ニューヨークも少し落ち着きを見せてきた5月末、ジョージ・フロイドさんの事件を受け、全米で抗議活動が活発化。そのほとんどは平和的なデモだったものの、ニューヨークでは高級ショップの集まるソーホーなどを中心に抗議活動に便乗した先導者らにより5月31日深夜に一部が暴徒化。翌6月1日から夜間外出制限が発令され、各ショップは略奪から店を守ろうとウィンドウや入口に板を打ち付けて、街は緊迫した雰囲気となった。コロナの影響で3月下旬から続いていたロックダウンによりソーホーのショップはほとんどが閉まっていたとはいえ、高級ブランドショップのウィンドウが板で覆われたことで街並みは一変した。




ウィンドウに略奪を防ぐ板が貼られたソーホーの街並み


同じ5月31日、ニューヨークでアーティストのクリストが亡くなったと報道された。クリストと妻のジャンヌ=クロード(故人)は1960年代以降、大きな建物や橋、海岸や島などを「梱包」する作品を発表してきたアーティストで、途方もなく巨大なスケールの作品で世界中を驚かせてきた (Christo and Jeanne-Claudeサイト:https://christojeanneclaude.net/)

暴動とクリストの死が同じ日だったことはもちろん単なる偶然だが、板で「梱包」されたソーホーの街並みと、クリストとジャンヌ=クロードが残した(といっても実際のプロジェクトは2〜3週間一般公開された後は撤去されるので、残っているのは記録のみ)作品のイメージが奇妙に重なった。

マイアミの湾に浮かぶ島々の周りを覆ったり、パリ最古の橋ポン・ヌフを包んだり、7000個を超える布の門をセントラルパークに設置してきたクリストとジャンヌ=クロードの作品は、その規模の大きさや場所の公共性から、準備や申請、許可にとても長い時間がかかる。ポン・ヌフの交渉には9年、セントラルパークに至っては発案から実現までに26年の歳月がかかっている。構想を実現するまでの長い間に、社会的・政治的な交渉や説得はもちろん、プロジェクトに関係する機関や個人、コミュニティとの話し合いなど、多くの議論や交流が生まれたが、クリストとジャンヌ=クロードはそのプロセス全てを作品とみなしていた。



2018年にマイアミのペレス美術館で開催された展覧会の様子


話をニューヨークに戻す。

ソーホーのブランドショップに打ち付けられた板は、廃墟のような、または戦時中のようなただならぬムードを作りだしていたが、すぐにそれらをキャンバスとして絵を描く人たちが現れた。そこには人種差別撤廃を求めるメッセージ、平和な世界への願いなどが描かれ表現やコミュニケーションの媒体となっていた。「アートの力」という曖昧なものに過度に期待するつもりはないが、表現とコミュニケーションの大切さを改めて感じた。


ソーホーのショップに打ち付けられた板に絵を描く人々


クリストとジャンヌ=クロードの公式フェイスブックページ(https://www.facebook.com/xtojc )は、クリストが亡くなったことを告げる投稿で「クリストは1958年に書いた手紙で『美しさ、科学、アートは常に勝利する』と言っている。今日はその言葉の意味をしっかりと考えたい。」と綴っている。クリストは常に対話や共同作業などコミュニケーション自体もアートと捉えていた。コミュニケーションを人がより善い未来に向かうための手段と考えると、アートが世界を今より善い方向に導いてくれるとも言える。クリストが残したものは、大きな驚きと少しの希望なのかもしれない。

クリストの死から1ヶ月、経済再開の第二フェーズに入ったニューヨークは、照りつける太陽の下、徐々に活気を取り戻している。

(参考サイト)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%81%AE%E6%AD%BB


戸塚憲太郎 (とつかけんたろう)

1974年、札幌生まれ。武蔵野美大卒業後、彫刻家を目指し渡米。2004年、アッシュ・ペー・フランス入社。同社が運営するクリエイティブイベント「rooms」のディレクターを経て、2007年表参道にhpgrp GALLERY TOKYOを開設。若手アーティストの為の新たな市場を作るべく、独自のアートフェアや商業施設でのアートプロジェクトなどを多数プロデュース。現在はニューヨークを拠点に、展覧会キュレーションやアートプロジェクトのディレクションなどを手がける。

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