フランスの暮らしとデザインを紹介する連載の21回目は、アクセサリーデザイナー、アンナ・カゼルさんのパリのアパルトマンを訪ねました。

Anna Kaszer(アンナ・カゼル)/パリ生まれ。子供時代の一時期は父の仕事の都合でベルギー・ブリュッセルに在住。パリに戻り、パリ8区の祖母のもとで芸術に親しむ環境のなか育つ。パリの学校でファッション、アート、そしてクチュールを専攻。一時期ダンサーとしても活動した後、自身のブランドを立ち上げる。当初はウェアを手がけていたが、その後アクセサリーデザインへとシフト。自身のブランド「Anna Kaszer」は独自のテキスタイルと配色を活かしたバッグやアクセサリーが評価を集めている。インスタグラム@annakaszer
リビング。ソファはロッシュ・ボボワ。テーブルは夫が作った。「夫は医者ですが、家具作りが趣味。蚤の市も好きで、毎週出かけては何かを買ってきます」(アンナさん)

 セレクトショップや先端のブティックが集まる、北マレ地区。今は人気のエリアとなったこの場所に、アンナさん夫妻がアパルトマンを手に入れたのは、いまから25年ほど前のこと。仕事用の物件を探してパリ市内を歩き回っていたある日、通りかかった建物の看板に目が留まり、何気なく足を踏み入れた。

「本当に偶然でした」とアンナさんは振り返る。「個人経営の不動産仲介業者さんが扱っていた物件で、建物全体がひとつの会社に所有されていて、それを複数の住戸に分けて売りに出していたんです」

リビングは庭に面し、南西向きの窓から光が降り注ぐ。「夏になると木々の緑が目隠しの役割も果たします」

 「広さは約170㎡。以前はオフィスや作業場として使われていた場所で、部屋が2つとトイレ、あとは広いアトリエスペースという構造でした」とアンナさん。

 住まいに作り替えるための改装工事は、少なくとも6〜7ヶ月にわたった。プロの建築家には頼まず、夫婦2人で設計とデザインを担った。「空間のアイデアを出すのは主に夫の役割で、私はメンテナンスのしやすさや機能性、動線といった実用的な部分を考えました。デコレーションや配色は、2人で一緒に決めていきました」

リビングの壁面の書棚。「収納棚はオーダーメード。棚に並ぶ本やレコードの存在感を消すためにカバーをつけました」
(左)古いランプシェードを収納する棚はアンナさんから夫へのプレゼント。古いショーケースの一部だったという。(右)木のオブジェはフランスのデザイナー、マルタン・ゼケリの作品。下はソルト&ペッパー容器のコレクション。

 改装後はダイニングキッチン、広々としたリビングの奥に夫の仕事スペース、夫婦の寝室と三人の娘さんのための三つの子供部屋という間取りになった。

 「インテリアのテーマですか? 特にテーマはありません。ただ、空間を最大限に広く保つことは常に意識しています。明るさと、気持ちよく動き回れる動線を最優先にしました」

 この部屋を特別なものにしているのが、窓から見える豊かな樹木の存在だ。

 「とても明るいでしょう? 夏は周りの木々の葉が青々と茂るので、庭の向こう側に住んでいる隣人の姿が全く見えなくなります。お互いが見えないのは気楽ですし、夜はまるで木々の中で眠っているような感覚です。逆に冬は、葉が落ちる分だけ遮るものがなくなって、光がたくさん入ります。毎日2羽のハトが決まった枝にやってきて、私たちに会いに来ているみたいで不思議で面白いですよ」 

左・リビングの奥にある夫の仕事場とDIYを行うコーナー。窓枠はパリの蚤の市で見つけた。右・スレイベルは夫のコレクション。

 広々としたクリーンな空間でありながらも、冷たい印象を与えないのは、アンナさん夫妻が得意とする「ミックススタイル」によるもの。洗練されたデザイン家具と、古い家具やオブジェが自然に調和している。

 「私たちは現代的なデザインが大好きですが、古いものもたくさんあります。例えば、私の実家や祖母の家から譲り受けたアームチェア2脚とミラー、小物は大切な宝物です。他は私たちが蚤の市などで見つけたものです」 

エントランスからキッチンまで続く長い廊下に、映画館で使われたという古い椅子を置く。

 インテリアの美しいアクセントになっているいくつかの剥き出しの壁も、彼女たちの遊び心から残されたもの。

 「この壁はあえて残そうと決めました。現代的な雰囲気とのミックスが面白いと思ったので、あえて何箇所か古い壁を残しているのです。もちろん、状態的に残すことが可能だった場所に限られますけれどね」 

左・寝室。ベッドの下の引き出しには衣類を収納。右・寝室の棚にも目隠しのカバーがついている。下の棚は絵画収納用で、全てオーダーメード。

 アンナさんの美しく整った住まいと暮らしの根底には、「毎日を常に新しい一日として迎えたい」という、彼女の一貫した深いポリシーがある。

 「なぜそんなに片付けが好きなのかというと、自分のしている仕事(デザインやクリエイション)のプロセスが、とても複雑だからです。スタイルを考え、デザインを描き、指示を出し、すべてを説明する……管理しなければならないことが山ほどあります。だから、翌朝また適切に仕事を始めるためには、その日の夜にすべてをリセットして片付ける必要があるのです」 

左・かつて三人の娘さんたちが使っていたスペースは、現在、彼女たちの独立に伴い、パリを訪れる友人たちを迎えるゲストルームや、アンナさんのオフィス兼ショールームとして活用。椅子は1970年代のもので、アフラ&トビア・スカルパがデザインした「B&Bイタリア」のディアロゴ・アームチェア。右・子供部屋を改装したホームライブラリー。一角に家族から受け継いだ絵画を飾る。

 その美意識と徹底した習慣は、彼女のキャリアの原点であるアトリエで培ったものだという。

 「デザイナーとしてだけでなく、特に『クチュール(仕立て・縫製)』の現場で学んだことでもあるのですが、一日の仕事の終わりに、アトリエのすべての道具を定位置に戻さなければなりません。なぜなら、翌日は前日の続きから始めるとは限らず、全く別の作業からスタートすることもあるため、必要な道具がすぐに見つかる状態でなければならないからです。その経験により『毎日が新しい一日である』と考え、朝はいつも家がきれいに整った状態で、ものがすぐに見つけられるように心がけています」 

キッチン。サスペンションランプは西ドイツで1970年代に作られたもの。椅子も蚤の市で見つけたヴィンテージ。

 アンナさんの「日々を新鮮に味わう」という哲学は、朝食の時間にも表れている。

 「家にはたくさんの食器があります。だからこそ、毎日違うカップを使うようにしています。新しい一日の始まりには、昨日とは違うカップを選びたいのです。朝食は、その日の最初の体験。そんな小さな変化を楽しみながら、一日をスタートさせています」

アンナさんのお気に入りのキッチン。カウンターの向こうに調理台や収納棚がある。

 アパルトマンの中で、リビングと並んでアンナさんがお気に入りの場所として挙げたのが、夫婦で頻繁に料理をするというキッチンだ。プライベートでも仕事でも旅行が大好きだという二人が、世界各地を旅するたびに必ず持ち帰るのが、その土地ならではの「お茶」や「スパイス」の数々です。

 「料理はよくします。作るものは違いますが、彼も料理をします。2人で違うスタイルの料理を作るのは面白いですよ。旅行に行くと、いろいろ買ってくるため、スパイスやお茶は本当にたくさんあります」 

流し台や収納棚はダイニングから見えないスペースに設置。

 「バカンスではキッチン付きの物件を借りることも多いのですが、そこにスパイスがないと『どうやって料理すればいいの?』と困ってしまう。普段からたくさんのスパイスを使うことに慣れているのです。戸棚が一つ、スパイスで埋まっているほど。我が家の料理はとても多国籍なのですよ」 

壁のアートはなんと自作。プラスチックの丸い型を並べたもの。

 現在は、将来のプロジェクトに向けて、ヴィンテージのオブジェを少しずつ買い溜めている段階だという。

「そのうち別の場所に家を持ちたいと考えています。すっきりさせた空間であり、新旧をミックスしたスタイルにしたいですね」

 未来の家の構想を立てながら、蚤の市巡りを楽しむアンナさんご夫妻。次なる住まいも、引き算の中に豊かな個性が光る、魅力的なインテリアとなることだろう。

撮影/齋藤順子(Yolliko Saito)

(文)木戸 美由紀(Miyuki Kido)/文筆家

女性誌編集職を経て、2002年からパリに在住。フランスを拠点に日本のメディアへの寄稿、撮影コーディネイターとして活動中。マガジンハウスの月刊誌「アンド プレミアム」に「木戸美由紀のパリところどころ案内」を連載中。
Instagram:@kidoppifr

Share

LINK

  • ピアース石神井公園
×
ページトップへ ページトップへ