フランスの暮らしとデザインを紹介する連載の11回目はフラワーアーティストのマリアンヌ・ゲダンさんが2023年に購入した、18区のアパルトマンをご紹介します。

パリ有数の観光名所、モンマルトルの丘。寺院の北側にあるコーランクール通り周辺は、カフェや商店が並ぶローカルな住宅街だ。
2023年7月、この地区にアーティストのマリアンヌ・ゲダンさんは、アトリエと住居を購入した。
「1960年代に建てられたアパルトマンで、以前はプレス業務を行っていた方が住んでいました。地上階の物件はオフィスとして使われ、その上の庭付き住居と合わせて2物件が売りに出ていると聞き、両方買うことを決めました」とマリアンヌさん。

「地上階の物件は約80㎡あり、花材や道具を収めるアトリエとして使っています。2階の住居部分は50㎡。玄関の左にリビング兼ダイニング、右に寝室があります」とマリアンヌさん。アトリエのある地上階は通り沿いに面し、2階の寝室も同じく通り側。実はこの建物、モンマルトルの丘の斜面に建っており、そのためリビングの向こうには、斜面を生かした緑豊かな庭が存在するのだ。
「ガーデニングはフラワーアレンジメントの仕事とはまったく異なるため、友人の園芸家に教わりながら、少しずつ学んでいます。日々雑草を取り、手入れを重ねるのは、終わりのない仕事ですね(笑)。2月末からは外のテーブルでお茶を楽しんだり、食事をしたりして、庭のある暮らしを満喫しています」


アパルトマンは細長い造りで、通りに面した寝室の窓と、庭に面した掃き出し窓の両方から光が入る点が気に入ったという。「以前は3部屋あったそうですが、前の住人が壁を取り払って2部屋にしたそうです。入居をする前に床を貼り替え、キッチンも改装しました。工事にかかったのは約3週間です」
ここに入居する前は、近隣の賃貸物件で家族と暮らしていた。「100㎡の広さがあるオスマニアン建築の瀟洒なアパルトマンに、2人の子どもと、その父親であるパートナーと住んでいました。彼とは別れてしまいまして、子どもが成長して独立したことをきっかけに、転居を考えたのです。引っ越す際、たくさんあった家具の多くは子どもたちに譲り、新居には本当に気に入ったものだけを運び入れました」

左の黒い花器とその下の黒いオブジェは、マリアンヌさんの作品。壁のアートは、オプアートの父と呼ばれるヴィクトル・ヴァザルリの1980年代の作品。手前には、彫刻家フランソワ・ポンポンの「シロクマ」のレプリカが置かれている。

インテリアの主役は所有する絵画やアートのコレクション。「家族から受け継いだもの、友人の作品など、想い出が詰まった絵やアートを飾れる空間にしたいと考えました。家具のテーマはシックスティーズ。少しずつ集めた名作家具を並べています」


ブルゴーニュ地方のディジョンで生まれたマリアンヌさん。子どもの頃から絵を描くのが好きで、アーティストを目指してパリに上京。アール・デコと呼ばれるパリ国立高等装飾美術学校でオブジェのデザインを学び、最終学年でフローリストに転向した。
「アートの仕事で生活を立てるのは難しいと考えました。また、田舎育ちということもあり、花が恋しかったのです。学校ではデザインを考えるのに頭を使いましたが、花の仕事は体を使う。違うタイプの仕事に興味を惹かれました」
モンマルトルのフローリストで1年、当時のトップフローリストであるクリスチャン・トルチュのもとで3年経験を積み、独立をした。
「映画やテレビのセットのスタイリストも経験し、2012年から花のデコレーターとして、本格的に仕事を始めました。現在のクライアントはラグジュアリーブランドが多く、ショーやイベントの装花を手がけています」



1年で約120本ものプロジェクトに携わるマリアンヌさんは、仕事が大好きだ。夏の3週間のバカンス以外はノンストップで働く。「毎回テーマが変わるので、常に新鮮な気持ちで仕事に向き合えるのがいいですね。モルディブで結婚式の装花を手がけたときは、空港まで小型の専用機が迎えに来て、まるでジェームス・ボンド気分でした(笑)」
仕事はマルシェで花を選ぶところから始まり、プレゼンテーション用のムードボード作りや経理作業まで、自身で行う。多忙なマリアンヌさんだが、現在は母校アール・デコで色彩とデッサンのクラスを受け持ち、教師としての役割にも生きがいを感じているという。

アーティストになりたい、という夢は、フローラル・アーティストという形で叶ったとマリアンヌさんは語る。
「仕事に関する夢は、望んで努力すれば叶えられると思います。続けることが大変であり、大切だと感じます」
好きなことを追求し、全力で取り組むマリアンヌさん。アートに囲まれ、丹精込めて育てた庭で過ごすプライベートな時間が、心を癒すひとときとなっているようだ。

撮影/篠あゆみ(Ayumi SHINO)
(文)木戸 美由紀/Miyuki Kido 文筆家
女性誌編集職を経て、2002年からパリに在住。フランスを拠点に日本のメディアへの寄稿、撮影コーディネイターとして活動中。株式会社みゆき堂代表。マガジンハウスの月刊誌「アンド プレミアム」に「木戸美由紀のパリところどころ案内」を連載中。インスタグラム@kidoppifr










