町の中央に鎮座する国宝・松本城、そして日本初の小学校として知られる国宝・旧開智学校など、知的財産や国の重要な文化財が残される松本は、セイジオザワの音楽フェスティバル開催でも知られています。町には、城下町ならでは老舗の和菓子店や創業100年を超える出汁・鰹節店、日本有数の信州蕎麦の名店などが点在し、松本は歴史と文化が薫る観光地として人気を博しています。
そんな古都の玄関口であるJR松本駅から車で20分たらずの場所には、日本書紀にも登場し、開湯1300年以上と伝わる歴史的な名湯‘浅間温泉’があります。浅間温泉には、江戸時代には松本藩の‘御殿湯’が置かれたといい、今に伝わる逸話も多く残ります。温泉街が華やかに繁栄していた明治以降になると、若山牧水、与謝野晶子など文人も訪れたと言われる浅間温泉ですが、近年では静かな一画となり寂しさも漂っていました。
その由緒ある浅間温泉で最大級の規模を誇り、温泉街のシンボルでもあった老舗旅館「小柳」(貞享3(1686年)創業)が、この度、画期的なプロジェクトの一環として姿を変え蘇りました。新潟の‘株式会社自遊人’の子会社となった旅館「小柳」は、存続をかけたエリアリノベーションが行われ、つまり地域再生のプロジェクトの一環としてスタートをしたのです。
現在は「小柳」の敷地内に、「豊かな知と出会う」と掲げて造られたブックホテル「松本本箱」と、「小柳」の名を遺したファミリー対応(バリアフリーも完備)のホテルが新たに誕生し、今どきの人々が求めるカフェやショップ、シードル醸造所なども含め、総合施設「松本十帖」が門戸を開いたのです。今回、ここで紹介するのは、画期的な構想で生まれた「松本本箱」です。ホテルのエントランスを入るや否や圧巻の数の本が並ぶ中、インターネットやパソコン生活で忘れかけていた本への愛着が呼び起されました。ここでは、本に囲まれ大きな安心感や喜びに満たされた「松本本箱」の魅力について紐解きます。
「松本本箱」のグランドオープンは2022年7月、地上6階の建物をリノベーション、客室数は24室が造られました。すべての部屋に露天温泉風呂が設置され、温泉に浸かりながら眼下に広がる町の展望を楽しみ、遠くに聳えるアルプス連邦に沈む夕陽を眺めたり、インナーバルコニ一のついた快適な部屋は旅情に溢れています。何しろ、書店とホテルというコラボレーションは画期的です。お気に入りの本が見つかれば、その場で買うこともできるのです。複合施設「松本十帖」の目指すところは、ダイニング、ベーカリー、バー、カフェ、ブックストア、温泉、発酵蔵などを展開し、「松本本箱」と旅館「小柳」を含むこの浅間温泉全体を舞台にした地域の活性化という文化再生です。
「松本本箱」に隣接しているのは、リンゴ王国らしく、5種のリンゴを使ったシードルの醸造所「信州発酵研究所」(信州松本平ワインシードル特区認定)。
昨年仕込んだ5種類の発泡酒‘シードル’が、今年、初シーズンとなるファーストヴィンテージとして出荷されていました。また、宿の前の細い急坂を少し上ると、道沿いに古い小さな1軒家があり、昔の姿のままのカフェ「哲学と甘いもの」となっていました。浅間温泉の随所に、こうした感性豊かなスペースを提供することで、エリアリノベーションプロジェクトを起点に、多くの人々が年齢を問わずに興味を示し、少しずつ活気を取り戻しているようです。
取材・文/せきねきょうこ
Photo: 松本十帖
せきねきょうこ/ホテルジャーナリスト
スイス山岳地での観光局勤務、その後の仏語通訳を経て1994年から現職。世界のホテルや旅館の「環境問題、癒し、もてなし」を主題に現場取材を貫く。スクープも多々、雑誌、新聞、ウェブを中心に連載多数。ホテルのアドバイザー、コンサルタントも。著書多数、21年4月、新刊出版。
DATA
松本十帖/松本本箱
長野県松本市浅間温泉
📞0570-001-810
https://www.matsumotojujo.com