタレーション作品《Au Cours des Mondes》(世界のあいだで)だ。




「このインスタレーションは今の世界と私たちを表しています。この惑星で権力の支配を求め、ゲームをし、階級を作っているが、結局のところ回転する地球という球体にまとめて置かれ、宇宙という虚空を飛び回るという不条理から逃れられないのです」と作家は語る。ルイ14世の公式建築家だったマンサールが設計した、まさに権力と階級の象徴のようなこのヴァンドーム広場との対比が印象的だ。


そしてパリの真ん中、ルーヴル美術館に隣り合う「チュイルリー庭園」には20のアート作品が展示された。セーヌ川に沿った約25haの庭園はふだんから人々が散策し、噴水の横に並ぶチェアに座ってくつろぐ姿が多く見られるパリ市民にとってなくてはならないオアシス。突如現れた大型のオブジェたちに、好奇心たっぷりのフランス人や観光客は足を止め、思い思いに作品を見つめ、説明をするスタッフの話に耳を傾ける。


Ugo Schiavi《Soulèvement-Effondrement》(反乱と蜂起)


iki de Saint Phalle《Obélisque bleu aux fleurs》(青と花のオベリスク)


Roméo Mivekannin《Les Noces》(婚礼) 




チュイルリー庭園を出てルーヴル美術館を左手に見ながらセーヌ川を渡ると、その対岸にはパリ国立高等美術学校。フェア期間中は一般にも開放され、内部にある「プティ・オーギュスタン礼拝堂」にイスラエルの映像美術家Omer Fastのインスタレーションが設営された。


プティ・オーギュスタン礼拝堂(筆者撮影)


ここは「王妃マルゴ」の通称で知られるフランス王アンリ4世の最初の王妃マルグリッド・ド・ヴァロワによって設立された礼拝堂で、今は美術学校の学生たちがデッサンを学ぶための場として知られる。こうした歴史ある建築と現代アートの対話もパリならではの発想だ。


プティ・オーギュスタン礼拝堂(筆者撮影)


そして毎年10月のアートフェアウィークには、従来の「FIAC」に加えて別のフェアも数多くパリで開催されてきた。その中で最近大きな注目を浴びているのが「Asia Now(アジアナウ)」だ。その名の通り、アジアのアーティストや潮流を扱うギャラリーを集めているのが特徴で、今年で8回目を迎える。アジアン現代アートの人気をベースに今回は規模を拡大し、会場もパリ中心部の「Monnaie de Paris(パリ造幣局)」の建物を初めて使用。26ヶ国・約250のアーティストが、昨年の2倍にあたる78ブースに展示された。


Asia Now – Neda Razavipourによるパフォーマンス


ここでは日本のアーティストにも注目が集まる。京都、東京、リスボンにスペースを展開するギャラリー艸居(Sokyo)からは、美術家の湊茉莉さん、そして梅津庸一さんを展示。湊茉莉さんはパリを拠点に活動する美術家で、日本では2019年に開催された銀座メゾンエルメス フォーラムでの個展が記憶に新しい。彼女は滞在した土地での綿密なリサーチから、その記憶や隠された水の流れなどへとアプローチ。大胆かつ繊細な筆づかいによる、太古から続く人間の「描く」という行為でそれを可視化する。今回は滋賀県信楽でのレジデンス滞在もベースに、陶板に釉薬で描き、焼成した美しい色彩の作品が生まれた。




Asia Now会場での湊茉莉さんのインスタレーション ©️Mari Minato|saif, photo : ©️Tadzio 


Asia Now会場での艸居ブース(個展:梅津庸一) ©️Yoichi Umetsu, photo : ©️Tadzio


また「Quand les fleurs nous sauvent」(花が私たちを救うとき)というフランスのアートギャラリーによる出展ブースでは、同じく日本人画家Kanariaさんの個展がひらかれた。


Quand les fleurs nous sauvent 出展ブースと画家のKanariaさん


Kanaria, Valley where the wind’s blowing, 2022, Colour pencils in oil paint on canvas, 130 x 130 cm, ©quand les fleurs nos sauvent


彼女は植物、動物、そして人間が対等に存在し調和する世界を描く。油彩と色鉛筆で描かれる多様な風景をもった理想世界が、ますます複雑化する現実の中でオーラを放っていた。

コロナ禍につづく紛争、食糧やエネルギー、環境の危機など、世界のあり方が変わり、私たちの暮らしも「ニューノーマル」と呼ばれる新しい領域に入っている今。アートは何を伝え、どう変わっていくのか。つねに時代の流れに敏感に反応してきたアートフェアの動向から、これからも目が離せない。



(文)杉浦岳史/パリ在住ライター
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。2013年よりArt Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、アドバイザーなどとして活動中。パリ文化見聞録ポッドキャストラジオ「パリトレ」配信中です。

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