現存する中では世界最古の舞台芸術である能楽。その舞台に3歳から立ち続けてきた能楽師・塩津圭介さん。 話を伺うと、能の奥深い魅力、そして時間に追われる現代社会の中で余白を感じることの大切さが見えてきました。

研ぎ澄まされた芸術である能を守り
次世代へつなぎたい
――子ども時代はどのように能と向き合っていましたか。
小さい頃は、舞台に出ると大人たちに褒められてごほうびをもらえるのが嬉しくて続けていました。
小学生のときに、運動会が舞台と重なってしまって、リレーに出場できず悔しい気持ちになり泣いたこともありました。でも、父や先輩たちの姿から「何よりも舞台が大事なんだ」と感じていましたから辞めたいと思うことはありませんでしたね。それ以上に楽しくて、やりがいがありました。
今、8歳の息子を見ていても同じです。友だちにも「俺、ちょっと仕事あるから」と言って、前向きに取り組んでいます。自分にしかできない役割があることは、年齢に関係なく大きなモチベーションになるんだと感じます。

――長年携わる中で感じられることはありますか?
日々、できないことに向き合っていて振り返る余裕がなく、自分では長く続けているという感覚はまったくありません。
ただ、父も祖父も能楽師で、リレーのようにバトンを受け渡してきました。 そのリレーがずっと続いてきた中で、今の自分がバトンを受け取らなければ、チーム全体がリタイアしてしまうようなイメージを持って続けています。タイムを縮められなくても、次に渡せるところまでは走らなければいけない。そんな使命感が、自分を動かしてきました。
30代はひたすら走って来ましたが、40歳を過ぎて「このバトンをどう渡すか」ということも少しずつ考えるようになりました。
――塩津さんが感じる能の魅力を教えてください。
他の国の芸能や日本のさまざまな文化を見ても、能と同じものはありません。 能は最も奥にあり、最も研ぎ澄まされ、突き詰められてきた芸術だと胸を張って言えます。 ユネスコの世界無形文化遺産の第一号に認定されていることを考えても、人が生み出したものとして、絶対に残していくべき存在だと思います。
そのために、多くの方に知っていただきたいという意識がありますし、いざ知ってもらえたときに“本物”を見せられる人でいたい、そんな思いを持っています。

現代のスピード感の中で
時間をかけることの大切さ
――お稽古で大変な部分はどういうところですか?
様々ありますけれども、一つ大きいのは暗記することです。 AIの時代になり、私が覚えるべきこともAIに頼めば簡単に整理されるでしょう。 しかし、人間は反復しないことには体得できず、そこに膨大な時間がかかるんです。 現代のスピード感の中で、その時間と向き合うこと自体が難しいと痛感しています。だからこそ、やり切れたときに、その貴重さと大切さが伝わっていくのだと思います。
――舞台の本番はどういった心持ちで臨んでいますか?
若い頃は、師匠や先輩に叱られないようにと必死で、注意されたことを全部思い出すことを目標にしていました。 だから、情熱的に舞いながらもどこか冷静にマニュアルを確認するような頭の働きもしています。その間のコントロールが本当に難しく、 いまだにどうしているのか自分でもよくわからないところがあります。
四十を過ぎると、昔のように厳しく言ってくれる人が少なくなってきて、自分に甘さや油断が出ているんじゃないかという怖さを感じるようになりました。
これからは、正直に「昔はそうじゃなかったよ」と言ってくれるような、目利きの同世代のお客さんを増やしていきたいです。
――これからの能の世界へ期待することやご自身の展望を教えてください。
現代のエンターテインメントの多くはドキュメンタリーの早送りで情報量が多く、刺激があります。能はそれとは逆のスローモーションの世界。展開がわからないと言われることがありますが、ゆっくりと進行しているだけで、いわゆる余白が多いんです。
効率を負い求めるデジタル一辺倒の生活では、どこかで心のバランスが崩れてしまいます。 だからこそ、アナログなものや、ゆっくりと流れる時間を意識的に取り入れることが、人間には必要だと思います。
能に限らず、お茶でもお花でも、日本文化のどんな入り口でもいい。 自分の中に流れているルーツに触れることで、得られるものがあるはずです。
自分の居場所に迷ったとき、「先人たちが作り出した何か」に頼ってほしい。そのための場を守り続けることが、私たちの役目だと思っています。

プロフィール
塩津圭介(しおつ・けいすけ)さん
喜多流能楽師。1984年10月27日、喜多流能楽師塩津哲生の長男として東京に生まれる。3歳で初舞台を踏み1992年に初シテ(初主役)を勤め、2011年に若手の登竜門と言われる「猩々乱(しょうじょうみだれ)」を披く。 2015年に能「道成寺」を勤め、独立。 2018年には塩津能の會にて、親子で「石橋 連獅子」を勤め、赤獅子を披く。趣味はロードバイク・マウンテンバイク・テニス。
HP:https://www.shiotsu-noh.com/keisuke/
Instagram:@keisuke.co2
●お稽古
茶道や生け花のように、能はお稽古事として習うことができます。老若男女問わず、お子さま連れでも気軽に通うことができます。
https://www.shiotsu-noh.com/keisuke/lesson/
●公演情報
清能会塩津能の會特別講演
公演日:2026年6月6日
時間:開場/12時30分 開演/13時30分
場所:十四世喜多六平太記念能楽堂
チケットのお問い合わせ:https://www.shiotsu-noh.com/contact/













