カフェには無数の出逢いがある

様々な人が訪れる偶発性に愛された空間、カフェ。

訪れる客は、職業の異なるもの、若者と高齢者、別の思想を持つものと、もとより千差万別。

友人とのおしゃべりや自分との対峙時間、また仕事や読書などサードプレイスとしての利用以外にも「多様な人がいる現実」を生身で感じられるのもカフェの魅力にほかならない。
 

リアルな人間たちの姿をのぞいたり、自分も街の景色の一部となったり、これまでそんなカフェという場でいくつのインスピレーションが生まれてきたのだろう…と思うとワクワクが止まらなくなる。

時によぎる「誰かに見られているかもしれない」そんな心地よい緊張感が女性を美しくみせることもあるかもしれない。それぞれの人生が交差する、そんなカフェの魅力は奥深い。 

 

そして”カフェ文化”と聞くと、まっさきにパリが思い浮かぶ。

朝の焼き立てのクロワッサン、昼のゆったりとしたランチ、夜の香しいワイン、そして夜更けのカクテル。

 パリのカフェの多くは早朝から夜遅くまで営業し、人間たちのいくつものドラマの誕生に寄り添ってきた時代の息吹を感じる空間でもある。

パリの人々とカフェ。それは切っても切り離せない。生活の、人生の、一部なのだ。 

 

1884年にパリ、サン=ジェルマン=デ=プレ広場に誕生したカフェ「ドゥマゴ」。

ピカソやサルトル、ヘミングウェイなど数多くの作家やアーティストが集い、幾多の文学や芸術が育まれた老舗カフェで「プロコープ」や「カフェ・ド・フロール」などと並ぶパリで最も有名なカフェの一つだ。

その伝統を受け継ぎ1989年Bunkamura内にオープンした「ドゥ マゴ パリ」もまた、人と文化が交流する交差点として、パリの文化を東京に伝える存在としてオープン以来愛され続けている。パリ以外には日本にしか支店はない。  

 

今回は東京でパリの風を感じられるカフェ「ドゥ マゴ パリ」を訪れ、「ドゥマゴ」も登場する愛すべき映画『最強のふたり』について語りたい。  

   

  

 

東京から1番近い、サン=ジェルマン=デ=プレ

駅前のスクランブル交差点をわたり、渋谷の雑踏を抜けると、Bunkamuraに到着する。

急に訪れる静けさに、感覚が研ぎ澄まされる気がした。

季節の花に囲まれた解放感あふれるテラスをくぐりぬけ、パリのエスプリと芸術の香り漂う「ドゥ マゴ パリ」の扉を静かに開く。

19世紀のパリを思わせる店内へ、そこにはゆっくりと落ち着いた時間が流れていた。 

 

 

 

クラシカルなムードの店内、パリのカフェのシンボルともいえるテラス席、どちらも同じくらいに人気とのこと。天候や気分に合わせて選べるのが嬉しい。 

 

個人的におすすめしたいのは、一見気後れするほど格式が高く感じられる店内。クラシックな空間ながらも、ひとり食事を楽しむ女性も実際のところ多いのだとか。文化人たちの息吹が、時代を越えて、届いたのでは?と妄想するだけで愉しい。いつもより特別な自分になれたような、ちょっとした魔法をかけてくれる。  

 

近年ではパリのカフェテラスをユネスコ無形文化遺産に登録しようというキャンペーンも推進されている。まだまだパリに行くのが難しい昨今、ここでパリの風を感じてほしい。 

 

渋谷Bunkamuraのル・シネマで映画を観る前の腹ごしらえにも、アート展を堪能したあとにも、オーチャードホールでのコンサートのタイミングでも、もちろん純粋にカフェ目当てで訪れたって良い。

いつでもスタッフの笑顔が私達を家族のように迎え入れてくれる。  

  

開業当時から人気のタルト・タタン、運命の本と出会うBunkamuraドゥマゴ文学賞

店内のウェイティング・スペースのすぐとなりに位置する書棚をスルーするには、あまりにももったいない。

ときは遡り1933年、ゴンクール賞がアンドレ・マルローの『人間の条件』に授与された日、パリの「ドゥマゴ」に集う常連客だった作家、画家、ジャーナリスト13人が、自分たちの手で独創的な若い作家に文学賞を贈ろうと創設したのが「ドゥマゴ文学賞」。

そのユニークな精神を受け継ぎ、Bunkamura創立1周年の1990年9月3日に創設されたのが「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」だ。ドゥマゴ文学賞の日本版といっても差し支えないだろう。 

 

 

受賞作は、毎年かわる「ひとりの選考委員」によって選ばれるという他の文学賞ではなかなかみない特徴を持つ。選考委員が何名もいるわけでなくひとりの才人に熱烈に推される作品、興味深い。選考委員が誰なのか、どんな本が選ばれるのか、2つの楽しみがある。

過去の受賞者をみてみると、平野啓一郎さん、朝吹真理子さん、金原ひとみさん、武田砂鉄さんとそうそうたる顔ぶれを見出しているから面白い。 


そのBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した書籍が並び、スタッフに確認をすれば席で読むことも可能とのこと。

スペシャルな空間ではじめましての本と出逢えるかもしれない。書店が減り、ネットや電子書籍で本を購入する機会が増えた今、一目惚れ的体感で本と出会える貴重な機会だ。

ここで文化が生まれ、来る人にとっても知的好奇心をそそられる空間であることを再認識する。 

 

店ではパリの古き良き伝統と、日本で育まれ進化したフレンチを融合させたメニューを味わえる。特に開業当時から圧倒的な人気を誇るタルト・タタンは最高だ。

休日は早い時間に売り切れてしまうほど人気で、1つのホールになんとりんごを20個使用している。りんごは優しい甘さで煮詰められ飴色にきらめいていて美しい。そしてそんな贅沢なパイの横には、生クリームとサワークリームがホイップされたクリームが添えられている。

クリームに酸味が効いているのでシャンパンにもぴったりの味。 

 

普段は珈琲や紅茶と。ちょっとしたご褒美にも特別な日のデザートにも、おすすめしたい。
 

映画「最強のふたり」では運命の夜に登場。邂逅の場としてのカフェ

「ドゥマゴ」は、文化人たちが集まる場所というだけではなく、このカフェ自体が多くのカルチャーに登場してきた。

例えばエリック・ロメール監督の「獅子座」(1959年)で言及されている。また洗練されたサン=ジェルマン=デ=プレの町並みのひとつとしては数え切れないほどのアートに登場してきた。 

 

フランス人の3人にひとりが鑑賞し、歴代観客動員数で3位を記録した国民的ヒューマン・コメディであり、日本でも大ヒットし「海外で観られたフランス映画ナンバーワン」として知られる『最強のふたり』(2011)。

名前を聞いたことのある人も少なくないであろう。普段フランス映画を鑑賞しない人にもおすすめできる圧倒的爽やかさに包まれる”フィール・グッド・ムービー”だ。

パラグライダーの事故で首から下が不自由な大富豪と、前科持ちで介護経験ナシの黒人青年。共通点ゼロだったふたりが衝突しつつも友情を育んでいく様子を描いた、実話に基づく心あたたまるストーリ−。 

 

全身麻痺の富豪フィリップをフランスが誇る演技派俳優フランソワ・クリュゼが、正反対の環境で育ったスラム出身の無職の青年ドリスをコメディアン出身のオマール・シーが演じている。 

 

決して障害を持った人に対する社会的な問題に答えを出そうとする説教臭い映画ではなく、文化が違う2人が出会い、友情を育みながら、それぞれが自分を解き放っていく。どんな苦しみと向き合うことになったとしても”今が最高”と言えるための秘訣や、人間関係を築くヒントに溢れた本作。映画ソムリエのわたしにとってもオールタイム・ベストの1本だ。 

    

この映画にも、重要なシーンで「ドゥマゴ」は登場し物語の”分岐点”となっている。 

 

深夜、事故の後遺症からくる痛みで呻くフィリップに気付いたドリスは夜更けのパリにフィリップを連れ出し、「ドゥマゴ」に2人は入る。そこではじめてお互いのこれまでの人生のことを語り始める。正反対の環境で生きてきた2人が打ち解ける名シーンだ。 

 

半生スイーツを食べたことのなかったドリスは、「生焼けだったぞ」とドリスらしい一言をギャルソン(店のスタッフ)に伝え、注文をしたのがタルト・タタン。

パリに愛されたスイーツ、先述したタルトの登場だ。 

 

 

そして当初、介護者として研修期間だったドリスに対し、正式採用をフィリップが告げるのもまたこの店である。 

 

いつの間にか夜が朝に変わるとともに、2人の表情も明るくなっていく。

パリの朝焼けに照らされる2人の笑顔が柔らかに眩しい、そんなワンシーンだ。

カフェでは、ドラマがいくつも生まれている。

『最強のふたり』をみるたび、心が軽くなる。

私達の暮らす世の中は、今もカテゴライズされ、ラベリングされた視点、あらゆる偏見が結局のところ、渦巻いているのは変わらない。思えばずっと息苦しかったのかもしれない。

人種も、所得も、障害者か健常者かも、知識人であるかそうでないかも、そしてヴィヴァルディかアース・ウィンド・アンド・ファイアーかも。この映画は、どこからどこまでも違いにあふれている。 

 

 

そんな2人がどうやって、真の友人となっていくのか。 

 

答えは、本当にシンプルだった。

相手の立場で「こういう人だ」と決めつけるような表面上の理解ではなく、お互いをただただ尊重する。 相手を探るのではなく、まずは自分がありのままでいる。

まっすぐに感情表現をすること。相手に触れること。どんな時もユーモアを忘れないこと。

遠慮と配慮の日本人である我々が、忘れがちなエッセンスがつまったこの映画は何度観たって最強のメッセージをくれる。 

 

フィリップとドリス。2人の心が1つに溶け合う。コーヒーにミルクが混じり合いブレンドされていく瞬間のような、なんとも言えない邂逅の瞬間。 

 

そんなロケ地として選ばれたドゥマゴ、 私はもっと知りたいあの人を誘っても良いかもしれない。ちょっと特別な空間で、私も、自分の中のスイッチがいれかわるのを楽しみたい。 

 

 

 

SHOP INFORMATION 

 

LES DEUX MAGOTS PARIS

東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura B1F/1F

OPEN:〈月~土〉11:30-22:00(L.O.21:30〈日・祝〉11:30-21:00(L.O.20:30) 

TEL:03-3477-9124 
※営業時間は変更になる場合がありますので最新情報はHPにてご確認ください。

ホームページ:https://www.bunkamura.co.jp/magots/ 

 


 

Bunkamura LE CINÉMA

Bunkamura6Fにあるミニシアター「ル・シネマ」では、現在『オートクチュール』(3月25日公開)上映中。パリを舞台にした映画の上映も多い。

東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura 6F

ホームページ:https://www.bunkamura.co.jp/cinema/ 

 

 

作品情報  

 


『最強のふたり』

ブルーレイ:¥2,200(税込)
DVD:¥1,257(税込)

発売・販売元:ギャガ

(C)2011 SPLENDIDO/GAUMONT/TF1 FILMS PRODUCTION/TEN FILMS/CHAOCORP

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