フランスの暮らしとデザインを紹介する連載の11回目はフラワーアーティストのマリアンヌ・ゲダンさんが2023年に購入した、18区のアパルトマンをご紹介します。

Marianne Guedin(マリアンヌ・ゲダン)/花や植物を用いて空間演出を行うアーティスト。ディジョン出身。パリ国立高等装飾美術学校でオブジェデザインを学び、卒業後フローリストとして経験を積む。2012年より本格的にフラワーアレンジメントの活動を開始。パリや海外のショー、カンヌ国際映画祭、ラグジュラリーブランドのイベントなど、花や植物を用いる演出を手がける。自身がデザインしたオブジェや花瓶など、オリジナルプロダクトも展開。https://www.guedin.paris/

 パリ有数の観光名所、モンマルトルの丘。寺院の北側にあるコーランクール通り周辺は、カフェや商店が並ぶローカルな住宅街だ。

 2023年7月、この地区にアーティストのマリアンヌ・ゲダンさんは、アトリエと住居を購入した。

 「1960年代に建てられたアパルトマンで、以前はプレス業務を行っていた方が住んでいました。地上階の物件はオフィスとして使われ、その上の庭付き住居と合わせて2物件が売りに出ていると聞き、両方買うことを決めました」とマリアンヌさん。

 

 ガーデンは3層構造で、段々畑のような造り。「庭の広さは85㎡。入居時は雑草しか生えていなかったのです。土を耕して栄養を与え、季節の花々を植えました。景観に統一感を出すため、青系・白系・ピンク系を基調に育てる花を選んでいます」

 「地上階の物件は約80㎡あり、花材や道具を収めるアトリエとして使っています。2階の住居部分は50㎡。玄関の左にリビング兼ダイニング、右に寝室があります」とマリアンヌさん。アトリエのある地上階は通り沿いに面し、2階の寝室も同じく通り側。実はこの建物、モンマルトルの丘の斜面に建っており、そのためリビングの向こうには、斜面を生かした緑豊かな庭が存在するのだ。

 「ガーデニングはフラワーアレンジメントの仕事とはまったく異なるため、友人の園芸家に教わりながら、少しずつ学んでいます。日々雑草を取り、手入れを重ねるのは、終わりのない仕事ですね(笑)。2月末からは外のテーブルでお茶を楽しんだり、食事をしたりして、庭のある暮らしを満喫しています」

 リビング兼ダイニング。壁に現代アートやルネ・グリュオーのイラスト、息子が描いた絵画を飾る。ダイニングテーブルは1960年代のイギリスのもの。椅子は1970年ごろの「パントン・チェア」、イームズの「シェル・チェア」、フィリップ・スタルクがデザインしたカルテルの「エロエス」など。
 テーブル上のランプはマリアンヌさんがデザインした「カルデリート」。カルダーの作品から着想したという。「大学でオブジェのデザインを学び、その頃から制作を続けています」

 アパルトマンは細長い造りで、通りに面した寝室の窓と、庭に面した掃き出し窓の両方から光が入る点が気に入ったという。「以前は3部屋あったそうですが、前の住人が壁を取り払って2部屋にしたそうです。入居をする前に床を貼り替え、キッチンも改装しました。工事にかかったのは約3週間です」

 ここに入居する前は、近隣の賃貸物件で家族と暮らしていた。「100㎡の広さがあるオスマニアン建築の瀟洒なアパルトマンに、2人の子どもと、その父親であるパートナーと住んでいました。彼とは別れてしまいまして、子どもが成長して独立したことをきっかけに、転居を考えたのです。引っ越す際、たくさんあった家具の多くは子どもたちに譲り、新居には本当に気に入ったものだけを運び入れました」

 リビング。右手には、ウォーレン・プラットナーが1966年にデザインしたノールの「プラットナー・イージー・チェア」。テーブルランプはイタリアのガエ・アウレンティによる「ピピストレッロ・テーブルランプ」。ソファとカーペットは、フランスのデザイナー、ノエ・デュショフール・ローランスによるもの。中央はデンマークのアンド・トラディションの「JH6テーブル」で、ハイメ・アヨンが手がけた。
 左の黒い花器とその下の黒いオブジェは、マリアンヌさんの作品。壁のアートは、オプアートの父と呼ばれるヴィクトル・ヴァザルリの1980年代の作品。手前には、彫刻家フランソワ・ポンポンの「シロクマ」のレプリカが置かれている。
 リビングの棚はイケアで、扉付きとボックスタイプのものを買って並べた。棚の中段には、マリアンヌさんが手がけたドロップ型の白と黒のオブジェを飾っている。左のサイドテーブルもマリアンヌさんのデザイン。ペンダントランプは、1970年代にベルギーのマッシヴ社で製造された「UFOランプ」。

 インテリアの主役は所有する絵画やアートのコレクション。「家族から受け継いだもの、友人の作品など、想い出が詰まった絵やアートを飾れる空間にしたいと考えました。家具のテーマはシックスティーズ。少しずつ集めた名作家具を並べています」

 中央にカウンター式のキッチンがあり、その奥に寝室がある。開口部の窓を開けたスペースは物置。「最初に設置したキッチンの場所が気に入らず、再度工事をしてこの場所に落ち着きました」
 キッチン。家族から受け継いだアートや、特急TGVのためにデザインされた「TGVランプ」を飾る。加熱調理が必要なときは、下の棚に収納してあるクッキングヒーターを取り出して使用する。「料理はあまり得意ではないので、設備は最小限にしています。花を扱う仕事柄、一日中ナイフを手にしているため、自宅で野菜の皮を剥いたり切ったりするのは避けたいのです」

 ブルゴーニュ地方のディジョンで生まれたマリアンヌさん。子どもの頃から絵を描くのが好きで、アーティストを目指してパリに上京。アール・デコと呼ばれるパリ国立高等装飾美術学校でオブジェのデザインを学び、最終学年でフローリストに転向した。

 「アートの仕事で生活を立てるのは難しいと考えました。また、田舎育ちということもあり、花が恋しかったのです。学校ではデザインを考えるのに頭を使いましたが、花の仕事は体を使う。違うタイプの仕事に興味を惹かれました」

 モンマルトルのフローリストで1年、当時のトップフローリストであるクリスチャン・トルチュのもとで3年経験を積み、独立をした。

 「映画やテレビのセットのスタイリストも経験し、2012年から花のデコレーターとして、本格的に仕事を始めました。現在のクライアントはラグジュアリーブランドが多く、ショーやイベントの装花を手がけています」

寝室はグリーンと青。「全ての色が好き。インテリアもガーデニングも、色のミックスを楽しんでいます」
友人の作品や浮世絵、以前飼っていた犬の肖像画などを寝室にディスプレイ。
 寝室のテーブルにフィリップ・スタルクのスクイーザーや、家族から受け継いだティーポットを並べる。壁のセラミックのオブジェは、パリの専門校でハイジュエリーや宝飾芸術を学ぶ、娘の作品。

 1年で約120本ものプロジェクトに携わるマリアンヌさんは、仕事が大好きだ。夏の3週間のバカンス以外はノンストップで働く。「毎回テーマが変わるので、常に新鮮な気持ちで仕事に向き合えるのがいいですね。モルディブで結婚式の装花を手がけたときは、空港まで小型の専用機が迎えに来て、まるでジェームス・ボンド気分でした(笑)」

 仕事はマルシェで花を選ぶところから始まり、プレゼンテーション用のムードボード作りや経理作業まで、自身で行う。多忙なマリアンヌさんだが、現在は母校アール・デコで色彩とデッサンのクラスを受け持ち、教師としての役割にも生きがいを感じているという。

リビングとキッチンの間にある大きな梁は、白と青でペイント。「存在感のある梁は、あえて強めの印象にした方が良いと思い、自分で塗りました。8センチ幅のストライプは、パレ・ロワイヤルにあるダニエル・ブリュームのストライプの円柱作品と同じ幅です」

 アーティストになりたい、という夢は、フローラル・アーティストという形で叶ったとマリアンヌさんは語る。

 「仕事に関する夢は、望んで努力すれば叶えられると思います。続けることが大変であり、大切だと感じます」

 好きなことを追求し、全力で取り組むマリアンヌさん。アートに囲まれ、丹精込めて育てた庭で過ごすプライベートな時間が、心を癒すひとときとなっているようだ。

 ソファでくつろぐ モカ(♀)は1歳6ヶ月。「保護施設で出会い、里親になりました」(マリアンヌさん)

撮影/篠あゆみ(Ayumi SHINO)

(文)木戸 美由紀/Miyuki Kido 文筆家

女性誌編集職を経て、2002年からパリに在住。フランスを拠点に日本のメディアへの寄稿、撮影コーディネイターとして活動中。株式会社みゆき堂代表。マガジンハウスの月刊誌「アンド プレミアム」に「木戸美由紀のパリところどころ案内」を連載中。インスタグラム@kidoppifr

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