フランスの暮らしとデザインを紹介する連載の12回目は画家、イラストレーターとしても活躍するブリジット・ラノー・レヴィさんが住む、5区のアパルトマンをご紹介します。

Brigitte Lannaud Levy(ブリジット・ラノー・レヴィ)/ブルターニュのカンペール出身。パリの美術学校で学び、広告代理店の勤務、書籍の編集者を経て画家・イラストレーターとして活動。2025年9月、共著のイラストガイドブック「Dessiner Paris」「Dessiner Venise」をHachette Tourismeより刊行。
Instagram:@blannaudlevy

 パリ左岸に建つ荘厳なパンテオンは、文豪や政治家など、フランスの偉人を祀るモニュメントだ。その広場に面するアパルトマンに、ブリジット・ラノー・レヴィさんは夫と一人息子と共に暮らしている。

 「1912年の建築で、もともと夫が住んでいました。2004年から一緒に住み始め、その当時は4寝室あった間取りを改装。工事には2年間かかりました。インテリアは私が考えました」とブリジットさん。

リビングの一角。本棚は家具・照明デザイナーのクリストフ・デルクールにオーダーした。ランプはフランスのライフスタイルブランド「キャラバン」。

 玄関ホールの左側にダイニン兼リビングがあり、右にキッチン、夫の書斎。ホールの奥に細長い廊下があり、その先に22歳の息子の部屋、夫婦の寝室とバスルームがある。

 「リビングの仕切りは、開け放すと広々と使えます。友人宅でこの仕切りを見ていいなと思い、デザイナーのクリストフ・デルクールの連絡先を教えてもらいました。それをきっかけに、この家の棚や棚のデザインをお願いすることになりました」

窓の外はドーム屋根を抱くパンテオン。ソファはとランプは「キャラバン」。イームズのシェルアームチェアが一角に。
クリストフ・デルクールがデザインしたリビングの仕切り。

 室内で目を引くのは大きな書棚。「リビングにはお気に入りの書籍、寝室には文庫本、といったように、部屋ごとに置く本の種類が異なります。エントランスの書棚に並ぶのは古い本で、子供の頃に読んで印象に残っているものや、思い入れのあるもの。主にセーヌ川沿いに並ぶ古本屋の露天商、ブキニストで探しました。そうした本の表紙や、好きな書店のファサードを水彩画で描いたシリーズが、私の代表作になりました」

玄関横の書棚とスタンドランプはデルクールの作品。書棚にはブリジットさんが作品のモチーフにした古い本を並べる。手前の椅子はイームズがデザインをしたラウンジチェア、ラ・シェーズ。

玄関ホールの奥の細長い廊下。片面にアートや写真を飾り、ギャラリーのような空間を作った。

 インテリアのテーマは「侘び寂び」と「シャビー・シック」。良質な素材、ディテールと色にこだわったという。「テーブルの木材、電気のスイッチなど、毎日触って心地よいと感じるものを選びました」

 各部屋の内装や色調は、まずその部屋に飾るアート、家具、カーペットなどを決めて、そこから発展させていく。「昔からノートを作ることが好き。旅に出ると、そこに風景を描いたり、美術館の入場券やその時撮った写真を貼ったりして、旅のノートを作ります。この家のインテリアを決めるときも、イメージボードのようなノートを作りました」

古い書籍の表紙を描いた、ブリジットさんの作品。

幼い頃の愛読書「Moineau, la petite libraire(モワノー、小さな本屋さん)」も古書店で見つけた。

 昔から本が好きだったというブリジットさん。読書家になったきっかけは、一冊の本「Moineau, la petite libraire(モワノー、小さな本屋さん)」だった。「裕福に暮らしていた一家が父の失敗で没落し、12歳の長女モワノーが、母と弟妹を支えるため、頑固な親戚のもとで困難に立ち向かうお話。父に託された『勇敢であること』という約束を胸に、小さな本屋を切り盛りしながら、周囲の人々の心を開き、逆境を乗り越えていくストーリーです」

夫の書斎はゲストルームとしても使う。左の格子窓はモロッコの古い扉。テーブルはオーダーメード。

改装をした際の記録。モロッコの扉から夫の書斎のインテリアを考えた。

 ブルターニュ地方のカンペールで生まれたブリジットさん。パリのÉcole Martenot(モルトノー学校)で芸術を学び、広告のコミュニケーションやマーケティングの専門高等教育機関に進学。卒業後は大手広告代理店「TBWA」、パリとブリュッセルに拠点を持つ広告代理店「AIR」に勤務。15年間、広告業界で働き続けた。

 転職して編集者になったのは38歳の時。「息子を授かったことをきっかけに、昔から好きだった本の仕事をしたいと考え、出版社『Édition Robert Laffont』に就職。編集者として8年間働きました」

寝室。こちらの本棚には文庫本を並べる。

 

寝室の奥のバスルーム。バスルームのデザインはフランスを代表する木工職人であり、アーティストのパスカル・ミショロンが担当。左の2つのアートはフランス人アーティスト、ニコラ・フロックの作品。

 2014年にフリーランスとなり、ウェブマガジン「Onlalu」にて文学の批評家、イラストレーターとしての活動をスタート。「書店にインタビューをして、ファサードのイラストを描くページを担当。パリをはじめ地方の店へも赴き、今までに約150店を描きました」

 アートに興味を持ったのは、母親の影響だという。「母が自分の絵をよく描いてくれていたので、自然と美術に興味を持ちました。高校を出て美術学校に通いましたが、アーティストになるのが怖くなったのです。年をとって失職したら、他の業界で働く可能性が狭まるのでは、と考えて広告業界を目指しました」

船室をイメージしたというキッチン。棚の木材の色から壁のペンキにダークブラウンを選んだ。自宅に使ったペンキは全てイギリスのファロー・アンド・ボール。テーブルはオーダーメード。
22歳の息子、サシャ。「料理が得意で、今日のサラダも彼が作りました」

野菜とフルーツのランチ。「食事は魚と野菜、雑穀が中心。お酒とお肉はとりません」

 再び絵を描き始めたのは、友人の一言がきっかけだった。「『あなたはとてもクリエイティブなのに、なぜ自分で創作活動をしないの?』と言われ、それを機に絵を描き始めたのです。すると、自分の中に眠っていた創作意欲が自然と湧き上がってきました」

 画家としての色彩感覚は家のインテリアにも生かされている。「キッチンの木材の色に合わせて、チョコレート色のペンキを選んだ時は色々な人に驚かれました。20年前、インテリアに濃い色を使うのは珍しかったからです。玄関のグレー、書斎の赤、どの色も満足」

アトリエがある建物の中庭。「屋外に渡り廊下がある建物は珍しいのですよ」

6区のアトリエにて。机はオーダーメードで、引き出しに作品を収納できるよう設計。書棚にはアート本が並ぶ。

 家の気に入っている点をブリジットさんに聞くと、すべての部屋が気に入っている、とブリジットさん。「リビングでは、窓越しにパンテオンや教会を望みながら、クラシック音楽に耳を傾ける時間を楽しんでいます。また、家が広く感じられるのは、改装の際に色々なところに収納スペースを設けたおかげ。収納が十分にあるので片付けに困ることはなく、本当に良かったと思います」

 欠点は自分の部屋がないこと。「家ではリビングのテーブルが仕事場になりますが、食事の際は自分のものをバッグに入れて動かさなくてはならず、不便なのです。そこで家から20分ほどの距離にある場所に小さなアパートを借りて、アトリエとして活用。毎日10時には出勤し、創作のほか、打ち合わせもアトリエで行なっています」

レコードジャケットを描いた壁のイラストはブリジットさんの作品。

文庫本の表紙のイラスト。

 今年9月には、イラストと文章で綴るガイドブックをパリ編、ベニス編を2冊同時に発表。「旅行とアートを融合させた新しいタイプのガイドブックで、スケッチを通じ、街の魅力を発見できる構成です。デルフィーヌ・プリオロー=ストクレと マリオン・リヴォリエと私の三人で企画から編集まで行いました。このシリーズで、大好きな日本のガイドブックを作れたら嬉しい」

 現在は創作の仕事の傍ら、子供や住居不定者、受刑者に絵画やスケッチを教えるボランティア活動も行う。「アートを通して自己表現や自己肯定感を育むことを重視。立場や背景が異なる人々に寄り添いながら、創作を楽しめるよう指導しています。アートを通じて自己肯定感を育み、表現する喜びや希望を届けたいと考えています」

撮影/井田純代(Sumiyo Ida)

(文)木戸 美由紀/Miyuki Kido文筆家
女性誌編集職を経て、2002年からパリに在住。フランスを拠点に日本のメディアへの寄稿、撮影コーディネイターとして活動中。株式会社みゆき堂代表。マガジンハウスの月刊誌「アンド プレミアム」に「木戸美由紀のパリところどころ案内」を連載中。

Instagram:@kidoppifr

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