2月、3月に劇場公開する映画を4本紹介します。

雪解けの季節の前にみておきたい、鑑賞後に胸を打たれる心揺さぶる映画を4作品集めました。

アカデミー賞にノミネートされているあの話題作から、日本社会への問題提起をも含む社会派作品まで。チェックしてみてください。




『フェイブルマンズ』



ゴールデングローブで見事ダブル受賞(ドラマ部門作品賞&監督賞)を果たしたスティーヴン・スピルバーグの新たな作品は、20年以上前から、あたためてきたという渾身の企画。自身の出自を追いかけた、生きる映画界のレジェンド自身がみずから綴った伝記映画だ。

その内容はスピルバーグ監督の家族のとある秘密を描いたものだった。スピルバーグ監督が家庭不和ともいえる環境で育ったことを知る人は少なくないが、2017年に母親が、2020年に父親が他界したことで今作の撮影がスタートした。




映画監督になるまでの物語でもなければスピルバーグのこれまでの錚々たるフィルモグラフィを追いかける作品でもなく、天才監督の目覚めの瞬間を描く’’エピソード0’’ともいえる。どう育てられ、その後のスピルバーグ少年が心の痛みを抱えながら、どのように自分の居場所を見つけるのか、までを描いた非常にパーソナルな内容になっていて実に驚いた。


鋭い感性と芸術的感覚は音楽の道を進もうとした時期もあった母親から、新たなテクノロジーを洞察する知的な姿勢は父親から授かったものだと、スピルバーグ自身の丁寧な演出で伝えてくれる。


また、何よりもこの両親から譲り受けたもの、それは、心のままに生きること。気持ちの強さであると教えてくれる。


しかし、人生は難しい。


心が求めることに対して、情熱を注ぎ続ける真っ直ぐな信念のせいで少しずつ家族の間には溝が生まれ、家庭のあり方が変化していく。




しかしながら「心の赴くままに生きること」の基盤を両親から学んでいなければ、もしかしたらスピルバーグは映画の世界を諦めていたかもしれない。


暗闇に浮かぶ一筋の光を捉えた少年の表情は、映画から希望も絶望も同時に与えられた表情をしていた。人生の複雑さが描かれてる大人のドラマ、それでも人間への情が滲み出ている優しい余韻に涙が出る。

スティーヴン・スピルバーグ。監督歴50年。現在76歳。

自身の人生を振り返るという原点に戻るとも言える作品を送り出した彼は次に、何を世の中に残してくれるのだろうか。

今後もスピルバーグの映画でスクリーンでの様々な旅に出る私たちにとって、この作品に触れることは意味のある時間といえるだろう。


2023 年 3 月 3 日(金)全国公開

© Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

配給: 東宝東和


『ロスト・ケア』



このタイトルの意味を知った時に、殺人犯を純粋に悪だと言いきれるのだろうか?

私自身、いまだにまだ答えがみつけられずにいる。


法と社会制度の限界を痛烈に感じる二時間の骨太な社会派サスペンス。

「凍てつく太陽」などで知られる作家・葉真中顕が、老人介護問題をテーマに、現代日本への問題提起をした日本ミステリー文学大賞新人賞受賞小説を映画化。

松山ケンイチ演じる連続殺人犯とその事件を担当する長澤まさみ演じる検事が対峙し、なぜ介護士をつとめていた彼が殺人を犯したのかの謎に迫っていく。

鑑賞から数日間経っても、未だに心の整理が出来ていないのが現状で、むしろ、時間が経つほどに深くえぐられたように考えてしまう。




時間の経過とともにひとつの映画の域を越え”自分と家族の物語”であると思えて、仕方がないから。介護について真っ向から向き合った経験のある人、またいずれは考えなければならないと分かっていながらも目を背けている人、いずれ誰もが直面することとなる超高齢化社会を前に、私たちに問いを突きつける。


介護を受ける者にとって、また家族の介護をする者にとって、幸せとは一体何なのだろうかと。

でも、単に不安をかき立てるような作品ではなく日本の社会福祉制度の現状の問題点をストーリーの中できちんと捉えられるし、キリスト教や死刑制度といった要素が物語をある種のエンターテイメントとしても見応えのあるものにしてくれており、重くなりすぎずに現実と向き合う時間をくれる。




そして今回、事件の検事を演じた長澤まさみはキャリア史上ベストアクトとも言えるのではないだろうか。正しさとは何かを追い求め、苦悩しながらもすべてから目を逸らさずに生きる。

問いに対する解像度をあげようと苦しみながらも逞しく変容していく演技にも魅了される。



3月24日(金) 全国ロードショー

©2023「ロストケア」製作委員会

配給:⽇活 東京テアトル




『バビロン』



大掛かりな映画撮影の風景、業界の人々が集まり開催される豪華絢爛なパーティー、狂乱のハリウッド黄金時代にタイムスリップ。激情の3時間に感情はまるでジェットコースターに乗せられたかのような体感値!

「セッション」「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル監督が、ブラッド・ピット、マーゴット・ロビーら豪華キャストを迎え、サイレント映画が主流だった1920年代のハリウッド草創期を舞台に映画業界で夢をかなえようとする人々の運命を描く。


数えきれない人たちが集まって、夢と情熱を丸呑みしてしまうハリウッド。

1927年。これは映画人にとって、大きな意味を持つ年である。それは、無声映画だった時代が終わりに向かい、ついにトーキー映画が誕生する年だからである。バビロンはこれを描く。


デイミアン・チャゼル監督は「ラ・ラ・ランド」の時から映画「雨に唄えば」をオマージュしていたが、まさしく「雨に唄えば」の時代がこの作品だ。

そして、音と映像が同期した映画の誕生することによって仕事を失う人々もあらわれる。

映画の歴史の彼方にいってしまった人たち、今は使用されなくなってしまった技術の中にいた人たちが、いかに存在して映画の進化とともに衰退の道を進んでいったか。




しかし今を生きる映画人は、彼らが命を燃やしながらつくってきた映画を今も語り継ぎ、作品を愛することで時代に呑み込まれていった人たちを決して不在にしないような演出が胸に染みる、映画愛に満ち満ちた作品となっていた。

バビロン。メソポタミア地方の古代都市の名であり、かつて栄えていた都市の名をそう呼ぶ。

栄枯盛衰の映画の世界の物語だが、これがどこの人間社会にも起こっており、誰もが自分のいる環境と照らし合わせながら考えることのできる普遍的な作品になっているからこそ万人に届く映画ではないだろうか。




元サイレント映画の大スターながらもトーキー映画の誕生により徐々に仕事を失っていくという、年齢を重ね味が出たブラッド・ピットの演技が哀愁に満ちて素晴らしいのはもちろんのこと、やはり注目して欲しいのはDC(ディーシーコミックス)のハーレイ・クイン役として広く知られるマーゴット・ロビーの存在感。彼女といえば、作品ごとにキャリア史上最高の演技を更新し続けている今ハリウッドで最も売れっ子の一人ですが、今回の美しさは映画史に残るほど。

彼女が真っ赤なドレスでセクシーに踊り狂い、20年代という時代に自由を謳歌している姿!

欲望うずまく映画の世界で生き抜こうとする情熱、才能、美しさ、したたかさ。

すべてを体現し吸引力が迸るギラギラした名シーンは、ぜひスクリーンで堪能していただきたい。



2月10日(金) 『ラ・ラ・ランド』監督が贈る“最高のショー”が始まる!

(C) 2023 Paramount Pictures. All Rights Reserved.



『ウィニー』



光の如く過ぎていく時代の中で、埋もれてしまった場所をもう一度照らすことができることも、また映画の役割の一つであると、この作品は教えてくれる。

ファイル共有ソフト・Winnyのソフトの開発者であり著作権法違反幇助の容疑で逮捕された金子勇氏がなぜ日本の警察に潰されてしまったのか、逮捕・裁判の経緯を追いかける本作は、時代の先駆者だった金子勇氏を東出昌大、サイバー犯罪に詳しい弁護士・壇俊光を三浦貴大、2人がダブル主演を果たしたビジネス映画だ。


金子氏について簡単に説明すると、31歳でブロックチェーンの先駆けであるP2P技術を実現し、34歳で京都府警に逮捕され、無罪を勝ち取るまでに7年の時間をかけ、その後、心臓の病で亡くなった。インターネットの未来を、世界の中でも早いスピードで先読みしていたとも言える天才だった。もし彼が生きていたら、今とは異なる経済成長を日本は達成していたかもしれない。

見どころは金子氏の裁判に実際に参加していた前出の壇氏による徹底した助言で作られた法廷シーン。当時、インターネットについて説明することすら難しかった時代にどのようにして裁判を進めていったか、これもまた見所の1つである。




実際の社会的な事件をエンタメに昇華して伝える映画も数ありますが、この映画は事実を歪曲せずに、誠実に伝えることで、私たちに対してそれぞれの答えを見出させるための真実に近い形で描き切った、制作者の覚悟に触れる作品だ。

だからこそ、静かな作品だけれどエネルギッシュで新たなものを世に送り出そうとする人への大きなエールともなっている。


また才能や手腕により頭角をあらわす人に対してよく使われる「出る杭は打たれる」という日本の諺、その用例は江戸時代前期から使用されていると言う説もあるが、社会の異分子といえる存在を排除しようとする日本の古くから存在する価値観について考えさせる構成ともなっていて大変に意義深い。




2023年。まもなくこの事件から20年の歳月が経とうとしている。金子氏は今の日本を見て何を思うのだろうか。この映画で過去を振り返ることで、今を見つめ直さないとならない。


3月10日(金) TOHOシネマズほか全国公開

(C)2023映画「Winny」製作委員会






映画ソムリエ東紗友美(ひがし・さゆみ)

1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。

HP:http://higashisayumi.net/
Instagram:@higashisayumi
Blog:http://ameblo.jp/higashi-sayumi/

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