フリーダ・カーロという女性芸術家の名前、そして眉の濃い特徴的で色鮮やかな自画像をご存知の方も多いだろう。病気や事故など、悲劇と困難に満ちた壮絶な人生を送りながら、大きなハンディキャップを乗り越え自分のアイデンティティを作品やその生き方によって果敢に表現しつづけた人。死後70年近く経った今も、エネルギーにあふれた人物像と作品群が、世界の多くの人々の心に力を与えている。

その生涯の物語を紹介する展覧会が、いまパリのガリエラ宮モード美術館で開催中だ。彼女の作品や写真、映像はもちろんのこと、実際に身につけていた服やアクセサリー、化粧品、さらには人工装具や薬など200点以上のアイテムを通して語るユニークな試み。「モード美術館」ならではの企画に、パリジェンヌのみならず、ファッションウィークなどでパリを訪れたたくさんの女性たちが訪れている。

ガリエラ宮モード美術館の展示風景 ©Palais Galliera

その中にはフリーダの名を世界で一躍有名にしたフランス・ポンピドゥーセンター所蔵の絵画『ザ・フレーム』、彼女が収集したメキシコ・テワナの民族衣装や装身具、そして病のために身につけざるを得なかったコルセットや義肢に自身が手描きの彩色を加えたものなど、貴重なコレクションも含まれる。これらの遺品は、彼女が1954年に亡くなったときに封印され、それから50年後の2004年に再発見されたもので、今回パリで初めての公開となった。

ガリエラ宮モード美術館の展示風景 ©Palais Galliera

今までフリーダ・カーロ自身の圧倒的な存在感によって、単に「綺麗な民族衣装」としか見えていなかったテワナの衣装たちが、この展覧会では主役の座を占める。リアルでは初めて見るその緻密な刺繍や色づかいの素晴らしさに、思わずため息がもれてしまう。

展覧会の順路と同じように、フリーダ・カーロの生涯を振り返りながら、波瀾に満ちた人生の物語をたどってみたい。

1907年、彼女はメキシコシティのコヨアカンという地区に生まれた。スペインとメキシコ・オアハカ地方の先住民の混血であった母と、ドイツ系移民の父とのあいだの三女。父、ウィルへルム・カーロは写真家で、メキシコの建築遺産やその近代化への道のりを撮影しながら、娘であるフリーダを被写体に多くのポートレートを撮影したという。幼い頃に父親からモデルとしてのポーズを学んだ彼女にとって、写真は最初の表現媒体ともいえるかもしれない。展覧会の冒頭にはこうして撮影された子供時代の写真、そして彼女が描いたデッサンなどが数多く並ぶ。

ガリエラ宮モード美術館の展示風景 ©Palais Galliera

しかし6歳のときにポリオ(脊髄性小児マヒ)に感染し、右足の成長が止まるという最初の悲劇が襲った。その影響で生涯にわたって右足が不自由だった彼女は、それがゆえのちにメキシコ民族衣装のロングスカートを好んで着るようになる。父親はリハビリをかねて娘をハイキングに連れて行き、カメラの手ほどきや趣味だった水彩画の技術を教え、後年のフリーダの芸術活動に大きな影響を与えることになった。

そしてメキシコで女性として初めて国立予科高等学校に進学、医師の道を目指す。ところが18歳のとき、今度は乗っていたバスが路面電車に衝突し、瀕死の重傷を負ってしまうのだ。数ヶ月寝たきりとなった彼女は医学の勉強を断念せざるを得なくなり、この頃からセルフ・ポートレートを描き始める。

闘病からようやく立ち直ると知識人や芸術家のサークルに参加し、そのつながりから、フリーダの絵に感銘を受けたメキシコの世界的画家ディエゴ・リベラと出会う。そして1929年、21歳の年の差を超えて二人は結婚するのだ。

結婚の頃のフリーダ・カーロ(ガリエラ宮モード美術館の展示風景 ©Palais Galliera)

展覧会の第二章で紹介される「ラ・カサ・アズール(青い家)」は結婚した二人がフリーダの生家を改修して、鮮やかなブルーに塗りかえたもの。民藝品やスペイン植民地時代の彫刻などで室内を埋めつくした家は、フリーダとディエゴという二人の芸術家による文化の中心地になり、1930年代後半には革命家のレオン・トロツキーやフランスのシュルレアリスムの旗手アンドレ・ブルトンなど著名な人物たちが集まる場所になる。

健康上の理由から閉じこもりがちだったフリーダ・カーロは、自宅をメキシコの小宇宙に変貌させる。愛してやまなかったメキシコ文化へのオマージュ、そして彼女の創造性を表現したものとしてこの「青い家」は作品のひとつと言ってもいい存在になった。

ディエゴ・リベラに連れられて、フリーダは結婚後まもない1930年にアメリカを訪れる。サンフランシスコ、ニューヨーク、デトロイトなどで壁画を手がける夫のそばで、彼女はその3番目の妻として一流の写真家たちの被写体となり、民族衣装を身につけた独特のテワナ・スタイルを確立。自らも本格的に絵を描くようになった。

写真家ドラ・マール、米国の写真家トニ・フリッセルそれぞれが撮影したフリーダ・カーロ
Frida Kahlo par Dora Maar,1934 © DR, collection privée © Diego Rivera and Frida Kahlo archives, Bank of México, fiduciary in the Frida Kahlo and Diego Rivera Museums Trust / ADAGP, Paris 2022 / Frida Kahlo by Toni Frissell, US Vogue 1937. © Toni Frissell, Vogue © Condé Nast

しかし、今度は度重なる流産が彼女をまたどん底へと突き落とす。一度は出血多量で重体にまでなったそのトラウマから彼女の作品は大きく変化し、より強く大胆な表現になっていく。1938年にはニューヨークのギャラリー、ジュリアン・レヴィで初の個展を開催。そしてアンドレ・ブルトンの招きで、翌1939年にはパリで作品を発表し、ミロやカンディンスキー、ピカソなどから賛辞を受けるまでになった。このときアンドレ・ブルトンが彼女の作品を「爆弾を包むリボン」に例えたのは、変化を遂げた当時の作品の傾向を象徴していると言えそうだ。

フランス政府が購入し今もポンピドゥーセンターが所蔵するフリーダ・カーロ『ザ・フレーム』
«The Frame », Frida Kahlo, 1938 © Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist. RMN-Grand Palais / Jean-Claude Planchet © Banco de México D. Rivera F. Kahlo Museums Trust / ADAGP, Paris 2022

フリーダはパリ滞在中に体調を壊して入院もしたが、ピカソの愛人であったドラ・マールなどと蚤の市やファッションを愉しんだという。

しかし、病気や事故の後遺症は彼女を苦しませ続ける。右足や脊椎の激しい痛みを軽減するため何十回もの手術を受け、コルセットや義肢はすでに彼女の身体の一部のようになっていった。展覧会ではこうした医療器具の数々、そしてそこに絵を描き、あるいは装飾を施した「作品」も展示される。痛々しさと同時に、それを乗り越えていこうとするパワーや、芸術に対する探求心も垣間見え、まさしく彼女が抱えた人生の葛藤そのものを感じさせるようだ。

フリーダ・カーロが身につけた人工装具が並べられた展示風景 ©Palais Galliera

中国刺繍を施した革のブーツに彩られた義肢(展示風景から)©Palais Galliera

Florence Arquin が撮影した自分で描いたコルセットを見せるフリーダ・カーロ(1951年頃)
© DR, collection privée © Diego Rivera and Frida Kahlo archives, Bank of México, fiduciary in the Frida Kahlo and Diego Rivera Museums Trust

そして1950年頃からは1年の大半を病院で過ごすようになり、53年には不自由だった右足を壊疽(えそ)のため切断。1954年、彼女が愛してやまなかったわが家「カーサ・アズール」で47年の短くも激しい生涯を閉じた。

子供の頃に痛めた脚を隠すために、20歳の頃からメキシコの伝統的な衣装を着始めたフリーダ・カーロ。彼女は同じ民族衣装でも異なる地域、異なる時代の要素を自分なりに組み合わせた独自のスタイルを生みだし、それを着こなした。あわせて刺繍の入ったブラウスや長いスカート、ヘアスタイルにもこだわり、いわゆる「メキシカニダード(メキシコらしさ)」の新しいイコンとなった。展覧会の後半は、こうした衣装の数々が展示室を彩る。

展示風景 ©Palais Galliera

展示風景 ©Palais Galliera

展覧会のサブタイトルは「Au-delà des Apparences(外見を超えて)」。それは身につけていた服や装具が、単なる飾りや見かけのものではなく、彼女の想いやハンディキャップ、メキシコへの敬愛、芸術家としての感性、すべてが混ざりあった、まさに彼女そのものを語るものであったことを物語る。

人生の多くの時間をベッドの上で過ごし、特に晩年は激しい痛みに耐え苦しんでいたフリーダ・カーロ。彼女は亡くなったあとまでもその姿勢で寝かされることを嫌がり、火葬され遺灰となることを望んだという。

苦しみもコルセットもない世界で、いまきっと彼女は自由な自分らしい装いに身を包んでいるに違いない。

展示風景 ©Palais Galliera

ガリエラ宮パリ市モード美術館

Frida Kahlo – Au-delà des Apparence

フリーダ・カーロ ー 外見を超えて

会場:ガリエラ宮パリ市モード美術館

会期:2023年3月5日(日)まで

開館時間:10:00〜18:00(木・金は21:00まで)

来場予約など詳しくは美術館公式HPヘ(英語)
https://www.palaisgalliera.paris.fr/en

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