私が住んでいるのは、全入居者がどの部屋に住んでいるかを把握できるほどの小規模なヴィンテージマンションです。築年数約50年の昭和な雰囲気漂うエントランスには、小窓とカウンター付きの管理人室があって、そこには陽気で元気な管理人さんが常駐しています。
その管理人さんはとてもお話上手。ロマンスグレーのリーゼントが立派な修理屋さんと小窓越しに話し込んでいたり、とある日は子犬を抱えた上品な女性と世間話に花を咲かせていたりといつもにぎやか。私もエントランスを通るたびに小窓を覗き込んでは、管理人さんに挨拶をするのが礼儀というか習慣になっていて、たわいも無い会話を楽しむ居住者のひとりです。また管理人室がある1階にはとある国の大使館が入っていて、出入りの激しい大使館関係者との「Good Morning. How are you?」という軽快な挨拶も習慣です。
この少戸数のマンションでは、ときどき小劇場のようにドラマティックな出来事が起こります。大使館が入って間もない頃でした。大使館でちょっとした事件が起きたようで、次第に強面な警察官がワラワラと集まってきたり、つい最近だと昭和47年製の、それも走行していたのが不思議なくらいのポンコツ車がマンション前で白煙を吹いてエンストしてしまい、消防車両の赤バイが2台、消防車が2台、パトカーが2台駆けつける騒ぎがありました。そしてどんなハプニングが起ころうが、陽気に元気に対応するのが先述の管理人さんです。きっとどんな警察の聞き込みにも協力的で情報通。加えて話好きで綺麗好き。だから私はこの管理人さんが、彼女が大好きなんです。
入居して8年ほどしたある日。旅行のお土産を管理人室へ届けに行った際、管理人さんからとても可愛い話を聞きました。「あのね、私、ウェブさんの家族が大好きなの」と話し始めた管理人さん。え?突然どうしたんですか、と照れる私に、管理人さんはその理由を嬉しそうに教えてくれました。それは私たちが入居した翌朝のこと。ランドセルを背負った登校途中の次女が精一杯の背伸びをして、管理人室の小窓越しにおはようございますと挨拶をしたそうです。そしてそれだけでなく、小さく折り畳んだ折り紙を管理人さんに手渡したとのこと。その折り紙を開くと、そこにはすべてひらがなでこう書かれていたのだそう。
「べにです きょうからよろしくおねがいします」
8年越しに判明した次女の可愛い処世術。その手紙によって管理人さんの心は鷲掴みされたとのこと。大切で貴重なご近所付き合い。やはり初手は肝心ということですね(笑)
毎年11月半ばになると、エントランスにはクラシックなクリスマスツリーが飾られ、賑やかさは倍々に。そしてクリスマスの翌日には大掛かりな門松の設置作業が行われます。その門松が年々大きく、そして立派になっていくものだから、今年は一体どんな豪華な門松になるのだろうとすでに楽しみです。2024年も残りわずかですが、陽気に元気にお過ごしください。
ではでは、良いお年を!
クリス‐ウェブ佳⼦(モデル・コラムニスト)
1979 年10 ⽉、島根⽣まれ、⼤阪育ち。4 年半にわたるニューヨーク⽣活や国際結婚により、インターナショナルな交友関係を持つ。バイヤー、PR など幅広い職業経験で培われた独⾃のセンスが話題となり、2011 年より雑誌「VERY」専属モデルに。ストレートな物⾔いと広い⾒識で、トークショーやイベント、空間、商品プロデュースの分野でも才覚を発揮する。2017 年にはエッセイ集「考える⼥」(光⽂社刊)、2018 年にはトラベル本「TRIP with KIDS―こありっぷ―」(講談社刊)を発⾏。