パリ中心部のちょっと東寄りにある「マレ地区」。そこはパリの「今」を牽引し、いつも何か新しい発見のある街。ファッション、デザイン、インテリアなど洗練されたブティックがならび、雰囲気のいいカフェやレストラン、そして現代アート、写真のギャラリーなどが小さな道沿いに点在する。パリジェンヌ、パリジャン、そして観光客にもいちばん人気のエリアのひとつだ。


カルナヴァレ美術館の近く・マレ地区の風景


トレンドの先端をゆくこの「マレ」だが、実は中世からの遺構が残る古い町でもある。16-17世紀頃には貴族たちの館がこぞって建てられ、それらが美術館や国立公文書館になるなどして、現代に受け継がれてきた。そんな歴史的な建物のひとつが今回ご紹介する「カルナヴァレ美術館」だ。

ここは古代にまでさかのぼるパリの長い歴史にまつわる品々を収集、展示していて、開館は約130年前の1880年。パリ市が運営するミュゼの中ではもっとも古い。ちょうどこの時代、つまり19世紀の後半はパリの市街地が近代化のために大改造が次々と行われていたため、それまでの古い街の歴史を後世に伝えなければと美術館の設立が構想されたのだという。


中世の時代のパリの建築に使われた装飾


カルナヴァレ美術館は、2016年にリニューアルのため閉館。そこから実に4年をかけて模様替えをし、今回のロックダウン緩和をうけてようやく再オープンした。パリ好き、歴史好きにはたまらないスポット、しかも常設展示は無料とあって、再開早々大勢の人々が訪れている。


カルナヴァレ美術館入口


ルーヴルの方形宮を手がけたことで知られる建築家ピエール・レスコーが、ここに最初の館を創ったのは1548年。持ち主の夫の名から「カルナヴァレ館」と呼ばれたその建物をさらに17世紀の建築家フランソワ・マンサールが改築。1866年にパリ市が購入し、美術館に仕立てた。1989年には隣接するル・ペルティエ・ドゥ・サン=ファルジョー館も統合し、現在では約60万点以上におよぶ収蔵品から、選りすぐりの品々がこの2つの館に展示されている。

先史時代の遺物から、フランス革命などパリの歴史を物語る絵画や彫刻、地図、家具・調度品、歴史的な人物たちの遺品、古い町の看板や街の模型など、展示品のバリエーションは幅広い。中でも目を惹くのは、やはり昔のパリの風景がわかる絵画や模型。あるいはフランス革命など、私たちもよく知っている歴史的シーンを詳しく描いた絵や当時の遺物だろうか。


カルナヴァレ美術館内部 パリの街を彩ってきたサインや看板の数々が並ぶ。


フランスでは貴族や著名人、アーティストなど、亡くなるときに彼らが生涯をかけて集めた装飾品や芸術品、時には住んでいた館そのものをパリ市や国に寄贈することも多い。相続税の代わりに、といった現実的なケースもあるが、偉人の館やアトリエの数々がそのまま美術館などになって今に受け継がれているのはそのおかげだ。

カルナヴァレ美術館は、その広い館内を活かして、こうした貴族の館の一部や著名人の部屋、あるいはかつてのブティックのインテリアなどをそのまま持ってきたかのように再現された展示室もある。


アルフォンス・ミュシャのデザインによる ジュエリーショップ「ジョルジュ・フーケ」の店内装飾


19世紀末から20世紀初頭にかけてのパリで「アール・ヌーヴォー」デザインを広めたことで知られる宝石商ジョルジュ・フーケの店もそのひとつ。彼は、この時代を代表する画家、デザイナーであったアルフォンス・ミュシャのデザインによる宝飾品を数多く扱っていたが、その人気もあってコンコルド広場近くにあった店のファサード、店内の装飾の設計をミュシャに依頼した。のちにアール・ヌーヴォーの人気は衰退し、ジョルジュ・フーケは1923年に店のデザインを変えてしまったが、解体した元の店舗の部材を残し、それを1941年にパリ市に寄贈した。

美術館ではこれが丁寧に再現されていて、調度品の意匠、天井のモール、ガラスの照明などはまさしく全盛期のアール・ヌーヴォーそのもの。この雰囲気のなかで宝飾品を見たら、顧客の気持ちも上がりそうだ。


ジュエリーショップ「ジョルジュ・フーケ」のファサード装飾


19世紀頃のパリの様子や人物を描いた絵画のコーナー


今回のリニューアルでは、2015年の連続テロ事件など、ここ最近のパリの歴史も付け加えられた。歴史とは遠い過去のものではなく、今ここにいる私たちもその舞台の上にいるのだ、ということを感じさせてくれる。


リニューアル最初の特別展は、

写真家アンリ=カルティエ・ブレッソン

この待ちに待った再オープンに合わせて企画された特別展が<アンリ・カルティエ=ブレッソン ~ 再会のパリ>だ。上記のアール・ヌーヴォーがパリを席巻していた時代、1908年に生まれたアンリ・カルティエ=ブレッソンは、ロベール・ドアノーなどとともにパリの風景や人物を数多くカメラにおさめてきた写真家で、世界中にその名を知られる。


メトロ2号線の橋梁の下・シャペル大通り Sous le métro aérien, boulevard de la Chapelle, 1951 Collection Fondation Henri Cartier-Bresson © Fondation Henri Cartier-Bresson/Magnum Photos


子供の頃からデッサンと写真に興味を持ち、コダックのブローニーを手にスナップ写真を撮っていたというアンリ=カルティエ・ブレッソン。画家のアンドレ・ロートに師事にて絵を学んだ彼は、兵役でマックス・エルンストやアンドレ・ブルトンなど「シュルレアリスト」たちに出会い、交流を深める。とりわけ特殊な技法を駆使して独特のイメージを生みだしていたマン・レイに影響を受け、1931年頃からは写真に傾倒。1932年に初めて手にしたライカを手に、ヨーロッパを巡る旅に出る。

その経歴が育てた独特の視点と構図。そして『決定的瞬間』という、彼の代表的な写真集のタイトルに象徴される一瞬の切り口の鋭さ。それが世界中に知られ、後世の多くの写真家たちの手本になったことは、よく知られている通りだ。パリの歴史を語る美術館の再開に、これほどふさわしいアーティストもそういないだろう。


<アンリ・カルティエ=ブレッソン ~ パリ再見>展示風景


そんなアンリ=カルティエ・ブレッソンの眼がとらえたパリ、その幾つもの「決定的瞬間」は、長い時を隔てているとはいえ、ふとした街の風景をどこか新鮮に違って見せる。現代の景色と比べながら、展示作品のいくつかをご紹介しよう。


芸術橋の上の哲学者ジャン=ポール・サルトルと民族学者ジャン・プイヨン Jean-Paul Sartre et Jean Pouillon sur le pont des Arts, Paris, 1945 Collection du musée Carnavalet – Histoire de Paris © Fondation Henri Cartier-Bresson/Magnum Photos


芸術橋(2021年6月撮影)


セーヌ河岸 Les quais de Seine, 1955 Collection du musée Carnavalet – Histoire de Paris © Fondation Henri Cartier-Bresson/Magnum Photos


セーヌ河岸(2020年6月撮影)


Place de l’Europe, derrière la gare Saint Lazare, 1932 Collection du musée Carnavalet – Histoire de Paris © Fondation Henri Cartier-Bresson/Magnum Photos


Place de la Bastille,1953 Collection du musée Carnavalet – Histoire de Paris © Fondation Henri Cartier-Bresson/Magnum Photos


バスティーユ広場(2020年6月撮影)



あらゆるイメージがあふれ、一瞬で世界中に共有される現代。私たちが生きているこの時代とその風景は、後世の人々にどう伝わっていくのだろうか。未来のカルナヴァレ美術館でまたそれを見てみたいものだ。



Musée Carnavalet カルナヴァレ美術館

住所:23 rue de Sévigné 75003 Paris

開館日:火〜日 10:00〜18:00 (月曜定休)

観覧料:常設展は無料

美術館ウェブサイト:https://www.carnavalet.paris.fr


Henri Cartier-Bresson – Revoir Paris

アンリ=カルティエ・ブレッソン 再会のパリ

期間:2021年10月31日まで

観覧料:一般11€




(文)杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、アドバイザーなどとして活動中。

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