何とも落ち着かない夏が終わった。

9月上旬まで続く長い夏休み後のニューヨークは、日本でいう4月のような「新たなスタート」という雰囲気が漂う。気候の良い秋は短く、気付けば10月末のハロウィンに向けたデコレーションが始まり、その後はすぐに11月の感謝祭、12月のクリスマスと、ホリデーシーズンを忙しく過ごすうちに年末を迎える。この間ニューヨークの気温はどんどん下がり続けるが、街は楽しげなホリデームードと人が溢れ、商業的にも最も賑わう季節だ。

アートシーンも9月から始まる。ギャラリーが集まるチェルシー地区の8月は本当に静かで、オープンしていてもコレクション展示やグループ展など、お世辞にも本気度が高い企画とは言い難い展覧会が多い。夏季休業していたギャラリーは9月の中旬から後半に力を入れた企画展でオープンを飾る。その後すぐにヨーロッパのアートフェア、12月はマイアミのアートフェア、年が開ければ1月のLA、3月の香港、ニューヨークと世界各地で開催される大規模なアートウィーク、アートフェアカレンダーを追いかけるうちにまたすぐに夏を迎える、というのが今までの流れだった。

すでに第3波と言われる新型コロナウィルス感染拡大が止まらないアメリカだが、今年の秋は今までとかなり様子が違う。

アートシーンも例外ではなく、いつもの賑わいは見られないが、そんな厳しい状況でも美術館は徐々に再開している。3月以降休館していたメトロポリタン美術館やニューヨーク近代美術館も8月末に再開。ブルックリン美術館も9月中旬には再開した。いずれも事前予約、入館人数の制限、マスク着用や館内でのソーシャルディスタンスなど、すでにお馴染みとなった「ニューノーマル」規制下でのオープンとなった。再開翌週にメトロポリタン美術館を訪れたが、やはり館内はいつもより少し閑散とした印象。本来であれば世界中からの観光客で賑わう場所だが、今はここにいるほとんどがニューヨーク在住の近隣住民だ。ニューヨーク州の住民は自分で入場料を決められるため、州外からの来場者に課せられる正規の入場料(大人$25)を払う人は少ないと聞く。半年に及ぶ閉館で財政難が叫ばれる中、年間700万人にのぼる来場者の6割以上を占める国外・州外観光客の激減はさらなる財政危機を招くことは必至で、今後の美術館運営への影響が心配される。


メトロポリタン美術館の正面に掲げられたオノ・ヨーコによる“DREAM TOGTEHER”

メトロポリタン美術館内

ブルックリン美術館の入口ではKawsの作品がお出迎え

パンデミックによる休館をまたいでブルックリン美術館にて開催された「JR: Chronicles」

私が昨年よりディレクターを務めるソーホーのギャラリースペース「NowHere(ナウヒア)」も半年の休廊を経て、ニューヨーク在住のサウンドアーティスト國本怜の個展「Listening to Silence」と共に9月9日から再開した。「静寂を聴く」と題されたこのサウンドインスタレーションは、水の音をベースに、立体的な音響空間を作り出す球体スピーカー作品「REI」と、増幅された自らの足音を聴きながら6つの門をくぐる「MON」で構成されている。今回の展覧会に寄せて國本氏は「好むかどうかにかかわらず、私たちの耳は常に何かを聞いている。生まれる前、母親の子宮の中の音に囲まれていた私たちは、生まれた後は様々な雑音にまみれ、自分の内なる音に耳を傾ける機会を失う」と述べている。

様々な情報が飛び交い、不安と混乱に満ちた2020年。沈黙に耳を傾け、自らの内部に流れる音を感じる作品の意義は大きく、このタイミングの必然を感じている。



國本怜による音響彫刻作品“REI”

現在ニューヨークは10月20日。これから始まるホリデーシーズンに加えて、2週間後には大統領選が控えている。この記事が公開される頃には選挙結果も見えていると思うが、ニューヨークに静かな日常が訪れる日はまだ先だろう。



店先や道路に掲げられる投票を促すサインやポスター

参考URL

メトロポリタン美術館 https://www.metmuseum.org/

ニューヨーク近代美術館 https://www.moma.org/

ブルックリン美術館 https://www.brooklynmuseum.org/

國本怜「REI」 https://www.raykunimoto.com/rei-listeningtosilence

國本怜「MON」 https://www.raykunimoto.com/mon
國本氏の作品と水の関係に関するnote記事 https://note.com/raykunimoto/n/n79ecb720cc4f

戸塚憲太郎 (とつかけんたろう)

1974年、札幌生まれ。武蔵野美大卒業後、彫刻家を目指し渡米。2004年、アッシュ・ペー・フランス入社。同社が運営するクリエイティブイベント「rooms」のディレクターを経て、2007年表参道にhpgrp GALLERY TOKYOを開設。若手アーティストの為の新たな市場を作るべく、独自のアートフェアや商業施設でのアートプロジェクトなどを多数プロデュース。現在はニューヨークを拠点に、展覧会キュレーションやアートプロジェクトのディレクションなどを手がける。

INSTAGRAM

戸塚憲太郎 @kentaro_totsuka

hpgrp GALLERY TOKYO @hpgrpgallery_tokyo 

NowHere @nowhere_newyork

Share

LINK