今回は観賞後にも物語が続く、その後も自分の人生にも響くような、芸術の秋にすすめたい4作品を映画ソムリエが紹介します。

『母性』答えの出ない問いに身を委ねる時間


「これが書けたら作家を辞めてもいい。そう思いながら書いた小説です。」
原作者、湊かなえが作家を辞する覚悟で執筆し、累計発行部数120万部を突破した問題作『母性』(新潮文庫)が映像化。戸田恵梨香・永野芽郁が初の母娘役に挑戦しました。
戸田さんは娘を愛せない母親という危うく複雑な胸の内を演じきっています。
湊かなえといえば、主観視点作家であるといえますよね。
 
起きていた出来事は1つでも、視点の数により真実はいくつも数がある。
この物語は母と娘の視点だけでなく、その目撃者となる第3者である観客の視点も交えながら1つの物語が完成していく。

同時に鑑賞する側の価値観を炙り出していく物語であることが興味深いです。

母性とは一体何なのでしょうか。母と自分の関係、自分と子供の関係、母と祖母の関係。

自分自身の身近に存在していた”母と娘”のいくつかの関係性と照らし合わせながら鑑賞していく本作は、自己実現と子育てに悩む現代社会への痛烈なメッセージとしても受け取ることができました。母性とはあらかじめ誰しもが持ち合わせているものなのか。それともー。

私たち女性を苦しめているものから、解放されるような心持ちとなりました。

観賞後にも、永遠に解けない謎を探求してしまう、深い余韻を味わえる作品です。

また昨今、この母性という形なきものに惑わされる姿を描いた作品はフィーチャーされ、Netflixでも「ロスト・ドーター」という作品が話題になりました。

女性が母親になることへの不安を描いた心理サスペンスで、当たり前に備わっていると周知されがちな母性に対するタブーに切り込み、ヴェネチア国際映画祭では最優秀脚本賞に選出されました。気になる方はこちらもチェックされても良いかもしれません。

11月23日(水・祝)全国ロードショー

『ザ・メニュー』緊迫感のエッセンスが完成させる、極上の一品

レストランでコースメニューを一品一品味わうように、このものがたりはワンシーンワンシーンが芸術的に進んでいく。

太平洋岸の孤島に佇む、最高級で閉鎖的なレストランでなかなか予約の取れない有名シェフが振る舞う、極上のメニューの裏側には想定外の“サプライズ”が添えられていました。

これは脚本が、秀逸です。予想のできない結末に向かっていきます。

製作はNetflix史上最大級のヒット映画となった『ドント・ルック・アップ』のアダム・マッケイが務め、風刺と笑いのスパイスが散りばめられた、人間同士のサスペンスドラマ。


メインキャストのシェフを務めるのは、レイフ・ファインズ。ハリポタシリーズで最も恐ろしい魔法使いのヴォルデモードを演じた際の瞳の奥の冷たさが本作で蘇っています。

そして、大ヒットNetflixドラマ『クイーンズ・ギャンビット』への出演で人気が爆発し、今やレッドカーペットでのファッションを常に注目される時代のアイコンのひとりのアニャ・テイラー=ジョイがレストランに来る客の一人を演じます。彼女のおおきな瞳がレストランでの出来事に対する驚きで揺らぐたび、私たちもその場で同じ時間を重ねるかのように動揺してしまう…彼女の瞳は、私の視点なのです。


『ザ・メニュー』のトレイラーを視聴した際、宮沢賢治の『注文の多い料理店』のような物語を予想していたのだが、この予想は外れていきます。 孤島で料理という名の芸術を貫き通す、孤高のトップシェフの精神面。

頂点に立った者の孤独と、その頂点を維持しようとすることがいつの日か、自分自身を壊してしまうかもしれないという、夢と執着の境界線の危うさを描きつつ、同時に完璧主義へのアンチテーゼ、物語の途中に垣間見える数々の風刺的ネタ。自分の歩んできた道のりが、いかがだったものなのか振り返ってしまいます。

最後の一品を味わう頃には、おそらく観るものにとっては一生を見つめ直しているでしょう。

張り詰めた緊張感と交互に、登場する美しきメニューの数々はアートの領域です。サンフランシスコにあるレストラン、アトリエ・クレンにてミシュランガイドの三つ星を獲得し、2016年には、「世界のベストレストラン50」の「最優秀女性シェフ賞」に選ばれたドミニク・クレンが協力した、作品に意味を持たせながらも実際に食べることもできるコース料理の美しさ。その辺りも、あじわってほしい映画です。

『スペンサー ダイアナの決意』選択できる人生の豊かさと自由に触れる

Pablo Larrain


映画のはじめに「寓話」と表記されるように、この映画はあくまでフィクションの形式をとっている作品です。タイトルの“スペンサー”は結婚前のダイアナの苗字です。

 本作は、チャールズ皇太子とダイアナ妃、2人の息子たちが、クリスマス休暇を祝うためにエリザベス女王の私邸で過ごす3日間の様子が描かれます。

数日間という限された期間を描くことで、ダイアナ妃のその後の人生を変える一大決心が濃く映し出さされるように感じさせる物語。

Pablo Larrain


主演のクリステン・スチュアートは今年のアカデミー主演女優賞にノミネートされ、受賞は逃したものの”最有力”の呼び声が高く、世界的に演技を絶賛され、彼女の演じるダイアナに共感が寄せられました。

スチュアートが背筋をピンと伸ばし、女王の私邸であるロイヤルファミリーがクリスマスを過ごすサンドリンガム・ハウス。この誰もいない廊下を歩くダイアナの姿が印象的です。

言葉を発していなくても、所作や仕草を完全に再現した佇まいだけで彼女がそこに蘇ったかのような空気を漂わせます。

Pablo Larrain

「最初から、この映画にクリステンに出演してもらいたいと思っていました」と監督は語るが、クリステンとダイアナの顔立ちがそもそも似ているのかというと明確にYES!ではない。声やアクセントや所作だけでなく内面を研究し、精神的な部分でダイアナにアプローチをかけ、特に、今まで使ったことのない筋肉を使って、全く新しい音を出すようにトレーニングして生まれた今回のダイアナは迫真に迫っている。

これまでナオミ・ワッツなど名女優を含む8名によって度々ダイアナが演じられてきたが、私的には今回のクリステンの演じたダイアナで、これまで以上にダイアナに心を重ね合わせられた時間でした。

そして、もう1点特筆したいのファッションアイコンとしても注目されていた華麗なるファッションも見過ごせない。デニムにマトラッセにジャケット!彼女のセンスを表現するためにCHANELが数々の衣装を制作した。2度のオスカー受賞歴のある、クリーン・デュランの担当した見目麗しい数々のファッションも堪能して欲しいです。

この物語は、改めて幸せとは何かを考えさせられる内容になっています。

自分で、自分のすることを決められること。

外が見たければカーテンを開け、着たい服を着る。

未来の王妃の座を捨て、女性として、母として、1人の人間として生きる道を選択しようとする。

ごくごく当たり前を望むその姿に、幸せの本質を考えせざるを得ないのです。

スペンサー ダイアナの決意

10 月 14 日(金)、TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

配給:STAR CHANNEL MOVIES

『ナルコの神』自分の中にある底なしの”生”への渇望に気付く

Netflixシリーズ「ナルコの神」独占配信中

韓国を代表する豪華俳優、制作スタッフ陣が集結したNetflixシリーズ『ナルコの神』が、今世界中で話題になっています。韓国の製作陣が得意とする実話を元にしたフィクションで、南米の小国スリナム共和国を舞台に“韓国の麻薬王“と呼ばれた人物をめぐる物語。

国家情報院・政府の極秘作戦に参加することになった民間人の事業家が麻薬王を逮捕する実話を基にした、ジャンル的には潜入捜査系のクライムサスペンスです。

まず、命懸けの作戦に”民間人(一般人)”が参加していたという恐るべき事実。

1シリーズ6エピソード。一気に観れてしまうのでテンション的には6時間の超大作映画という感覚値です。Netflixは『ナルコの神』にグローバルヒットしたあの『イカゲーム』より多い約35億円の製作費をかけたことでも話題に。

主演を務めるのは『チェイサー』や『哀しき獣』での名演が話題のハ・ジョンウと『新しき世界』や『工作 黒金星と呼ばれた男』のファン・ジョンミン。

『イカゲーム』のパク・ヘス、『ミスター・サンシャイン』のユ・ヨンソクなど韓国エンタメ界を担う豪華キャストの熱演も話題です。


さて、韓国映画は今や世界的コンテンツとして注目を浴びている状態が続くが、その印象を強めたのは、やはり犯罪ノワールのジャンルの凄み。

そして、今回の主演であるハ・ジョンウとファン・ジョンミン。

彼らこそ犯罪ノワールの2トップと言っても過言ではない、これ以上ないキャスティングですが、ハ•ジョンウとファン•ジョンミンが同じスクリーンの中にいるというだけでも、ギラギラとしていて、生き抜こうとする息遣いから、生を求める人間らしい色気までが画面からほとばしっているんです。

この生々しさは他ではなかなか味わえないですよ。緊迫感に包まれた男たちの駆け引きと頭脳戦にみていると、こちらまで”生”の実感が湧いてくる。喉が渇き、腹も減る。 一瞬もたりとも退屈させません。

エネルギーを浴びたいときに、ご覧ください。充電され過ぎてしまうかもしれませんが…!

いかがでしたでしょうか。

この秋は、作品の世界に浸ることでより思考を深める物語に触れてみてくださいね。



映画ソムリエ東紗友美(ひがし・さゆみ)

1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。

HP:http://higashisayumi.net/
Instagram:@higashisayumi
Blog:http://ameblo.jp/higashi-sayumi/



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