明けましておめでとうございます。

ロックダウンの最中にスタートしたこの隔月連載も5回目となった。様々な変化を経験しつつも、とにかく健康に新年を迎えられたことは本当に幸運なことだと思っている。

2021年最初の記事は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催されているアメリカを代表するアーティストの一人、ドナルド・ジャッドの回顧展を紹介する。

1928年、ミズーリ州生まれのドナルド・ジャッドは、20代の頃は当時のトレンドであった抽象表現主義に強く影響を受けた絵画を制作していた。30代になるとアート雑誌で前衛芸術に関する批評を行い、美術評論家として評価された。60年代以降は幾何学的な要素が強い作品や、箱型の構造の立体作品を発表。以後30年間そのスタイルにこだわり続け、環境や言葉に頼ることのない、物体そのもので完結する純粋芸術を追求した。シンプルなビジュアルからミニマリズム・ムーブメントの代表的アーティストとされているが、本人はカテゴライズされることを否定している。

ジャッドの作品で最も重要な要素は「色」「素材」「空間」である。そこに隠されたストーリーや汲み取るべき意味はなく、あくまでもその物体と、それが存在する空間そのものが彼の作品の全てである。聖書の内容を知らないと理解できない芸術や、歴史的なイメージを再現した絵画など、いわゆる「ヨーロッパ的」「ルネサンス的」なアートを否定し、ストーリーやイメージに頼ることなく、作品が「事実」として存在するのみという純粋芸術を目指した。近代から現代の、特に彫刻的表現に全く新しい流れを作ったという意味では、戦後のアメリカ芸術に最も大きな変化をもたらしたアーティストと言えるだろう。

30年ぶりといわれる今回の大回顧展は、2019年に新設されたMoMAの最上階のギャラリーで開催されている。それぞれの作品に十分な距離を取っているとはいえ、柵やケースはなく、作品に2フィート(約60cm)まで近づいて鑑賞できる。ジャッドの作品を展示するには、作品同士にかなりの間隔が必要となる。常に十分なスペ—スを確保することが物理的に難しいことから、たくさんのジャッド作品を常設している美術館は少ないということなので、今回の展覧会はとても貴重である。

ところで距離や空間という言葉は、本展が始まった2020年3月までと、10ヶ月後の現在では、私たちの受け取り方が明らかに変わっている。環境や言葉による作品への影響を避けるため、作品のほとんどが「無題」であり、またキュレーターによる作品への意味づけや、展覧会そのものに意味を持たせるような内容の企画展への参加は避けていたほど、徹底して意味性を排除していたジャッドだが、間隔を開けて配置された展示空間や、2フィート以上近づいてはいけないという指示を目にしてソーシャルディスタンスと関連付けない方が難しいし、その距離感(もしくは孤独感)に何らかの意味を求めるのは、今日ジャッドを改めて観る私たちには自然なことではないか。仮に、ジャッドの意味性の排除を意識し、自分の目の前にあるものに対して可能な限り繊細に鑑賞したとしても、そのメディテイティブな行為自体がパンデミックにより注目されているマインドフルネスやセルフケアという概念と結びついてしまう。

前述したように、ジャッドの作品に「意味」はない。少なくとも作家本人は意味を込めていない。この作品とどのように関わるかは鑑賞者次第であり、場所や時代により鑑賞者の作品への関わり方が変化することは、ジャッドの作品と時間と空間を共有する、ジャッドと共存するという点で作家の意図通りなのかもしれない。

参考サイト

ニューヨーク近代美術館
https://www.moma.org/

Judd Foundation
https://juddfoundation.org/


戸塚憲太郎 (とつかけんたろう)

1974年、札幌生まれ。武蔵野美大卒業後、彫刻家を目指し渡米。アッシュ・ペー・フランスが運営するクリエイティブイベント「rooms」のディレクターを経て、表参道にhpgrp GALLERY TOKYOを開設。若手アーティストの為の新たな市場を作るべく、独自のアートフェアや商業施設でのアートプロジェクトなどを多数プロデュース。現在はニューヨーク、ソーホーのギャラリーNowHere(ナウヒア)を拠点に、展覧会キュレーションやアートプロジェクトのディレクションなどを手がける。

INSTAGRAM

戸塚憲太郎 @kentaro_totsuka

NowHere @nowhere_newyork
hpgrp GALLERY TOKYO @hpgrpgallery_tokyo

Share

LINK