永遠の謎につつまれる、芸術家フェルメールの世界
うるんだ瞳、艶やかな唇、柔らく発光するパール。
トライアングルにかがやく光を放つ、永遠の少女に私たちは魅せられてきた。
憂いと情熱を帯びた表情でこちらを見つめる、この少女の存在はいまも謎に包まれている。
オランダで最も美しい絵画と呼ばれる《真珠の耳飾りの少女》は、オランダ絵画の黄金時代の画家ヨハネス・フェルメールが1665年頃に描いたと推定されている1枚の肖像画である。
鮮やかだけれど深みのあるブルーで描かれたターバンは「幻の青」と呼ばれる、海を越えてきたという意味を含めた”ウルトラマリン”という色で着色され、フェルメールの生活していた1600年代半ばのオランダでは純金よりも価値があると呼ばれ、当時アフガニスタンからの輸入のみでしか入手できなかった宝石ラピスラズリの鉱石を砕き、この特別な色が生み出された。
のちにフェルメールブルーと呼ばれる高価で希少な色をふんだんにフェルメールが使用して、描いたこの彼女は一体何者だったのだろうか?この永遠に解けないこの謎もまた、この絵画に魅力のエッセンスを加えている。
”光”を味わうアフタヌーンティー
mesm東京では現在フェルメールの絵画の世界観に浸かり、彼の暮らした17世紀のオランダを旅するような気分になれるアフタヌーンティー『パール(Pearl)』を10月31日までの期間平日15食限定でバー&ラウンジ「ウィスク」にて提供されている。
アートとコラボレーションしたアフタヌーンティーはこれまでにダリ、ダヴィンチ、マネ、モネといった名だたる画家の名画をスイーツとセイボリーで表現し、その時間はまるでアーティストたちのアトリエにお邪魔している気分になるような、精神的豊かさを生んでくれる。
今回の『パール(Pearl)』では画家フェルメールの生涯や当時の人々の暮らしを堪能できる、セットメニューを楽しめる。
17世紀のオランダを旅しているような感覚になる8種のスイーツ&セイボリー。
そのどれにもフェルメールの生きた時代とオランダの風、彼の描いた絵にまつわるエッセンスが詰まっている。
例えば、フェルメールブルーを意識したラピスラズリが原料のウルトラマリンの色を再現した鮮やかな”パート・ド・フリュイ”や、フェルメールの傑作「窓辺で手紙を読む女」の修復により背景にキューピッドの姿があらわれたことも話題になったことから着想をえた天使の形をした遊び心ある昔ながらのクッキー”スペキュラース・サレ”など。
すべてのスイーツにストーリーがあり、質の高い文化を取り入れた、ディテールの細やかさに酔いしれる。
また、喉を潤すアップルの”モクテル”はフェルメールの描いた宗教画「信仰の寓意」にも登場するオランダの名産の一つである「リンゴ」をイメージした1杯だそうだ。テーブルの隅々まで、小さな17世紀デルフトが広がっていく。
そして『真珠の耳飾りの少女』を表現したフォトジェニックなケーキは、反則級の再現度。
ローズムース、クレープ、ホワイトチョコレートなどを用いて『真珠の耳飾りの少女』の印象的なシルエットが目の前に・・・。
別名「青いターバンの少女」とも呼ばれている絵画だけに、ブルーの映える一品だ。
ケーキに添えられた真珠の飴細工はひとつひとつ手作りで、このまあるい形にするには練習が必要らしい。
愛情を込めて作られた球体は本物のパールのように気高くつややかに輝いている。食べてしまうのが・・・もったいない!
ナイフを使って、真珠をパリッと割ると、香り高いソースが流れ出す。
フェルメールの愛した”青と黄色と光”がこのひとさらに完結する。
「光の魔術師」との異名を持つフェルメールの世界を味わう特別な瞬間。
ここでいただいたものはすべて自家製だというのだから、1つの芸術と時間をかけて向き合ってきたフェルメールの仕事ぶりとシェフたちのシンパシーが時を越えてこの空間で、交わっているようにさえ思えてくる。
絵画にみつける愛の物語。 映画「真珠の耳飾りの少女 Girl with a Pearl Earring」より
そんなフェルメール絵画「真珠の耳飾りの少女」だが、この絵の生まれた背景を解き明かす映画が2002年に公開となり大変話題になった。300年以上の時を越え愛され続ける名画を巡る、愛の物語。
原作はアメリカの作家トレイシー・シュバリエの小説『真珠の耳飾りの少女』。400万部をこえるベストセラーだ。
フェルメール役は映画『英国王のスピーチ』でアカデミー主演男優賞、英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞に輝いたイギリスの名優のコリン・ファース、そして名画に魂をあたえた少女を演じたのは『ロスト・イン・トランスレーション』や『アベンジャーズ』シリーズのナターシャ・ロマノフ=ブラック・ウィドウ役でも知られるスカーレット・ヨハンソンが演じた。
今となっては世界的な女優へと飛躍を遂げたスカーレット・ヨハンソンが、当時はオーディションでこの役を勝ち取り、出世作ともなった貴重な1作。
ヨハンソンの出演作品はほとんど鑑賞しているが、個人的にはこれこそベスト・ヨハンソン映画かと思うほど演技が素晴らしい。
謎の少女についてはさまざまな憶測が飛び交っているが、この映画はこのような話だ。(※以降の文章には、映画の詳細な内容も含みます。未見の方はご注意ください。)
物語の舞台は、17世紀のオランダ。家計を支えるため使用人に出された17歳の少女グリート。彼女はすぐれた色彩センスを買われて、家事の合間に画家である主人フェルメールの助手を務めるようになる。
グリートはフェルメールにその色彩的才能を見出され、やがてフェルメールに想像力を与えるように。イマジネーションを通して主人と使用人としての距離を保ちつつも、次第にお互いが本能的に心でつながり合うことのできる運命の相手だと気づく2人。
少女と画家の親密な関係は、やがて一家に波紋を投じていくようになっていく。
そんな天才画家に淡い想いを寄せた17歳の少女の運命を巡る、文芸的なラブストーリー。
17世紀のオランダのデルフトの街並み、行き交う人々。そしてインテリア、衣装、小物まで綿密に作り込まれた世界観は圧巻。まさしく当時の様子を描いた動く絵画を観ているような美しき景観も見どころだ。
フェルメールといえば、生涯で子供を15人授かったことでも有名で、裕福な実家を持つ妻と結婚した、妻子ある者。
そして、その家につとめる使用人の少女。
この映画をロミジュリ効果的なものが働いていたことによる男女関係であったのではないかと語る人も一部いる。
しかし、いわゆる禁断をスパイスにしたことで生まれた関係性を描いていると言うならばそれは間違いだと思っている。
子供たちに囲まれ、妻に絵を描くことを監視される日々。描き続けなければいけないプレッシャーの中、フェルメールの絵はどこまでも静謐さと安らかさとともにあるのがこれまでずっと不思議だった。
もしかすると彼はひとりになることを欲していたのではなかろうか。
そんな彼の心を孤独の世界へと解放させてくれたのは、グリートの存在であった。
この映画はそんな妄想を膨らませる。グリートの無垢な感性。色彩への理解。
プラトニックを保ちながらも2人の間には、神秘的かつ精神的な結びつきが生まれていく。
誰かに惹かれる時、人は同時に、自分の中の深い孤独と対峙することとなる。
グリートがフェルメールの筆により描かれるシーンは、刹那的でありながらも同時に生命力に溢れ、まるで何百年も前の少女の呼吸音が聞こえてきそうなほどに狂おしく美しい。
あの構図、そして表情、イノセントな官能をキャンバスにとらえていくフェルメール。
言葉では、このシーンの切実な美の世界をうまく説明できない。
フェルメールは、愛する人をこの絵の中に閉じ込めた。誰にも気付かれずに。
ラストカットは、グリートがフェルメールからの思慕を確信すると思わせるシーンで締め括られる。その甘美な秘密の垣間見た瞬間、あの絵の見えかたが少しだけ変わってくる。
信頼と親愛の狭間に生まれながらも”男女”という意味では完結しなかった物語。
それは永遠に私たちの想像力を掻き立ながら、いつまでも消えない光を手に入れる1つの理由となったのかもしれない。
終わりに
フェルメールがこの映画で自分を取り戻すことのできる相手と出会えたように、ひとつのアートを”食”という形で表現した、まさしくフェルメール芸術そのものと言えるアフタヌーン・ティーを目の前にすると、写真を撮りたい気持ちになりつつも、スマホの電源を切ってしまいたくもなる。
常に人とつながっている現代において本当の意味でのひとりの時間を味わうことは簡単ではなくなっている。何もしていなくても必要か不要かは関係なく情報が入り込み、今目の前にあるこの瞬間を味わうことさえ困難になってきている時代に、この空間でゆったりと過ごし、心に余裕が生まれることで、自分の軸を取り戻せていく気がした。
自分が何を愛し、何に賛成し、何を守りたい人間なのか。
ぼやけていた境界線が、キャンバスに絵の具をのせていくかのごとく少しずつ蘇っていく実感がした。
(文・映画ソムリエ 東紗友美 写真・早坂亮太郎)
メズム東京、オートグラフ コレクション
バー&ラウンジ「ウィスク」
https://www.mesm.jp/restaurant/whisk.html
アフタヌーンティー・エキシビジョン『パール』概要
https://www.mesm.jp/news/afterexhibition_pearl_202206.html
映画ソムリエ東紗友美(ひがし・さゆみ)
1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。
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