いざ、大空の彼方に
『トップガン』は、ただの映画じゃなかったのかもしれないと今になって、気付きはじめている。
1秒という時間よりも短いかもしれない一瞬の気の迷いで命を落とす空中線。
それが何分にも渡って続く世界を想像できますか?
この映画は、生死を左右する瞬間を体感することができる。
大げさに聞こえてしまうだろうか。それならば答えはノーだ。
スクリーンで自分も戦闘機に乗り、死を目の前にし、覚悟を決める。
観ているものは”命あること”を体感させられる。

あの『トップガン』(1986)で大空に恋をしたすべての人に捧げる、全世界が待ちわびたスカイアクションムービー最新作『トップガン マーヴェリック』が大ヒット公開中だ。
一部の男性にとっては、サングラスとバイクに憧れるきっかけをくれた理想の男。
また一部の女性たちにとっては、スクリーンに恋をした最初の相手かもしれない。
アメリカのエリート・パイロットチーム “トップガン” を描いた本作の大筋はこうだ。
36年前、常識破りの伝説的パイロットと呼ばれたマーヴェリック(トム・クルーズ)ことミッチェル大佐はいまとなっては初老に。久しぶりに呼び戻されたトップガンで、新世代トップガン候補生たちを前に、今度は「教官」として史上最難関の命を懸けたミッションに挑むことになる。
この若き候補生の中には前作『トップガン』においてマーヴェリックの相棒であり、亡き戦友グースの遺した息子ルースターが参戦。マーヴェリックとグースの息子の邂逅の物語ともなっている。
無限の大空で2人の心が1つになるのか、これは本作の大きな見どころだ。
ルースターを演じるマイルズ・テラーは2014年にデイミアン・チャゼル監督のアカデミー賞ノミネート作「セッション」の主演で注目を集めた。どこか”不機嫌さ”をかねそえた表情がまた、彼の青さ・若さを象徴するようで彼のキャスティングも完璧だったといえる。

また、熱血漢で型破りな主人公マーヴェリックとは対極の存在だった冷静沈着なライバル的存在の”アイスマン”。
ヴァル・キルマーが続投したことに誰もが胸が熱くなったのではなかろうか。かつては真逆の性格から対立するものの、最終的にリスペクトしあうようになった2人の男の現在地。ここも目が離せない。
そして、もちろん老若男女に愛される物語である理由は男たちの挑戦や確執や絆の物語だけじゃないところだ。
マーヴェリックは、本作でかつての恋についに決着をつけようとする。
任務に命をかける男とそれを静かに見守る女のラブ・ロマンスも描かれ、ノスタルジックなエモさも数値は計り知れない。若い男女のような全身全霊の恋模様ではないが、心地よい距離感でお互いの生活を尊重しながら、人生の一大事には支え合う。これはそんな”最後の恋の終着地点”を描いた物語でもあるから、胸の高鳴りが止まらなくなるのも無理もない。
そして私たちも空へ旅立つ『トップガン マーヴェリック』がくれる体験
ハリウッド超大作といえば特殊効果(いわゆるCG)でどこまでもド派手に演出する映画が全盛期。
『トップガン マーヴェリック』に登場する飛行機の轟音は、そんな映画の世界にも新たな風を舞い込ませる。
前作でもグリーンバックを使用しない撮影方法で世界の度肝を抜かせたけれど、本作はまたしてもその偉業を飛び越えてしまった。

トム・クルーズと製作陣が、挑んできた道のりには仰天してしまう。
CGをできるだけ排除し、実際の戦闘機F-18に6台のカメラを搭載し、撮影を敢行。
そして前作ではトム・クルーズだけがF-14のコックピットで撮影したが今回は、他の役者陣たちも数ヶ月に渡るトレーニングをこなし、実際に飛行中のコックピットで演技をし、セリフを話した。
リアリティの奥行きが更に深まり、ライブ感の濃度が格段に上がっている。
そして、パイロット目線のカメラワークに冷や汗は止まらず、私達も縦横無尽に空を駆け巡る。
瞬間瞬間で機体をとらえたその映像は、まるでコックピットに乗り込み、自分が操縦しているかのように錯覚させてくれる。G(加速度)も、振動も、映像から伝わってくるのだ。
この感覚は、紛れもなく”実物”を撮影したからに違いない。
笑い事じゃなく、私の前の座席にいた人は途中で頭が揺れていた。
視覚が五感に響く、そんな映画の次元をこえた体験が待っている。

日本における米軍基地の存在や戦争の時代に空中戦の作品を鑑賞することについて、イデオロギー的な側面を含め、一部では懸念される声もある。でも、あえてはっきり書く。『トップガン マーヴェリック』は、そのような話ではない。これは、不可能に挑んだ者たちの物語でもあり、同時にコックピットを体感するという新たな経験値をかさねるための映画でもあるのだ。だからこそ、1人でも多くの人に味わってほしい。
人は別れ、また出会いなおす それが人生だから万人の胸を打つ
人生とはなにか、その回答もトップガンは教えてくれる。冒頭に述べたヴァル・キルマー演じるアイスマンとマーヴェリックの再会は空中戦が見どころの本作において、陸上での人間ドラマ部分でハイライトのひとつだ。
映画『バットマン フォーエヴァー』などを代表作に持つヴァルは、咽頭がんで2017年から闘病を経験してきた。
現在は気管切開をしており、以前のようには声が出ない状態だ。劇中でもそんなヴァルの実生活とリンクさせた演出がなされ、よりこの物語がただの映画だとは思えなくさせられる。
前作で対立しながらも最終的には互いに認めあったアイスマンとマーヴェリックの人生をみていると、離れていた期間すらも愛おしく思えてしまう。
いつか訪れる再会の日に、離れていた存在がどれほどまでに愛おしかったものなのか気付くこともまた人生だから。
人と人が出会い、別れ、また出会い直していくためにある今日。
今日(こんにち)の耐え難い別れは、再会の日のためにある”今日”なのかもしない。
そんなふうに人生を捉えられるようにもなるからこの物語は感慨深い。
そしてもう1つの再会を私は望んでいる。
2010年、トム・クルーズと製作のジェリー・ブラッカイマー、そして前作の監督トニー・スコットは続編に向け動き出していた。しかし前作の監督トニー・スコットは悲しいことに2012年8月19日に亡くなった。
その悲劇を乗り越えて随所にオマージュを散りばめ、前作の監督トニー・スコットへの敬意を捧げ、こんなにも美しい物語を作りだしてくれた製作陣にあらためて敬意を払いたい。
無限に広がるこの大空で、彼らもまた、いつの日か再会してくれたら、私も嬉しい。
仕事とは”職業”ではなく生き様だということ
来月7月3日に60歳の誕生日を控え、まもなく還暦を迎えるトム。
この映画の撮影中に56歳の誕生日を迎えているが、遠目からは20代にすら見えるスタイル、変わらぬドラマチックな表情と、あまい笑顔も清々しいほどに健在だ。
年齢による渋みはクルーズにはなく、少年がそのまま時間を重ね大人になったような印象。
来日した際の会見で若さの秘訣を問われると、クルーズは「シンプルですが、一生懸命仕事し、努力すること」と言い切った。
トム・クルーズを見ていると、歳を重ねた自分が楽しみになる。
年齢という概念から、人間は解放されるのだと確信する。
50年以上にもわたるキャリアの中で、俳優としてはもちろん、プロデューサー、慈善家としても成功を収めアカデミー賞にも3度ノミネートされ、映画製作にもその多才さを十分に発揮してきた。

映画には、こんなセリフがある。
「私は何であるかではない」「私が誰であるかだ」
マーヴェリックにとって、いやトム・クルーズにとって職業を越えた”生き様”がトップガンである。
36年間誰にも企画を渡さずそこにかけ続けた情熱、信念。自分自身の限界に挑む姿、彼こそマーヴェリック自身でもあるのではないだろうか。
トップガンは、トム・クルーズにとっての人生そのものであることを示唆しているように思えて痺れてしまう。
劇場をあとにする。マッハ10の風は、私の身体にも吹き抜けたいったようだ。
『トップガン マーヴェリック』
2022年5月27日(金)より公開
配給:東和ピクチャーズ
© 2022 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

映画ソムリエ東紗友美(ひがし・さゆみ)
1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。
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