2020年。新しい洋服を買う意欲を削がれたかわりに、私は家が欲しくなりました。それも平屋が。東京に住む友人の一人が今年の夏、長野県のとあるスキー場の近くに、それも徒歩でゲレンデへ行けるくらいの距離の場所に大きな一軒家を借りました。リビングには暖炉、屋根にはソーラーパネル、玄関横には雨よけ付きの駐車場が付いた一軒家です。とりあえずと1年間の契約を結んだ友人は、その場所が、その地域が肌に合えば、いずれ一軒家を購入しようと考えています。

芸術欲がとまらない高校生バルコニストたち。

どこにいても仕事ができるノマドワーカーならではの人生の選択、フットワークの軽さです。東京都内でティーンエイジャーの娘2人と一緒にマンションで暮らす私にとっては、ただただ羨ましい話です。ところがある日、長女からこう言われました。「高校卒業したら一人暮らしがしたいかも」って。あと何年、子どもたちと一緒に暮らせるのだろう。母親になって16年になりますが、今まで一度もそんなことを思ったこともなければ、考えたこともありませんでした。

2004年の12月、長女が生まれました。最初は同じ部屋、と言っても大きなワンルームのマンションだったので、私たちは同じベッドで眠りました。2006年の2月、次女が生まれたのを機に少しだけ広いマンションへ引っ越しました。長女は隣に並べた真っ白なベビーベッドで、次女は私と同じベッドで眠りました。次女の寝息に耳を傾けながら、長女が寝返りのたびに立てるかすかな音に息を飲みながら、私は眠りに落ちていました。

キッチンテーブは受験生な次女にとっての勉強場所、絵を描くのが好きな長女にとってはアトリエです。

次女が4歳になってすぐ、さらに広いマンションへ引っ越しました。たっぷりとしたクローゼットの付いた窓付きの部屋を子供部屋に当て、二段ベッドを置きました。危ないハシゴは外したまま、幼い二人は下の段に並んで眠りました。優しいランプの光だけを頼りに、ラグの上に散らばったカラフルなおもちゃとたくさんの絵本を、二人を起こさぬよう、音を立てぬよう片付けることが私の一日の最後の家事になりました。

「我が家の『たまり』の場は台所です。この日も、掃除のために解体した食洗機を数時間かけて組み立てる私のそばに友人たちがい続けてくれました。」

長女が4年生、次女が3年生の時に今のマンションへやって来ました。そして、家族各々に部屋ができました。それぞれが一人になれる部屋が。小さな住宅の利点は『たまり』ができやすいことです。形や広さよりも、むしろ住宅で大切なのは『たまり』があるかどうかです。一緒に眠る、一緒に食べる、一緒に浴する。一緒に何かをする『たまり』の場所があればあるほど、家庭生活は豊かになります。小さな家から大きな家へと引越しを繰り返していった中で、私はいつも『たまり』の場所を作ることを心がけていました。

毎週末の見慣れた風景。

幼かった頃、私は自分の部屋にこもる子どもでした。勉強も大好きな読書も昼寝も、時には食事さえも自分の部屋。機嫌が悪くなって不貞腐れるのも自分の部屋。友達が遊びに来た時も、過ごすのは自分の部屋でした。自分の部屋が心地良く、自分の世界に没頭しやすいというのが『こもり』の理由でした。しかし『こもり』の場所を見つけてしまったことで、私は両親とのコミュニケーションをおろそかにしてしまったのです。中学から続いた6年間の反抗期。人間関係も恋愛も相談できず、振り返れば人生の岐路となった渡米や上京、結婚に関してまでも、私は両親に相談しないまま決断しました。そんな私を父は「佳子は勝手に育った」と笑いながら話します。独立心旺盛な子どもだったと。私の人生、それで良かったんです。大満足です。ただ…、これは全くのタラレバな話ですが、もしも私の家に『たまり』の場所があって、もしも母に相談できていたら、もしも父が反対していれば…。そう考えてみると、私の人生はどうなっていたんだろうって時々ふと思ってしまいます。

『たまり』の場所を作るか『こもり』の場所を作るか。長野県に一軒家を借りた友人のように、もしも今後さらに大きな家に住むことがあるとするなら、それでもやっぱり私は『たまり』の場所を、しかもあちこちに作りたいと思います。4人くらいで入れる大きなお風呂も欲しいかも。

クリス‐ウェブ佳⼦(モデル・コラムニスト)

 1979 年10 ⽉、島根⽣まれ、⼤阪育ち。4 年半にわたるニューヨーク⽣活や国際結婚により、インターナショナルな交友関係を持つ。バイヤー、PR など幅広い職業経験で培われた独⾃のセンスが話題となり、2011 年より雑誌「VERY」専属モデルに。ストレートな物⾔いと広い⾒識で、トークショーやイベント、空間、商品プロデュースの分野でも才覚を発揮する。2017 年にはエッセイ集「考える⼥」(光⽂社刊)、2018 年にはトラベル本「TRIP with KIDS―こありっぷ―」(講談社刊)を発⾏。interFM897 にてラジオDJ としても活動中。

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