パリにも少しずつ日常の暮らしが戻ってきた。まずはブティックや美容室が待ち望んだ人々を迎え、そしてカフェやレストランへ。美術館・博物館は一部で公開が始まったけれど、シネマやライブ、スポーツイベントなどたくさんの人が集まるところはもう少しあとになりそうだ。

美術館では、春から延期になっていた展覧会がようやく再開したり、秋からのスタートを宣言。ファッション業界でも、一度はキャンセルした今年7月のオートクチュールコレクションがオンラインプレゼンテーションでの開催を決めるなど、フランスらしい文化的なシーンが息を吹き返しはじめている。

しかし、なによりフランス人が待っていたのは「外出」だろう。

パリ・マレ地区 ヴォージュ広場

じめじめと暗い冬から、春、初夏へと移り変わる季節。気候が良くなるとフランス人たちは、まるで動物たちが集団で冬眠から目ざめるように外へと出てくる。街歩きを楽しみ、公園でくつろぎ、あらゆるところでピクニックをする。

春に始まったコロナ危機で出鼻をくじかれた人々は、天気の良い日も家にこもり、我慢を重ねてようやく解禁の日を迎えた。

美術館などがまだ十分に開いていない今、人々はパリの美しい街並みをいつくしむように見て歩き、数ある「屋外アート」を楽しむ。さすがは「芸術の都」、街にはこの国を代表する芸術家たちが手がけたアートがいたるところで見られる。そのいくつかをご紹介していこう。


Palais Royal パレ・ロワイヤル

パレ・ロワイヤル ダニエル・ビュレン『二つの台地』

最初は、パリの中心部にある「パレ・ロワイヤル」。ルーブル美術館からすぐ近くにある、かつての王宮跡が庭園やブティックになったところで、現在はフランス文化省も入っている。

建物や庭園そのものも美しく見ごたえがあるが、ここには白黒のストライプが目を引く260本の円柱のアートが有名だ。現代美術家ダニエル・ビュレンによる『二つの台地』。ダニエル・ビュレンは幅8.7cmのこのストライプを使った作品で世界的に知られ、日本でも幾度となくお目見え。最近では東京<GINZA SIX>の吹き抜けアートにも起用された。

ダニエル・ビュレン『二つの台地』(部分)

パレ・ロワイヤルに1986年に登場したときには「美観を壊す」と裁判沙汰にまでなったが、今では子供たちにも愛されるこの広場のシンボル。その近くにあるベルギーの美術家ポル・ビュリーによる金属の球体の噴水とあわせ、球と円柱というシンプルな造形が、クラシックな背景の建物と美しいコントラストをなしている。

パレ・ロワイヤル ポル・ビュリー 球体の噴水


Centre Pompidou ポンピドゥーセンター付近

ニューヨークのMOMA、ロンドンのテート・モダンなどと並ぶ、近現代美術の殿堂「ポンピドゥーセンター」。そのすぐとなりには「落書き」というにはあまりに巨大かつ有名な作品『Chuuute (しーっ)』がある。

ジェフ・アエロゾル『Chuuute』

描いたのは、フランスにおけるグラフィティアートの巨匠、ジェフ・アエロゾル。「アエロゾル」(「スプレー」を意味するフランス語)のアーティストネームの通り、彼はステンシル(型紙)を使い、そこにスプレーを吹きかける作品を中心に世界中で足跡を残してきた。

これは2009年の作品だが、やはり大量の型紙を使い、ジェフ・アエロゾルが数人のグラフィティアーティストとともに制作した。『Chuuute(しーっ)』のタイトルは、広場をはしゃぎまわる子供たちに「静かにしなさい!」と叱っているわけではない。騒々しい街の雑踏の中でも、少しだけ耳を澄まして、気づかずに通りすぎてしまいそうな街の音を聞いてみよう、というアーティストのメッセージが込められているのだとか。なんと粋な試みだろう。


La Défense ラ・デファンス地区

タキス『光のサイン』奥には新凱旋門「グランダルシュ」が見える。

シャンゼリゼ通りをそのまままっすぐと郊外へ抜けると、「ラ・デファンス」と呼ばれる再開発による新街区がある。あえて東京でいうなら、新宿副都心とお台場を足したような街で、1989年完成の新凱旋門を中心に、オフィスや住宅の入った高層ビルや大規模商業施設が立ち並ぶ。このエリアはモニュメントのような巨大屋外アートのメッカで、著名な作品も多い。

ジョアン・ミロ『二人のファンタスティックな人物』

こちらは日本人にもファンが多いスペインの美術家ジョアン・ミロの彫刻『二人のファンタスティックな人物』。20世紀初頭のパリで、マティスなどフォービズム(野獣派)に影響を受け、シュルレアリスム運動に参加。カラフルでユーモラス、詩情にあふれた作風は世界中から愛された。向かいあうように設置された米国の美術家アレクサンダー・カルダーの作品『赤い蜘蛛』とともに、モダンな建築群の中に融け込んでいる。

アレクサンダー・カルダー『赤い蜘蛛』

新しい街区ならではの機能をアートと融合する試みもある。下は街区内に設けられた高さ32mの巨大空気塔を600本以上の細いチューブで包み込んだレイモン・モレッティの作品『モレッティの煙突』。

レイモン・モレッティ『モレッティの煙突』

レイモン・モレッティ『モレッティの煙突』を真下から眺める

モレッティは南仏ニースの生まれで、カラフルで流麗なタッチの絵画やイラストで知られる。放射するような色とりどりの線は、彼の絵のモチーフのひとつで、それを現実の空気塔に仕立てた造形は圧巻だ。空気塔に絵を描いたり、タイルを施したりということは日本など他でも見られるが、これは見事な成功例。まわりの建物や空との関係で七変化する姿に、カメラを向ける人が多いのもうなずける。


Cimitière du Montparnasseモンパルナス墓地

墓地にさえアートがあるのがフランス流。芸術家の墓、あるいは芸術家が友人のために墓石を作るといったことも少なからず見られる。

このカラフルで愛にあふれた猫の墓石は、女性芸術家としてこれまた世界に名を知られるニキ・ド・サンファルが、長く彼女のアシスタントを務めた男性リカルドのために制作した作品。ニキ・ド・サンファルは、彼を誇り高く、ミステリアスでセクシーな、まるで猫のような人物だと評していたという。エイズを患い、死の床にあったリカルドを前に、彼女はそんな彼への愛情と敬意を込めて猫の墓石を作ることを提案した。彼はそのアイディアをとても気に入ったという。自由な想像世界に生きたニキらしいエピソードだ。


あたらしい日々をアートで感じる。

アートを愛し、アートと暮らすことを夢みるフランス人たちにとって、街は格好の展覧会場。今回紹介したものだけでなく、ほかにも主要な庭園や広場ではロダンやマイヨールなど著名な作家の彫刻があたりまえのように置かれている。人々はそれを見てやすらぎ、あるいは作家の思いや作品の表情に触れてさまざまなことを想像する。

「戻ってきた日常」を実感する瞬間。フランス人の場合は、こうして外のアートを見つめるときに訪れるのかもしれない。

※各写真は2019年以前に撮影したものです。

杉浦岳史(文・写真)/ライター、アートオーガナイザー
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年より Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、キュレーター、コーディネーター、日仏通訳などとして幅広く活動。

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