20代のほとんどを過ごし、40代になり改めて生活を始めたニューヨーク、この街での暮らしも通算10年を超えた。住んでみると「最先端」や「トレンドの発信地」のようなベタな形容はあまりしっくりこないが、新しい価値観や考え方が生まれる「都市の新陳代謝」が活発なのは今も昔も変わらない。この街からアートを通じて見えてくる人々の行き方を伝えていこうと思う。

今この原稿を書いているのは、2020年4月中旬。場所はニューヨーク、ブルックリン。この文章がみなさんの目に触れる5月はどのような世界になっているのだろう。

新型コロナウィルスの世界的な感染拡大で世界が一変した。一変したというよりも、今まさに「している」という状況で、ここニューヨークは一瞬で世界の感染中心地となった。感染者数はようやく横ばいになってきたものの、あっという間に9.11をはるかに超える犠牲者数が出ていることにニューヨーカーは動揺を隠せない。

初めての寄稿をこのような話題から始めなければいけないことは非常に残念だが、現実だ。日本も4月8日に緊急事態宣言が出された。今後どのようになるか誰にも分からないが、皆さんがこの文章を読んでいる時、東京がニューヨークほどひどい状況になっていないことを祈るばかりだ。


小さなことが大きく変わった日常の生活

さて、それでも生活は続くもの。3月23日に自宅待機命令、いわゆる「ロックダウン」が始まって、3週間が経過した。この状況下でのニューヨークの様子は日本でも報道されている通りなので、より現実的な生活と、その中でアーティストやアートに関わる人々がどのように生きているかを紹介したい。

自分はもともと日本のチームと完全リモートでする仕事が多かったので、いわゆる「リモートワーク」には抵抗がなかった。しかし、日常生活では様々な場面で新しい常識に慣れる必要がある。外出は必要最低限で基本は家にいるし、小学生の子どもも常に家にいる(公立学校は3月15日から休校)。外に出るときはマスクとメガネ、歩道で向かいから人がくると車道に出たり反対側に渡ったりと「ソーシャル・ディスタンシング」の徹底、スーパーではカートのハンドルを念入りに拭き、帰宅後は買ったものを一つ一つアルコールで除菌・・・など3週間前には考えられなかった行動が日常となった。週末に近くの公園で開かれるファーマーズマーケットは、屋内で他人と一緒に過ごすスーパーよりもいくらかの安心感があり、今後の生活に欠かせないものになるだろう。



屋外でももちろんしっかり2mの「ソーシャル・ディスタンシング」を守る。野菜や果物を手にとって品定めすることは禁止され、遠くから指をさして注文する。マスクで表情も見えないからか、知らない人でも声を出して挨拶をし合うことで、ソーシャル・ディスタンシングも思いやりのある行動に。

アーティストたちのレスポンス

ニューヨークを拠点に活動し、現在は隣のニュージャージー州でスタジオを構えるアーティストのシャンテル ・マーティン(@shantell_martin)は、4月9日から動画ストリーミングアプリCrowdcastを使ったプロジェクト”WE ARE WE”をスタートした。初回は3名のアーティストをゲストとして招待し(もちろん全員リモート)、この状況でアーティストとして何を考え、どのように生きているかを対談形式で聞く90分のライブ中継。印象的だったのは一人目のゲスト、アーティストのティモシー・グッドマンが言った「仕事や制作依頼がキャンセル・延期となって突然時間ができた今、作品以外で自分のアイデンティティを見つけられず、『一体自分は誰なんだ?』という思いと一人で戦っている。これは多分アーティストに限らずみんなにとって大事な問いだと思う」という言葉。スマホを通じて一人でこの中継を見ている多くの人が共感したことだろう。

アイデンティティをテーマとした作品で世界的に活躍するシャンテルがいち早くこのようなプロジェクトを実行した意味が垣間見えた。

シャンテル・マーティン(左)とティモシー・グッドマン(右)

ブルックリンを拠点に活動する野村康生氏 (@studioyasuonomura) は、本質的な美の根拠を見つけることを目指し、宗教、科学、数学的要素を用いた作品を制作しているアーティスト。近年は高次元をテーマに新しい世界観を表現しようと、2017年に「Dimensionism」を掲げ活動している。野村氏はニューヨークが正式にロックダウンに入る前からコミュニケーションを模索し、最近入居したスタジオからインスタグラムライブとGoogleハングアウトでのスタジオツアーを行い、ファンやコレクターとの新たな交流方法を発信している。

スタジオにてインスタグラムライブの準備をする野村氏(右)

アーティストの野村康生氏

野村氏の作品「Pion/πオン」2020年、52x52x52インチ、アクリル板にハーフミラーシート、LED蛍光灯、カラーフィルター、金属フレーム

世界中の知識人や専門家が指摘するまでもなく、この事態が収束した後の世界は以前の世界と同じものにはならないだろう。長期化すればするほど、日常生活はもちろん、コミュニケーションのあり方、判断基準、根本的な価値観にまでその変化は及ぶかもしれない。これはどこか一つの地域や国で起きたことではなく、程度の差はあれ世界中で同時に起きていることであり、この原稿を書いている時点ではまだ終わりは見えていない。

この状況で健康で食べ物に困らないだけで幸せだが、家に篭る生活が続く中、もし映画がなかったら、音楽がなかったら、アートがなかったら、そしてそれらを伝えるテクノロジーがなかったらと想像するだけでゾッとする。いくら時間を費やしても消化できないぐらいの多くの作品を残してくれたアーティスト達に感謝したい。


そして、新しい価値観、新しい文化を作り出すのはいつだってアーティストたちの創造性と、その価値を理解する人たちだったことを思い出す。ドイツの文化相が「アーティストは今、生命維持に必要不可欠な存在」と発言したことが話題となったが、人工呼吸器が必要な時にこの意味を理解できる人たちがおり、健康か文化か、命か自由か、という比較自体がいかにナンセンスかを理解できる社会である限り、アートが私たちにまた新しい世界を示してくれるだろう。

戸塚憲太郎 (とつかけんたろう)

1974年、札幌生まれ。武蔵野美大卒業後、彫刻家を目指し渡米。2004年、アッシュ・ペー・フランス入社。同社が運営するクリエイティブイベント「rooms」のディレクターを経て、2007年表参道にhpgrp GALLERY TOKYOを開設。若手アーティストの為の新たな市場を作るべく、独自のアートフェアや商業施設でのアートプロジェクトなどを多数プロデュース。現在はニューヨークを拠点に、展覧会キュレーションやアートプロジェクトのディレクションなどを手がける。

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