フードディレクターとして、レストランやカフェ、社員食堂など幅広い「食の空間」を手掛けてきた浅本充さん。最近では、中目黒の複合施設PIXをディレクションしています。これまでの歩みと現在に至るストーリーを、そのPIXで伺いました。

高校時代のアルバイト先が“食の場”づくりへの興味のきっかけに

――食に関する仕事を目指されたきっかけを教えてください。

叔母が料理研究家をしていて、子どもの頃はよく叔母の仕事現場に遊びに行っては、一緒に料理やお菓子作りをしていました。だから、子どもの頃から“食”はとても身近な存在でした。

大きなきっかけは高校1年のとき、阪神・淡路大震災が起きて、学校が被災して数か月休校になったんです。その間、「自分は将来どうしたいんだろう」と考える時間ができました。ちょうど同じ頃に家の近くにカフェがオープンし、アルバイトを始めました。そこは、洋服屋さんと家具屋さん、バーとカフェが一体になった当時としてはとても珍しい複合施設でした。いい音楽が流れている中、素敵な家具に囲まれて、お茶を楽しむ。そんな空間にすごく惹かれて。

それまでは「美味しいごはんを作る人になりたいな」くらいに思っていたんですが、料理だけじゃなく、空間やサービス、音楽やインテリアも含めて、全体をマネジメントできる仕事がしたいと考えるようになりました。

ファッションもインテリアもコーヒーも、全部好きだから一つに絞れなかったというのもあるんですけどね(笑)。

――その後、23歳で上京されたんですね。

はい。自分の好みの食事はフランス料理だなと思って。どうせなら本場の空気を感じたいと、フランス人がやっている六本木のビストロで働かせてもらいました。店でサービスやマネジメントを学ぶなかでフランス人とのコミュニティも広がり、紹介でいくつかのフレンチレストランでも働きました。フランスにも行かせてもらって、改めて食の楽しさを感じたんです。

そんな経験を経て29歳のときには、一度すべての仕事を辞めて、ずっと行ってみたかったニューヨークへ。知人のカフェを手伝ったりしながら過ごしました。

帰国に際してその後の生き方を考えたときに、ずっと心の中にあった“食の場をつくる”仕事に就きたいなと。就職先を探したんですが、当時はまだそういう会社がなかったんです。だったらもう、自分でやるしかない。帰国して1か月後には起業しました。

――起業後すぐ、IDÉE自由が丘店のカフェ・ベイクショップを手掛けられていますがその経緯を教えてください。

知り合いに「こういう会社を立ち上げたんだけど、何かあれば」と声をかけていたら、ちょうどIDÉEのカフェを担当していた野村友里さんが退かれるタイミングで、「次を探しているらしいよ」と紹介してもらったんです。

それでコンペに挑戦しました。プレゼン資料を作るのも初めてでしたが、ありがたいことに採用していただいて。9月に起業したのですが、11月には店をオープンしていました。

――すごいスピード感ですね。

ディレクションするにあたって、日頃からいろんなケースを書き留めて、自分の中にストックしておくようにしていたんです。だから、その引き出しから取り出して、組み立てることができました。IDÉEという家具屋さん、自由が丘という街、さらにこれまで日本にないものを軸に考えて、アメリカのベイクグッズを扱うお店が良いのではないかと。当時はパンやお菓子といえばフランスやイタリアが主流でしたが、ニューヨークで行ったカフェの空気感を日本で再現できたら、きっと受け入れられると思ったんです。

カフェの“型”にはまらないPIXのディレクション

――近年では、どのようなお仕事に関わっているのでしょうか。

ファッションブランドの店内に“食の場”をつくる仕事は、僕らの代表的な取り組みのひとつです。アニエスベー、マルニ、ギャップなど、海外ブランドが日本で展開する際に、ハブとなって、彼らのイメージと日本の感覚をうまくミックスしていくのは得意分野ですね。

他にも、東京オペラシティの社員食堂のリニューアルやビル一棟のカフェなど、規模もジャンルもさまざまです。

――9月にオープンした中目黒のPIXでのお仕事について教えてください。

ここは、設計事務所とカメラマンがオーナーを務める複合施設なんですが、以前から一緒に仕事をしていたインテリアデザイナーから「オフィスにカフェをつくりたい」という相談をいただきました。設計事務所、ギャラリー、美容室、そしてカフェが一体となった空間を、どうバランスよく構築するか、という点をクリアにするために僕らに声をかけていただきました。

――PIXではどのようなスタンスでお仕事を進められたのですか?

ほかの仕事でも僕らが主導で進めるということはなく、クライアントの中に入り込んで、彼らの思いを一緒に形にするようにしています。

今のカフェって、ある種の“型”があるじゃないですか。こういうマシンを置いて、こういうコーヒーを淹れて、こういう料理を出す…みたいな。でも僕らは、そうした当たり前のものから離れて、設計事務所とカメラマンがこの場所をつくるという意味や、一番大事な要素は何かを考えるところから始めました。

――PIXのカフェのコンセプトを教えてください。

複合施設のエントランスであり、ギャラリーの一部ということです。ギャラリーの凛とした空気感を、カフェの中にどう取り込むかをすごく考えました。今はウォーミーなカフェが多いですが、ここは少し温度感を下げて、クールな印象に。訪れた人が、ギャラリーの中でインスタレーションを体験できる場となるように設計しています。そして、展示やイベントに合わせて空間を仕切ったり、開放したりできるので、常に変化していきます。

その結果、お客様が空間そのものを楽しみに来てくださるようになりました。お気に入りの席で、好きなメニューを頼んで、写真を撮って…そんな居場所になっているかなと思います。

――メニューはどのように考案されたのですか?

空間から考えて、どんな食事がこの場所に合うのか、という観点を重視しています。このテーブルはインテリアデザイナーの方が「絶対に使いたい」と決めていたので、その上に置くべきものは何かと考える。そこで、テーブルに合う器を選び、その器に合う料理を考えるんです。だからメニューは最後に考えるんですよ。そうすることで、空間に置かれるすべての存在の関係性がつながっていくんです。

バナナブルーベリーケーキ 770円

――インスピレーションはどこから得ることが多いですか?

街に出て、音を聞いて、景色を見て、五感で感じたものをストックしていくのが好きなんです。国内外問わず旅先で出会った風景や音、空気感を、自分の中でレイヤーのように重ねていって、それをフィルターにして空間を組み立てていく。

だから、自分の中から湧き出るオリジナリティはあまり信じていなくて、「いいな」と思ったものをどう組み合わせるか、という感覚ですね。

――風景は写真で残しているのでしょうか。

写真が好きで、小さなカメラで日常的に撮っています。これまでに撮りためた写真が数万枚あるので、プレゼンのときはその中から案件に合う景色を並べて、音楽を流しながら空間のムードを想像するんです。そこから細部を詰めていく、ということも多いですね。

――今後チャレンジしたいことはありますか?

今一番やりたいのは、国内外で撮りためた食のある風景や文化的な景色を、何かしらのメディアにしたいということです。写真の量もすごくて、面白いものや貴重なものもたくさんある。文章を書くのも好きなので、僕にしかできないメディアができるのではないかと。そんなことをふわっと思い続けて、もう4〜5年経ってしまいましたけど(笑)。一枚の写真から読み取れる空気や音、会話を想像するのが好きなので、それを表現していきたいなと思っています。

浅本 充 (あさもと・まこと)さん

 2009年 株式会社ユニテを設立。フランスやニューヨークでの海外経験を生かしたライフスタイルの提案やフードカルチ ャーの表現を得意とする。 企業の飲食部門のコンサルティングやカフェ監修、メニュー開発等、食に関わる分野を幅 広く手がける。近年では、『LACOSTE』『Agnes b』『GAP』『Saturdays』『MARNI FLOWE CAFE』など様々なファッションブランドや企業のフードプレイスづくりをディレクションしている。

PIX

住所:東京都目黒区青葉台1丁目14−17 SYT Bldg 2F

営業時間:Café 10:00~17:00、Bar18:00~22:00

定休日:木曜日

Instagram:@pix.tokyo

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