たった5年前のことなんだ…と感慨深いですが、ちょうど5年前の今頃。プレイルームとベッドルームの2部屋に分けていた子ども部屋を、娘たちの要望に従って、それぞれの部屋に振り分けました。そのためにIKEAで購入したおそろいのグレーのチェストと真っ白い勉強机は、色々な家のことが苦手な元夫が「佳子ちゃんならできるよ!」と応援する中、私一人で組み立てました。「絶対にこれは一人仕事じゃない。簡単な説明書なのにこの複雑さは何なの!?なんで手伝わないで笑ってるの!?」などど、ブーブー文句を垂れながら組み立てました。



当時、小学5年生だった次女と6年生だった長女。二人ともインテリアにはそれほどスタイルがなく、私が娘たちの希望をヒアリングして家具の配置や飾りつけをしました。初めての“自分だけの部屋”がよほど嬉しかったのか、勉強嫌いな次女が勉強机に座っている写真がたくさんあります。勉強はおろか宿題をするわけでもなく、お友達に渡す手紙をせっせと書いたり、シール帳を作成することに没頭していました。振り返ってみると、この頃から次女のスタイルが見て取れます。物を多く飾りたがらなく、実は色もそんなに使いたがらなかった次女。私の趣味に少し付き合ってくれていたんだなぁ、と感謝したり反省したり。



そして現在の次女の部屋がこちらです。次女の希望でロックダウン期間中、大幅にリニューアルしました。私の趣味は一切反映されていません。次女いわく韓国風インテリアと呼ぶそうで、まるでホテルのようにミニマルだけど温かみのあるスタイルが好みのようです。そして勉強も読書も嫌いなのに、なぜかベッドサイドテーブルには真理と倫理と哲学の本が置かれています。毎日メディテーションもしているそうで、夜9時には「おやすみ」と言って部屋にこもります。お肌に悪いからと、前ほど一緒に夜更かしはしてくれません。ちょっぴり寂しいです。



長女の部屋も同様、当時から彼女の趣味が見て取れます。「ママ、これも飾って、あれも飾って」と思い出をインテリアに取り込む長女。旅のお土産や自分で描いた絵、読みかけの本や何度も読みたい本など。脳内をビジュアル化するのが長女でした。



それは今も変わらずで、思い出や思考をインテリアに取り込むスタイルはより顕著になっています。ドライフラワーやポスター、自分の描いた絵や撮った写真で埋め尽くされた長女の部屋には、とても大好きなオブジェが1つあります。それは私が小学6年生の時に夏休みの課題で父と一緒に作った本棚…ではなく、その本棚に飾られている1足のグレーのパンプスです。


長女の高校受験のため、初めて一緒に志望校へ行った日の帰り道。乗降客のまばらな小さな駅で電車に乗り込んだ瞬間、なんと電車とホームの隙間に私はパンプスを1足落としてしまったのです。容赦なく閉まるドア。唖然とする私。混み合う車内で笑いをこらえるのに必死な長女。周囲の視線を気にする私に気がついた長女は、「ママ、それ脱いで」と言い、グレーのパンプスを学校鞄に仕舞い込み、代わりに上履きを手渡してくれました。上履きで渋谷駅に降り立った私と、その私を見て笑う長女。上履きでタクシーを拾う母と、笑い続ける娘。無事に家に帰り、片方だけのグレーのパンプスは私の記憶から消えていました。長女の部屋でそのパンプスを目にするまでは。なんでもないパンプスだけど、とんでもない思い出が詰まったパンプス。そういう小さな物語が長女の部屋にはたくさん詰まっています。



今春、たくさんの小さな思い出を大切にする長女が高校を卒業します。そして一人暮らしをしたいと言います。東京のど真ん中に住んでいるのだから、別に一緒に住めばいいじゃない。というか、一緒に住もうよ。寂しいじゃない。そんなふうに思ってしまう反面、私自身、19歳の夏から親元を離れニューヨークで暮らし始めたので、長女の一人暮らしには賛成です。ですが、私自身、すべての思い出やすべての物を持ってニューヨークへ渡ったわけではないので、長女がどの思い出と物を持って一人暮らしを始めるだろうかと考えてしまいます。あのグレーのパンプスは?なんて。


「今日はこっちで寝ていい?」、と私のベッドに娘たちが襲撃することはとっくの昔になくなったけれど。それがなくなったことすら寂しいのに、長女が家を出るなんてね。それがいつになるかは分からないけれど、でも心の準備を始めなきゃいけないのがこの春なんだなって思ってます。


クリス‐ウェブ佳⼦(モデル・コラムニスト)

1979 年10 ⽉、島根⽣まれ、⼤阪育ち。4 年半にわたるニューヨーク⽣活や国際結婚により、インターナショナルな交友関係を持つ。バイヤー、PR など幅広い職業経験で培われた独⾃のセンスが話題となり、2011 年より雑誌「VERY」専属モデルに。ストレートな物⾔いと広い⾒識で、トークショーやイベント、空間、商品プロデュースの分野でも才覚を発揮する。2017 年にはエッセイ集「考える⼥」(光⽂社刊)、2018 年にはトラベル本「TRIP with KIDS―こありっぷ―」(講談社刊)を発⾏。

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