石川県小松市街から車で約20分、ひっそりとした山間の集落「観音下(かながそ)自然環境保全地域」の一角に旧西尾小学校があります。閉校となったこの学び舎は、2022年7月14日新たな息吹が吹き込まれ、斬新な食を提供する「オーベルジュ オーフ」として誕生しました。

 オーベルジュと言えば、フランス発祥の‘美味しく食べて泊まれる宿’のこと。周囲を山に囲まれ、稲田が広がり、森に繋がる小高い土地にこのオーベルジュが建っています。広い校庭はそのまま残され、小学校の校舎も躯体は残されて内観の化粧直しが施されています。豊かな水に恵まれたこの地域には渓流が多く、滝も所々に見られます。特に周囲の山は、かつてこの地が「観音下石切り場」(かながそいしきりば)として大正初期から繁栄していた歴史が残っているのです。現在も幾つもの山肌には石切り場の跡が残り、原型を残す自然と共に観音下地域が保存地区となっているのです。


エントランスを入るとこのカフェ・ラウンジがあり、チェックインもアウトのここで。外からの観光客も利用可能な快適スペース。


オーベルジュは館内に一歩入った途端、ミニマルなデザインや、独創的なアートに飾られたスタイリッシュな空間に包まれます。1階には地元の人にも気軽に利用いただきたいという主旨でカフェが造られ、オーベルジュ滞在者にはラウンジ機能としても、またチェックイン・アウトのスペースとしても使われています。オーベルジュとして最も重要なレストランもこの階にあり、陽ざしの入る明るく快適な空間に、料理の邪魔をしないシンプルなテーブルと椅子が並んでいます。

ここで腕を振るうのが92年生まれの30歳という気鋭のシェフ、糸井章太氏と若い仲間たちです。シェフはフランスで修業し、帰国後には日本最大級の料理人コンペティション「RED U-35」で、当時26歳という史上最年少でのグランプリを受賞しました。糸井氏は「この土地の食材や文化と向き合いながら、’オーフ‛の料理を表現していきます」と語っています。それぞれの料理は新しい感性で造られ、いずれも美しいプレゼンテーションと、繊細な食材の香りにこだわった独自の美味しい料理が提供されています。


教室1クラス丸ごとコンバージョンした南向きのジュニアスイート(55㎡)。窓からは切り立つ山肌に‘石切り場跡’が望める。


ひと部屋のみのスイートルーム(77㎡)は3階の東角部屋。窓が多く明るい。南側には石切り場が、北側には田園風景が広がるのどかなロケーション。


シェフを囲むスタッフ。若いエネルギーに満ち溢れたオーベルジュは未来に向けて飛躍の期待も大きい。


客室は全12室が揃い、それぞれに小学校当時の教室が改装され、数々のアートに飾られています。入り口には3年1組とか2組とか、昔ながらの名札も残り、かつて校舎であったことを想わせるノスタルジーを感じます。静かな環境に洗練された美味しい料理、日本の山里の原型を残すロケーションに滞在する貴重な機会となりそうです。一方で、オーベルジュの敷地に隣接して日本酒造りの酒蔵「農口尚彦研究所」があります。名杜氏の農口尚彦氏は‘現代の名工’としても選ばれ、‘酒造りの神様’と呼ばれる人材です。能登杜氏四天王として数えられる日本最高峰の醸造家の一人ということもあり、酒づくりの技術や精神を次世代に継承するために、ここ観音下町の山間に、2017年に新設されました。見学もでき、日本酒を買うこともできるこの酒蔵で使う‘仕込み水’を、「オーベルジュ オーフ」では料理のベースとなる出汁や、アミューズとペアリングのフレーバーウォーターとしても使用されています。

ここはまるでオーベルジュ発祥の地であるフランスのように、遠くても、不便でも、美味しい料理を求めて遠くまでも出かけていく、フランス人同様のグルメになったような満足感に包まれました。


彩も美しい「大根サラダ」。近隣の無農薬農園「西田農園」の幾つもの種類の大根を楽しむヘルシーサラダ。中には能登で網獲りした野鴨が。


アミューズのひとつで糠とヨモギを練り込んだ「加賀丸いものドーナツ」。トッピングは自家製のこんかさば(鯖糠漬)とガリ。


「蛍米 香箱蟹 加能蟹」。冬の味覚を贅沢に使用し小松市のブランド米である蛍米の濃厚なリゾットに。


シェフの自由な料理が味わえるオーベルジュ オーフの主役となるレストラン内。料理を通じて小松・北陸の旬を味わう贅沢な料理に舌鼓。



取材・文/せきねきょうこ

Photo:Auberge “eaufeu”



DATA

オーベルジュ オーフ

石川県小松市観音下町口48

Tel:0761-41-7080

https://eaufeu.jp



せきねきょうこ/ホテルジャーナリスト

スイス山岳地での観光局勤務、その後の仏語通訳を経て1994年から現職。世界のホテルや旅館の「環境問題、癒し、もてなし」を主題に現場取材を貫く。スクープも多々、雑誌、新聞、ウェブを中心に連載多数。ホテルのアドバイザー、コンサルタントも著書多数、21年4月、新刊出版。

http://www.kyokosekine.com

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