南北に伸びる細長い島、マンハッタン。90年代末から私はこの島に4年半住んでいました。4年半で引っ越した回数は4回。住んだアパートメントはどれも素敵でしたが、一番のお気に入りはマンハッタンの右下、アーティストやミュージシャン、モデルやLGBTQの人たちが多く住んでいるヒップなエリア、イーストヴィレッジの一角にある8階建てのアパートメントの1室でした。流行りのレストランと24時間営業のコンビニエンスストアが1階に入っていて、道を挟んだ向かい側のハウスミュージック専門のCDショップは常に若者たちで賑わっていました。深夜ともなると、酔っ払いとジャンキーとホームレスが雄叫びをあげるようなエリアでしたが、当時21歳だった私にとっては、そんな深夜の遠吠えすらも刺激的だったのです。
ルームメイトとのニューヨーク暮らし
ヘア&メイクアップアーティストを目指す友人とのルームシェアで、私たちの部屋は2階の角部屋。正面玄関のダブルドアを開け、急勾配の細い階段を登った薄暗い廊下の突き当たりが私たちの部屋でした。重厚なドアを開けると幅180cmほどの長い廊下があり、玄関扉のすぐ左手がベビーピンク色のユニットバスルーム。その隣が友人のベッドルーム。そして廊下の先にカウンターのあるキッチンとリビングルームがあって、そのリビングルームが私の部屋でした。カーテンで一度も仕切ることのなかった、プライバシーゼロのだだっ広いオープンスペース。そこが私の寝床でした。私の部屋に置いていた家具はと言えば、ソファベッド1台と廃校になった近所の小学校から譲り受けた勉強机が4台のみ。ルームメイトと一緒にアパートメントと小学校を往復してせっせと運び込んだ机です。
にぎやかな生活環境
家具がほとんどないリビングルーム=私の部屋は、友人たちにとって格好の溜まり場で、夏になると窓を開けっ放しにして好きな音楽をかけ合うのですが、天井高がゆうに3mはあったので音の反響がすごいんです。だから音量には常々気をつけていましたが、時々レストランのテラス席で食事をする上機嫌な客たちが私たちの部屋に向かって大声で叫ぶんです。「ヘイ!この曲!めちゃくちゃカッコいいからボリュームあげてよ!」って。階下のレストランからガンガンと響き渡るラウンジミュージック、私たちの部屋の窓から漏れるレゲエ。そして、それに負けじと向かいのCDショップがハウスミュージックの音量を上げる始末。騒音をBGMに街全体が活気に満ちていて、まぁ、今では到底考えられない環境で暮らしていました。
お金のかかるマンハッタン暮らし
次女の9歳の誕生日のお祝いにと、4年前に子どもたちを連れてニューヨークへ行ったのですが、マンハッタンに家族で優雅に住むとなると、それはそれは大変だろうと実感しました。興味本位で旅先の不動産を調べるのが好きなのですが、私が住んでいた頃に比べてなんと家賃の高いこと!懐かしの8階建てアパートメントの1室も20年前の家賃から4倍強に高騰していました。さらに驚いたのがアパートメントの販売価格。東京都心とは比べ物にならないんです。大富豪たちが投資目的で次々と不動産を手中に収めようと企むマンハッタンでは、不動産の販売価格が軒並みうなぎのぼり。特に、世界的に注目を集めているのがセントラルパークの真下、57丁目、別名ビリオネアズ・ロウ(大富豪通り)と呼ばれる通りに建設中のスタインウェイタワー。
世界中が注目する高級アパートメント
2014年に着工。2019年4月に建設が頂上に達し、2020年末に完成を予定しているスタインウェイタワー。その高さ、なんと435メートル!1階から5階はリクリエーションスペースで、残り77階は居住スペースの82階建て高層ビル。その塔状比たるや驚きの1:24と、完成した際には世界一スレンダーな超高層ビルになるんです。スカイツリーが634m、東京タワーが333m、そしてスタインウェイタワーが435m。実感が湧かないという人にはとっておきの驚き情報をもう一つ。なんと、敷地面積の横幅がたったの13メートルしかないんです。まさに鉛筆状の超高層ビル!
マンハッタンの不動産事情
セントラルパークから57丁目の方角に目を向けると細長い高層ビルが林立していて、その眺めは圧巻です。写真右からセントラルパークサウス、セントラルパークタワー、One 57、長女の顔からにょきっと生えているのがスタインウェイタワー。4年前なのでまだまだ頂点には達していない高さです。そして写真一番左が、2015年2月に完成したアメリカ大陸で最高層の居住用ビル、パークアベニューコンドミニアム。96階建て426メートルで、別名は億万長者ビル。J.LOことジェニファー・ロペスも購入者の一人で、購入価格は約16億660万円でした。3ベッドルーム、4.5のバスルーム、リビングルームとマスターベッドルームが角部屋にあり、セントラルパークが一望できるこの部屋を彼女は一年も経たずして手放したのですが、たった一年未満でも不動産価値は上昇。彼女の部屋、販売価格は約19億600万円だったと伝えられています。2020年末に完成予定のスタインウェイタワー。世界一細長い高層居住ビル。そして世界一高い販売価格になると期待しています。中国の富裕層による最近の不動産買い占めで、さらに激動のニューヨーク不動産事情。それだけで映画が一本撮影できるくらいドラマティックなんです!
クリス‐ウェブ佳子(モデル・コラムニスト)
1979年10月、島根生まれ、大阪育ち。4年半にわたるニューヨーク生活や国際結婚により、インターナショナルな交友関係を持つ。バイヤー、PRなど幅広い職業経験で培われた独自のセンスが話題となり、2011年より雑誌「VERY」専属モデルに。ストレートな物言いと広い見識で、トークショーやイベント、空間、商品プロデュースの分野でも才覚を発揮する。2017年にはエッセイ集「考える女」(光文社刊)、2018年にはトラベル本「TRIP with KIDS―こありっぷ―」(講談社刊)を発行。interFM897にてラジオDJとしても活動中。