世界中、とりわけ欧米に大きな災禍をもたらした新型コロナウィルス。フランスでは3月17日からいわゆる「ロックダウン」に入り、外出が制限された。テレワークができない場合の通勤、自宅近くでの必要な買い物や運動などには、証明書を自分でプリントして外出する。しかしそれを持っていないときに警官に出くわしたら、罰金が待っているという厳しさだ。

なによりも感染者の広がりが急激だった。5月上旬までにフランス全体で17万人以上の感染者数、死者は26,000人以上。友人や知り合いでかかる人、亡くなった人がいるということが珍しくない。これまでマスクなどしたこともなく、街角で友人と会えばビズ(頬と頬を合わせる挨拶)や握手を交わしてきたこの国の生活が一変した。

今まであたりまえだったことができなくなる。安心できる自宅の中も、ずっと籠もりきりともなれば窮屈になり、心のあり方も変わってくる。フランスと状況は違えど、日本の皆さんにも身に覚えのある方が多いだろう。

5月11日。フランスのロックダウンは、55日目に限定的ながら解除された。


今回は、この前例のない環境と心境の変化を体験したパリ在住の日本人写真家、アーティストたち6人に声をかけ、彼女ら彼らそれぞれのロックダウン下の暮らしとその思いを写真とともに寄せてもらった。危機とやすらぎの狭間に揺れた作家たちの、ふだんの作風とは異なる「視点」をお届けしたい。



Episode. 01

Confinement(隔離)のセルフポートレイト 写真家・清真美

©Mami Kiyoshi 「Confinement(隔離)のセルフポートレイト」

「呼吸器系の持病があるので安全のためにほぼ自宅で生活していた。外出制限期間55日=1320時間のうち、外に出たのは3時間程度。文字通り外界と隔離され、アパートで過ごした。始終おだやかで満ち足りた気分だった」

そんな言葉を寄せてくれたのは、写真家の清真美さん。

彼女はこの期間、死んだ人(家族や友人)の夢をたくさん見たという。その死は、日本の実家や過去に訪れた場所など、特定の場所と結びついていたので、「場所と結びついた人の気配」のようなものに思いを馳せ、このイメージにたどりついたという。自分がこの世から消えたあとに残るかもしれない、おだやかな「死の気配」のポートレート。

写真の中で、まさしく「気配」のように映し出された彼女自身の身体のパーツは、浮遊しさまよいながら、空間に感情の断片を刻む。目の錯覚かと思うような構図は、外界や人とのコンタクトがない隔離環境の、何か「非現実のような現実」をあらわしているかのようでもある。

©Mami Kiyoshi 「Confinement(隔離)のセルフポートレイト」

©Mami Kiyoshi 「Confinement(隔離)のセルフポートレイト」


Episode. 02

戦う医療従事者たちをたたえる小さな手 写真家・澄 毅

ロックダウンが始まってから、フランスでは午後8時になるとアパルトマンや家に閉じこもった人々がバルコニーに出て、空に向けて大きな拍手する新しい習慣が生まれた。コロナウィルスとの戦いに身を投じる医療従事者たちを励ますためだ。

写真家・澄 毅さんも、妻と小さな息子とともにバルコニーにいた。

©Takeshi Sumi

「うちの息子はこの外出禁止期間中に3歳の誕生日を迎えたのだが、そんな彼にとっても午後8時にそれぞれの建物から聞こえてくる拍手は一大イベントのようだ。毎日これが聞こえてくると、家のどこにいても駆け出してきて、窓辺に上がって手を叩いている。コロナと戦う医療従事者への敬意から始まった拍手はずっと毎日続いていて5月11日まで続きそうだ。音の連帯は広場に人が集まるデモのように姿が見えない分、どんな誰が叩いているのか見当がつかない。おそらく若者もお年寄りも白人も有色人種も、そして私たちのような<外国人>もそのなかにいるのだろう。外見の区別なく、ただ讃える音だけが響く。息子はいつも全力で拍手をして、最後に『おしまい』と言ってパチンと大きな柏手を打つのだが、静寂が戻ると同時に踵を返して、とたとたとたと家の中に走り去っていく」

©Takeshi Sumi

コロナ危機を体験した子供たちは、事情がわからずとも、彼らなりに何かを感じとったに違いない。その記憶を持ち続けながら、これからどんな未来を創っていくのだろうか。それがどんな形であれ、人類にとって幸せなものであることを願わずにはいられない。


Episode. 03

地球本来の美しさと対話する 写真家・野中玲子

ロックダウンによって人の移動がなくなり、車や鉄道も飛行機も驚くほど減った。排気ガスはなくなり、空は澄み、ちょうど春から初夏へと移る季節ということもあって自然が生き生きとしていた。その変化を、写真家の野中玲子さんは自宅の窓から見る風景にありありと感じ取った。

©Reiko Nonaka 《窓景》

「毎日、窓から見えるセーヌ川沿いの空を見ながら、自然の美しさに感動する。

今まで地球を痛めつけてきた私達の生活が、外出禁止によって制限されたことで、地球は本来の美しさを取り戻しているようだ。

止むことのない自然のスペクタクルを眺めながら、宇宙が喜んでいるのを感じ、世界がいい方向に向かっていることを確信する。」

©Reiko Nonaka 《窓景》

他の国でも、ブラジルの浜辺でウミガメが、スペイン・バルセロナの海にはイルカ、アザラシが戻ってきた、といった話題が聞こえてくる。これまでずっと私たちは人間の経済活動が環境におよぼす影響について語ってはきたけれど、今回は図らずもそれをリアルに実感することになったのかもしれない。

彼女はこのロックダウンを機会に、部屋のテーブルと椅子を窓からの景色がよく見えるこの位置に移したのだという。外に広がる感染の不安を飛び越えて交わされる「自分自身と空との対話」は、もうしばらく続きそうだ。

©Reiko Nonaka 《窓景》


Episode. 04

制作することで保った、心の平穏。 ひらいゆう

©Yu Hirai ”Lorraine Blue”  過去の作品だがロックダウン中の気持ちを表しているという。

写真を中心にした作品で、長くヨーロッパを拠点に活動してきたアーティストのひらいゆうさん。見えないウィルスに対する不安の中で彼女の気持ちをかろうじて支えたのは、家族と作品づくりだったと話す。

「(ロックダウンの前に)奥のアパルトマンが工事中で、ものすごくうるさかったのですが、外出制限でピタリと工事が止まり、静けさが訪れました。ふだんは工事の人や大家が通る、物置兼ゴミ置き場のような空間が、今だけの私のアトリエに。ふだんは描けない大きな水彩画や油絵にも挑戦してみました」

©Yu Hirai

「本当に不安な状況でしたが、制作することで心の平静を保ち続け、規則正しいポジティブな日常を送れました。今までバラバラだった家族が一日中いっしょにいることになって、けっこう良い面を発見したことは素晴らしい機会でした。最初はイライラもあったのが、少しずつお互いのことを尊重するようになって、いいハーモニーが生まれた気がします」

ひらいさんのように、願ってもかなわなかった家族とのゆっくりとした時間が、外出制限によってもたらされた人も多いだろう。逆に、高齢者への感染を防ぐために実家に行けなくなるなど、会いたい人と会えなくなってしまった人もいるはずだ。コロナ危機は、人と人の関係を思わぬかたちで見つめることになった機会ともいえそうだ。

©Yu Hirai

Episode. 05

突然の来訪者 写真家・田村理恵子

「ピンポーン」

ロックダウンの真っ最中。パリ11区に住む写真家・田村理恵子さんのステュディオに、突然の客人がやってきた。

©Rieko Tamura

目の前に現れたのは、Colombe(白い鳩)。もちろんベルを鳴らしたのは鳩ではなく、同じ建物に住む顔見知りの住人だった。階段室の窓は閉めきったままなのに、彼女の部屋の扉の前の手摺りに止まっていたので、彼女の部屋で飼っていたものが逃げたのかと思ったらしい。

「外出制限が出てから病気になったり、先の心配もあったけれど、そんな不安や迷いをこの白い鳥は一掃してくれたんです。いいことが起きそうな気がするって。あとは、健康でさえいればどうにかなると、与えられた時間で今できることをただひたすらしていました」

彼女はフィルムカメラを使ったいわゆる「銀塩」の写真家。もともと自分のステュディオ内に、フィルム現像からプリント作業までできるよう環境を整えていたが、いつもはその作業を信頼のおけるパリのラボに依頼していた。この機会に自分の今までのスタイルや思い込みをすべてフラットな状態にして見直し、機械や道具をメンテナンス。新たな気持ちで暗室に籠もり、黙々と作品を作り続けていたという。

©Rieko Tamura

「予定していた撮影旅行や仕事はキャンセルになったけれど、外出制限中に過ごした時間のあいだに、撮影のチャンスが来た時にいかせる改善点が見つけられた」と話す田村さん。

もうコロナ後にはばたく気持ちの準備は整っているようだ。

Episode. 06

サン・ジェルマン・デ・プレからの知らせ 版画家・伊藤英二郎

「版画家」と書いたが、伊藤英二郎さんの作法にはもう少し説明が必要だ。メインとなる彼の制作技術は「フォトグラビュール」「ヘリオグラビュール」などと呼ばれる写真製版による一種の銅版画。写真をもとに、光と化学反応が編みだす非常に複雑で繊細な工程を経てそれを銅板に定着させ、原版をつくって紙に印刷する。写真発明の時代にさかのぼる技法で、明暗のコントラストが美しい。

©Eijiro Ito

伊藤さんが今回送ってくれたのは、その作品のもととなる写真だった。パリのサン・ジェルマン・デ・プレにある古物商での一枚。4年にわたり被写体として写真を撮り続けていたこの店にまつわる逸話を、彼は語ってくれた。

「コロナウィルスパンデミックにより隔離政策が運用されるなか、製作に力が入るという訳にはいかず、ただただ数週間は医療崩壊の現実に途方に暮れ右往左往する日々が続きました。

そんな中、4年にわたり写真を取らせてもらい深い信頼関係を築いてきたサンジェルマン・デ・プレの古物商のオーナーから連絡が入りました。

『悲しいお知らせをしなければなりません。マダム・ニルファーがこの世界から旅立ちました』

笑顔しか思い浮かばない彼女、まさかと疑うもその理由を聞く事が出来ません。そしてこの時期に親しい知人の悲報を聞くのは辛いものでした。

彼女は年齢にして70代、イラン革命を逃れパリに移住し万物に精通した才女で、初代経営者の頃から古物商に務めていました。私が店舗の前を通り過ぎるといつも「入りなさい、入りなさい、美しい作品は出来たか?妻は元気か?」と訪問を喜んでくれる方でした。世界の沢山の出来事を話し、異文化を分かち合い、彼女と話すだけでも一日生きた充実感を味わえました。

現在のオーナーに哀悼の意を伝えたく、過去のデータ写真のアーカイブからニルファーの写っているものを丸一日費やして探しました。するとわずかに数枚の後ろ姿が残されていました。

オーナーから悲報を受けた翌日「彼女への永遠の愛と悲しみを捧げます」の言葉と共にデータ写真を送りました。

翌日、オーナーはその写真を古物商のサポーターや友人と分かち合うため、コメントと共にWeb上に掲載してくれたのです。

“ À jamais grave dans mon Coeur. Merci pour ces instants devenus éternel ”

「私の心に深く刻まれた。永遠になった瞬間をありがとう」

数年前のあの瞬間、カメラを構えた私には、今起きているこの現実を予見することなどまったくできませんでした。今度そこへ伺う時は、あなたが語った『ハーモニーと平和の場所』と共にあなたの魂を再度見い出すことができるでしょう」

ロックダウンの最中にもたらされた突然の訃報。伊藤さんはこれを機会に、この写真をフォトグラビュールとして作品化することを決めた。

6人の作家たちが見た、いつもと違うパリ。

呼びかけに応じてくれたアーティストの写真に、私たちはこのコロナ危機がもたらしたさまざまな変化や、人間の心の動きを見ることができる。世界に広がり、まさに地球規模で影響を与えた出来事。まだ収束はしていないけれど、そこから何かを学び、新しい明日を生みだす動きは始まっている。

ようやく少しずつ前の表情を取り戻しつつあるパリ。しかしその現実はもう過去とは違うのかもしれない。目には見えないその変化を、注意深く感じとっていきたい。

感謝を込めて。

清 真美 Mami Kiyoshi

http://www.kiyoshimami.com/

澄 毅 Takeshi Sumi

http://www.takeshisumi.com/

野中玲子 Reiko Nonaka
www.reikononaka.com
http://reikononaka.blog.jp/


ひらいゆう Yu Hirai
https://www.instagram.com/yu_hirai/

https://yuhirai.blogspot.com

田村理恵子
www.riekotamura.com

伊藤英二郎

https://www.eijiroito.net/

(文・写真)

杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年より Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、キュレーター、コーディネーター、日仏通訳などとして幅広く活動。

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