白を基調とした石造りの建物が並ぶパリの街には古い建築が多数残り、景観を維持するために高さの規制や外壁の色、高さの規制などが細かく定められているという。そのため統一感のある、魅力的な景観を生み出している。

 歴史あるアパルトマンの扉を開けると、中には想像もしない世界が広がっている。石畳の中庭、タイルの美しい玄関ホール、螺旋階段、窓のステンドグラス……。中に住む方々はどんな暮らしをしているのだろう。

 フランスの住まいやデザインを紹介する連載第一回目に登場するのは、1世紀以上前に建てられたアパルトマンに暮らす、山根恵理子さん。30年以上パリに住む彼女へ、インテリアのこだわりを聞いた。

山根恵理子/パリの輸入食品会社の会社員。富山県出身。大学で日本文学を専攻し、卒業後に映画の字幕制作の仕事を経て1988年に渡仏。ソルボンヌ文化文明講座、パリカトリック大学附属フランス語コースを経てパリ第三大学で言語学を学ぶ。モンマルトルに猫と暮らす。

 モンマルトルの丘の南側に暮らす山根恵理子さん。彼女の住まいは1900年初頭に建築されたアパルトマンの最上階にあり、広さは68㎡。間取りはリビング、ダイニング、キッチン、2つの寝室とバスルームだ。

 「夫が’80年頃に購入した物件。その当時は人が住んでいなかったそうで、入居時にリノベーションをしたそうです。ガスランプの配管があったそうですよ」と山根さん。

リビング。「食器棚は夫が仕事のお駄賃としてもらったそうです。鏡は改装中のアパートで捨てられようとしていたのを頂戴してきたそうです」。2脚あるフリッツ・ハンセンのセブンチェアのうち、1脚は捨ててあったもの。カリモクの椅子はパリでお世話になった方から頂いた。カーペットはヴァンヴの蚤の市で購入。

 インテリアのテーマは「安心してくつろげる、居心地のいい家」。家具はブロカントで見つけたもの、夫や娘が持っていたもの、友人からもらったもの、拾ったものなど実にさまざま。「結婚した当時はがらんとしていました。7年前の台所改装時に家全体のペンキも塗り替え。その時に『ものがない家はスッキリしていいな』とも思いました」

 気に入っている点は「1日中明るいところ。L字型の間取りで廊下がないので家全体に風が入ります。最上階にあるので眺めもよく、空の広がりを感じられ気持ちよく過ごせます」

 テラスにはたくさんのグリーン。柚子、茗荷、ふじ、ジャスミン、空き地に咲いていたパッションフラワーの実を拾って植えてみたところ無事に根付きました。「ガーデニングは得意ではないですが、植えた以上は生き物なのでと世話をしています。洋裁、編み物、読書は人生の友。休日は美術館に行くことも。時間と家計に余裕があれば仕事帰りに走ってオペラ座へバレエを観に行きます」

グリーンの世話をする恵理子さん。「今年の夏は寒かったので、茗荷が不作で残念」

 リビングではソファに横になって、趣味の読書に勤しむ。「家具の配置換えが好きで、本棚とソファの位置を変えました。キリムは6区のジャコブ通りにあるインドのアンティークショップの店じまい店内で使われていたものを譲ってもらいました」

リビング。窓際の和箪笥は夫がパリのデパートで開催された日本展で購入。ローテーブルは道端から回収。パリのデパートで購入。ローテーブルは道端に捨てられていたもの。
額装した帛紗は義理の母の婚礼の際、結納品の上にかけていたもの。
夫がアルジェリアの砂漠で見つけた化石や石器を暖炉の上にディスプレイ。

「リビングとの間の開口部は夫が最初の改装で開けたもの。2回目の改装でここにガラスの引き戸を入れたいなと思ったのですが予算が取れず断念。友人を招いた時などは、キッチンに立ちつつ皆と話しながら準備できるので気に入っています。壁の古いタイルを剥がしたところ下からレンガが出てきたので、そのままにしました」

 ダイニングルームルームの壁上部に取り付けた食器棚はもともと台所にあったものを移動。「工事をしてくれたお兄さんのアイディアです。来客時お皿を取り替える時など取り出しやすくて便利」

 入居時からキッチンにあったクラシックな食器棚をダイニングルームに設置。「以前は茶色でしたが、壁の色に合わせて白くペイントしました」
7年前にリフォームをしたキッチン。家具はイケアで揃えた。
キッチンとリビングとの間仕切り壁に窓を設置。
ブロカントで見つけた小麦粉用の容器を飾る。
ヴィンテージのコーヒーミル。左の手動タイプは現役で活躍中。

 恵理子さんの渡仏は’88年、27歳の時。映画の字幕制作の仕事を経て、27歳で渡仏をし、当初は2年の滞在の予定で語学学校に入ったが、90年に夫となる人と知り合った。

「アルバイトを探していたところ、NHKの字幕制作の仕事の募集を見つけたのです。その面接官が彼でした。お互いの実家が近いことから話が弾み、交際がスタート。結婚してからずっとこの家に住んでいます」

 12歳年上の夫(故人)はアルジェリアで石油・ガスのプラント建設に関わっていた際にパリにアパートを購入。パリとサハラ砂漠を行き来する生活だったそう。恵理子さんと知り合った時はパリで転職をした頃。結婚後はパリを拠点にしつつ再度アルジェリア関連の仕事に戻る。

ベッドルーム。リネンはブロカントで。ストライプのリネンは大手スーパー、モノプリで見つけた。籐のベンチは、山根氏のフランス人前妻実家が所有していた田舎のセカンドハウスから持ってきたもの。

「子供は31歳の娘が1人。今は日本で働いています。出産したのは近所のマルティール通りにあるクリニック。フランソワーズ・アルディやジョニー・アリデイなどフランス人だったら誰でも知っている歌手も生まれたところ。今はもうそのクリニックはありませんが。昨今マルティール通りは美味しいレストランやカフェが集まる旬のスポットですが、昔は地味だけど美味しいケーキやお惣菜を売る店が並ぶ地元民の商店街だったのですよ」

 現在は輸入食品会社で働く恵理子さん。その前は15年間、洋服雑貨生地などの買付会社に勤務していたそう。「洋服はあまり買わなくなりました。服装はクラッシックなカジュアルが好みですが、自分が好きと感じるアイテムがパリではなかなか見つからないな、と思います。最近はインスタで見かけたイギリスのブランド『&Daughter』のニットが気になっていますが。基本の色はブルーマリン、白、カーキ、グレー、茶など。差し色に赤やピンク、黄色も好きです。仕事でもプライベートでもよく動き回るので、ボトムは基本的にパンツ。スカートやワンピースも好きですが着る機会は少なくなりました」

バスルーム。バスタブ上部に設置してあるシャワーは古いバスタブと一体しているオリジナルのもの。使いにくかったので旧式は飾りとして残し、左に新しいシャワーを設置。「天気の良い休日の昼間に本を読みながら2時間ぐらい入浴をすることも」。壁の板は夫が張ったもの。

今後の課題は、バスルームのリフォーム。「壁の山小屋風の板ばりの壁をどうにかしたいと考えています。こちらのアパルトマンは古いこともあり水漏れが多いのですが、これでは天井から水漏れをしてもわからないのが困りもの。できれば壁はタイル張りにしたいところですが、モンマルトルという坂道かつ穴ボコだらけの地盤に立つ建物ゆえ、壁や床にひび割れが生じる頻度が高いので、工事をするには細心の注意が必要です。古い猫脚バスタブのペイントもしたいと思ってはいます」

リタイア後にしたいことは、ボランティア。「猫が好きなので、猫シッターのボランティアもいいかな、と考えています」

「あとは、リバティ生地でハンドキルティングしたチャイナジャケット風の羽織ものを時々自分や娘のために作っているのですが、周りの人に作ってと頼まれることも多々あるので、リクエストにお答えすることもしたいと考えています」

 窓の向こうに広々とした空と、下町らしい建物の風景が広がるモンマルトルのアパルトマン。使い勝手が良い家具や雑貨が心地よく調和するこの場所は、彼女が家で過ごす時間を愛し、楽しみながら、進化させてきた住まいなのだ。

トラ(3歳・♂)はまだイタズラ。隙あらばテラスから脱走したいのが困りもの。
「アンジェリーナ」のケーキはマルティール通りにあるお菓子のセレクトショップ「フー・ド・パティスリー」で購入。

撮影/紀中祐介(Yusuke KINAKA)

(文)木戸 美由紀/文筆家
女性誌編集職を経て、2002年からパリに在住。フランスを拠点に日本のメディアへの寄稿、撮影コーディネイターとして活動中。株式会社みゆき堂代表。マガジンハウスの月刊誌「アンド プレミアム」に「木戸美由紀のパリところどころ案内」を連載中。インスタグラム@kidoppifr

Share

LINK

×