国内外での個展やグループ展に精力的に参加し、制作と発表を続けるアーティスト奥田雄太さん。幼少期からの「描く喜び」を原点に、2016年にファッションデザイナーからアーティストへ転身し、近年は花をモチーフとした作品を展開しています。話を伺うと、作品づくりの背景には、奥田さんの生き方そのものがありました。

「羨ましい」という気持ちが転機に

――ファッションデザイナーからアーティストへ転身された経緯を教えてください。

子どもの頃から絵を描くことが大好きでした。でも「絵描きになる」という選択肢は、宇宙飛行士を目指すくらい現実味のない“夢のまた夢”に思えたんです。
高校生になって初めて職業として何を選ぶかを考えたとき、ファッションが好きだったこともあって「絵が描けて、ファッションにも関われる道」を探し、専門学校へ進学しました。

専門学校で学ぶうちにのめり込み、留学を決意。アレキサンダー・マックイーンに憧れていたというミーハーな心もあり、イギリスを選びました。ファッションスクール「マランゴーニ」で学びながら、自分のブランドも立ち上げました。ロンドンに拠点があるだけでカッコいい気がして(笑)、軽い気持ちでしたね。

地元に戻ってブランドを続けようとしたものの、当然うまくいかず、企業で学ぼうとご縁のあった TAKEO KIKUCHI へ。デザイナーとして5年弱働き、結婚して家庭環境が変わったことで、心のどこかで次のステップを考えるようになりました。

ちょうどその頃、紹介されたアーティストの個展を見に行ったんです。作品は素晴らしくて感心しながら見ていたら、その横でファンの方が5万円ほどの作品を購入したんですよ。その瞬間、猛烈に羨ましくなりました。

街で自分がデザインした服を着ている人を見る機会は何度もありました。でも、一枚の絵を一人の人に持ってもらえることの方が圧倒的に羨ましかった。悶々としながら電車に揺られ、「なんでデザイナーやりたかったんだっけ?」と自問自答したら、元をたどれば絵が描きたかったんじゃないか、と。いろんな理由をつけて逃げていたけれど、もう今しかないと思いました。

帰って妻に「絵描きになりたい」と伝えたら、「いつ言うかと思ってたよ」と。さらに「私が1年ぐらい食べさせてあげるから、中途半端なことしないでね」と背中を押してくれたんです。翌日にはブランドに「デザイナーを辞めて絵描きになります」と伝えました。

――アーティストとしてのスタートはどのようなものでしたか?

会社に迷惑をかけないよう1年の引継ぎ期間があり、それがそのまま準備期間になりました。でも何をすればいいかわからないし、誰かが教えてくれるわけでもない。作品制作に展示場所探し、コンペ応募……思いつくことを片っ端から全部やりました。

1年目は年間30回以上展示をしました。でもそれは、絵が売れないから何度も展示できたということでもあります。
父からは「結婚したばかりで何をしているんだ」と叱責され、「1年以内に前職と同じくらい稼げなければ諦める」と約束しました。だから必死でした。

売れない中で模索するうちに、長年プロとしてファッション業界にいたのだから、他の人にはできないグッズが作れるんじゃないかと気づきました。

絵描きになると決めた時は「全部捨ててゼロからスタートだ」と思い込んでいましたが、これまでの27年に新しい1年を積み重ねるんだと考え方が変わったんです。

作品を着心地の良いTシャツに落とし込めばヘビロテしてもらえる。作品の意味や思いを伝えた上で、長く身につけてもらえれば、作品への愛着も生まれる。そう考えて、生地選びやパターンづくりから制作し、グッズの売り上げで目標金額を達成できました。

感謝の想いを花に込めて

――絵が売れ始めたのはいつごろからですか?

初年度に売れた絵は数枚。二年目から徐々に売れ始め、完全に逆転したのは四年目くらいですね。
ただ、一番注目を浴びたのは、「with gratitude」をテーマに、花をモチーフにした作風に変わったタイミングでした。

――「with gratitude」が生まれた経緯を聞かせてください。

もともとは「ビューティフルフードチェーン」というテーマで、花で作られた動物を緻密な線画で描いていました。その時は頭の中のイメージをノーミスで描くことが醍醐味でしたが、技術が上がるほど作業化してしまい、自分でコントロールできない偶然性を求めるようになりました。

その頃にコロナ禍となり、外出もできず、周りも元気がなくなるとモノクロがしんどくなってきたんです。そこで、思い切って色を使うことにしました。さまざまな画材を試し、これまで培った線画の良さも残せる方法として、今の画法が生まれました。

――動物から花にモチーフが変わったきっかけはありますか?

コロナの影響で展示が次々キャンセルになり、「もう最悪だ」と思っていました。でも、周りを見たら、家族は元気で一緒に過ごせている。それは最悪じゃないんじゃないか、と。

そう思うと、子どものために頑張ろうという大きなエネルギーが湧いて、すごく前向きになれたんです。一人だけ前を向いて振り返ってみると、みんなが後ろを向いているのがよくわかりました。

自分が前向きになれた理由を作品に込めれば、観た人も前を向けるんじゃないか。それこそがアートの力なんじゃないかと思いました。

当たり前が当たり前でなくなったからこそ、当たり前に感謝したい。僕は感謝を伝えるとき花を贈ることが多かったので、花を描いて感謝を伝えることにしたんです。

――現在は、奥田さんが大胆にペイントし、アシスタントのみなさんが線画を描いて仕上げられています。

工房的な発想で、自分が一番得意な線画をアシスタントに任せることにしました。手離れした分で、僕は新しい何かを身につける必要がありました。

最初は、感覚的にやっていたことをアシスタントに伝えるのが本当に難しかった。そこでライターさんにお願いして、描く瞬間に全部質問してもらいました。「なんでそこから線をスタートしたんですか?」「なぜ赤のラインをなぞったんですか?」と。

聞かれると、感覚的にやっていたことも一度考えて言語化できました。それを何度も繰り返し、アシスタントとのやりとりを経てマニュアルを作り、今の体制ができています。

表現は生き方そのもの

――作品制作で大切にしていることは何ですか?

自分が今やっていることが、自分の幸せにつながっているかどうか。
幸せとは何かと考えると自分だけが幸せで、家族やアシスタントが苦しんでいたら、それは本当の幸せとは言えません。だから僕が幸せになるためには、まず周りを幸せにしなくちゃいけないと思っています。

アシスタントのみんなに一年間の感謝を込めて、社員旅行に行ったのですが、みんなが「奥田さんありがとうございます」といろいろなことをしてくれたんです。その気持ちにまた僕も「ありがとう」と返せる。この双方がありがとうと言い合える関係性が、すごく幸せなんですよ。

だから人にされて嬉しいことは人にするし、嬉しくないことはしない。でも僕が嬉しくても相手は嬉しくないこともあるから、そういう時は素直に謝る。それが一番シンプルな生き方ですよね。

アーティストは職業じゃなくて生き方だと言うじゃないですか。制作や仕事で大切にしていることは、そのまま生きる上で大切にしていることと直結しているんです。

――インスピレーションはどこから得られていますか?

新しいことをするというより、どんどん“子ども時代に戻っていく”感覚です。
子どもに「なんで、公園で遊んでるの?」と聞いても「筋力を上げたくて」なんて返ってこない。楽しいからやる。それだけなんですよね。大人になると、公園で遊ぶのも、マンガを読むのも、いろんな理由をつけるようになってしまうんです。

僕も子どもの頃から絵が好きで、それだけだったのに、大人になる過程でその気持ちを忘れていた。でも今やっていることは、結局あの頃好きだったことの延長です。

幼稚園の先生が展示に来てくれたとき、「雄太くんは昔から蝶の羽やセミの裏側、木の木目を描いていたんだよ」と教えてくれました。
車を描く子もいれば空を描く子もいる。5歳や6歳でも、ちゃんと個性や興味が絵に出ている。その根源が今も続いていて、技術や知識、思考が加わって今の形に昇華されているんだと感じています。

――今後チャレンジしたいことはありますか?

自分のわがままを貫ける状態で創作活動を続けるには、経済的なこと、認知度、クオリティ、上達…全部必要で、また時代の変化にも対応していかないといけない。続けることの難しさを感じています。だから「大きなことをやりたい」というより、継続の中に山場があるんじゃないかと思っています。

実は、ひとつ大きな夢は叶っていて、それが CLAMP とのコラボレーションです。CLAMP作品の『カードキャプターさくら』の主人公が、初恋なんです(笑)。ピンクが好きなのもその影響で「いつかこの人とコラボしたいな」と思っていた相手と実際に仕事ができました。

僕、運がいいんですよ。でも運ってスピリチュアルじゃなくて、行動選択の先にある結果だと思っています。運がよかった出来事の元をたどれば、人との出会いがあるんですよね。
だから、飲みに誘われたときなんかに、いつでも「行く行く!」って言える状態でいると、チャンスが巡ってくる。

だから結局、自分の行動なんですよ。感情はコントロールできなくても、モチベーションはコントロールできる。その違いが結果を大きく変えて、すべてが今につながっていると感じています。

奥田雄太さん

ファッションブランドでデザイナーとして活動し、2016年にアーティストに転向。国内での個展やグループ展に精力的に参加し、制作と発表を続けキャリアを築き上げている。 計算した線のみで構成された細密画で表現していたが、ここ数年「偶然性」に重きを置いた”花”の作品を中心に発表を続けている。さまざまな色味で表現される花はポップなイメージが強いが、花びら一つ一つに緻密な線描が施されている。

Share

LINK

  • ピアース石神井公園
  • ディアナコート永福町翠景
×
ページトップへ ページトップへ