芸術の街・パリは、デザインが花ざかりの街でもある。家具、電化製品、食器、カトラリー、ファッション、アクセサリー、グラフィックなど、ありとあらゆるデザインや装飾におけるフランス人の発想の自由さと革新性は、他の追随を許さない。アートとデザインの間にはジャンルの違いがあるものの、その垣根を軽やかに飛び越える発想とセンスがこの国のクリエイターたちにはあるような気がする。

そしてまたパリは、ヨーロッパにおけるデザイン界の「ショーウィンドウ」でもある。多くの国際的なブランドやデザイナー、クリエイターが拠点を構え、あるいはパリで開催される見本市やエキシビションには世界から数多くの出展者が集結して自信作をプレゼンテーションする。




そんなデザインの街・パリを象徴するのが、9月に開催される「Paris Design Week パリ・デザイン・ウィーク」だ。もともとパリでは「Maison & Objet メゾン&オブジェ」というデザインとクリエイションの国際見本市が巨大な展示会場で開催されてきたが、11年前からはパリ市内にも舞台を広げた「パリ・デザイン・ウィーク」が同時並行で行われている。




今年は9月9日から18日の10日間、ショップやショールーム、ギャラリー、アトリエ、さらにはホテルや美術館、百貨店など350を超えるスポットがこの「パリ・デザイン・ウィーク」に参画した。「メゾン&オブジェ」がバイヤーなどのプロフェッショナル向けなのに対し、こちらはデザインを身近なものにするという意味で誰でも無料で楽しめるところが違う。

街には用意された地図を片手に友人と街を散策しながら、気になったスポットに立ち寄り、デザイナーやオーガナイザーから話を聞く人々の姿が数多く見られた。あらゆるジャンルの新しいトレンド、そのノウハウや創造性を間近で見て、感じ、プロと対話をすることで、自分の暮らしや人生に豊かさを与えてくれるようなインスピレーションを得る。それもフランス人たちの楽しみのひとつだ。




9月に入ってコロナワクチンの接種率が8割を超えたフランス。人が集まる屋内や交通機関ではいまもマスクの着用が義務づけられ、一部の施設ではワクチンパスポートやPCR検査の証明が必要だ。しかし、道行く人々は気持ちのいい秋空のもと颯爽と歩き、公園では家族や友人とピクニックをしたり語りあう。すっかりもとのにぎわいを取り戻したかのように見える。




有名なヴォージュ広場ではパリ・デザイン・ウィークのためにしつらえられたベンチや芝生で人々が談笑する

今回の「パリデザインウィーク」のテーマは「développement désirable 望ましい発展」。昨年からの急激な社会の変化もあり、いまの私たちにはこれまでと違った発想、新しい角度でのデザインが求められている。期間中の取材で特に感じたのは、クリエイターたちの環境問題への高い意識と実践、そして伝統的な技術や職人の技を新しい発想とセンスで生まれ変わらせるデザインの力だ。


再生素材を甦らせる花の魔術師




コニャック・ジェイ美術館に展示されたクリエイター、William Amorの「花」も環境問題へのメッセージが込められた作品だ。モードやデザインにおける装飾やインスタレーションに使われる彼の植物は、すべて再生素材でできている。美しく可憐な花は、なんと私たちが日常で使うようなポリ袋や包装材、ボトルを時間をかけて丁寧に染め、熱を加えて加工することで制作。そのほか漁網のロープやほうきのブラシ、タバコの吸い殻までが精緻な作業で雄しべや雌しべ、茎に変わる。








再生素材を使ったアートやプロダクトは多いが、ここまでの完成度はそうないだろう。彼は使用済みの素材を質の高い製品に変える「アップサイクル」の流れをさらに進め、何年もの研究と、美術工芸品から受け継いだ独自の技術で、再生素材のイメージを変えるような詩的な世界観を創る。2019年にはパリ市の「クリエイショングランプリ」を受賞。いまでは世界的な企業とのコラボレーションも多いという。


コーンから生まれるポップなプロダクト


ポンピドゥー・センター


近現代美術の殿堂、ポンピドゥー・センターのミュージアムショップ「LA BOUTIQUE」も「パリ・デザイン・ウィーク」に合わせて6組のデザイナーとコラボレート。「望まれる発展、幸せな未来」というテーマに沿って、機能性と美、オリジナリティを合わせもった斬新なプロダクトが発表された。


「Warren & Laetitia」の作品。中央の「ALVARO」「GIORGIO」が今回開発された。


その6組のうちのひとつ、ポンピドゥー・センターのカラーにも似合う、遊び心あふれるプロダクトを生みだしているのが、若手のデザインデュオ「Warren & Laetitia」だ。素材はフランスやイタリアで作られたトウモロコシを原料にした、リサイクル可能なバイオ・プラスティックで、3Dプリンターで組成する。今回のコラボレーションで新たにデザインされたのが写真中央の「ALVARO」と「GIORGIO」。「GIORGIO」はポンピドゥー・センターの構造にあわせ、解体可能でカラフルなオブジェを開発。ボウル、テーブルセンターピース、ペンシルポットとして機能する、なんとも斬新なオブジェだ。


ポンピドゥー・センターでの発表会に臨んだデュオ「Warren & Laetitia」


ポンピドゥー・センターのブティックには6組のコラボレートプロダクトが並ぶ。写真は別のデザイナーデュオ「La double clique」の作品。



パリで北欧デザインを旅する

パリにおけるスウェーデンの芸術と文化の発信地になっているのが「Institut Suédois スウェーデン文化センター」。フランス人の間でも北欧デザインは人気で、ここは特にパリ中心部のオアシスのような心地よい庭に人々がやすらぎを求めて立ち寄る。「パリ・デザイン・ウィーク」に合わせて、スウェーデンデザインを特徴づける「木」のパビリオンが作られ、室内にはアーティストPierre Marie ピエール・マリーのデザインによる「リビングルーム」のインスタレーションがプロデュースされた。


スウェーデン文化センターの中庭にしつらえられた木のパビリオン




ガラス工芸や陶器の世界でもヨーロッパは自由でアーティスティックな表現の宝庫だ



17世紀の建築と現代デザインのコントラスト


17世紀に建てられたオテル・ドゥ・シュリー付属のオランジュリー


ふだんは入ることのできない場所へ足を踏み入れることができるのも「パリ・デザイン・ウィーク」の楽しみ。そのひとつが17世紀にルイ13世様式で建てられたかつての貴族の洋館Hotêl de Sully(オテル・ドゥ・シュリー)。現在はフランス文化財センターが構えているが、付属するオランジュリー(植物を寒さから守るための建物)が今回初めて一般公開され、フランス人デザイナーで室内装飾家のPierre Gonalonsのインテリアデザインがしつらえられた。


Photo : Stephan Juillard


イタリアのデザイン出版社のアートディレクターも務める彼は、詩的でグラフィカルなデザインで知られる。ニナ・リッチ、ラリックなど一流メゾンとのコラボレーションを手がけたほか、今回のようなオリジナルファーニチャーやオブジェも数多くプロデュース。伝統的な素材、高い技術をもつ家具職人のクラフトマンシップを活かしながら、華やかでシンプル、かつ非常に洗練された作品を創りあげる。

来場者は秘密の空間に入り、まるでフランス貴族の夏のサロンに招かれたかのような感覚で最新のファーニチャーデザインを発見することができる。


Photo : Stephan Juillard


大切な職人技術を残し後世に伝えながら、そこに新しい風を吹き込む。「伝統と革新」を常に標榜するフランス工芸デザインのエスプリが感じられるクリエイションだ。

新機軸、伝統的、実験的、ミニマル、環境に優しい、カラフル、上質・・・。さまざまな言葉で語られた2021年の「パリ・デザイン・ウィーク」。しかし言葉で語りきれないほど自由で多様性にあふれるのが、フランスのデザインシーンと言ってもいい。ここからどんな潮流が生まれ、後世に伝えられていくのか。暮らしのスタイルが大きく変わる今、ますます目が離せない。


(文・写真)杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年よりArt Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、アドバイザーなどとして活動中。

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