リレーコラム・暮らしを綴るでは、“暮らす”ということを、多面的にとらえて筆者の視点から、日常の事や日頃抱いている想いを自由に綴っていただきます。今回より3回にわたってご執筆いただくのは、エディター&ライターとして素敵なライフスタイルを発信する前田紀至子さんです。


初めましての方も、そうでない方も、改めましてこんにちは。前田紀至子です。

これから3回にわたり「時」にまつわる記事を寄稿させていただきます。暮らしの中に刻むときめきを皆さまと共有できましたら嬉しく思います。

前田紀至子さんの過去の連載記事を読む

名作を経て辿り着いた、36mmの新しい選択

時計というものは不思議なもので、その時のライフスタイルや心の持ちようによって、手元に引き寄せられるピースが変わっていくように思う。
たとえ、「これが人生で最後の1本になるだろう」と思っても、気づけば1本、また1本と自分にとって必要な時計が増えてしまう魔力を宿しているのだ。

これまでに私は大学入学のタイミングで初めて手にしたロレックスのレディ デイトジャストや、猫足のついた優雅なバスタブを思わせるカルティエのベニュワール、そして「これこそが私にとっての最後の一本になるに違いない」と運命を感じた(結果として最後の一本にはなっていないけれど)パテック フィリップのカラトラバといった、自分にとってパーフェクトな一本をお気に入りに加えては、それぞれの持つデザインや歴史の素晴らしさを肌で感じてきた。
それらは1本1本が私にとって特別な存在であり、大切なコレクションで、尚且つ心強いパートナーであることに変わりはない。

そのなかでも、近年の私の日常に寄り添っている1本は、ロレックスの「オイスターパーペチュアル」の34ミリモデルだった。
2020年のリニューアルによって、カラフルなカラーバリエーションの登場も相まって、これまでにない価格の高騰や「オイパペマラソン」という言葉までも生み出した、まったく新しいオイスターパーペチュアル。
実際に着けると、一切の無駄を削ぎ落とした普遍的な美しさと、腕に収まりの良いサイズ感をはじめ、過度な主張は無いながらも、気負うこともなく日々の装いにさりげなく馴染むその時計は、この数年間で私の「日常の定番」として確固たる地位を築く、他の何とも違う一本と表現するにふさわしいと思う。

「もちろん色違い、サイズ違いのオイスターパーペチュアルが買えるなら買いたいかもしれない」という気持ちはありつつも、十分に満足したこともあり、ロレックスはもう十分かなと考えていたある日、目にしたのは少なからず時計に興味を持っている人なら反応せずにはいられないセンセーショナルなニュースだった。

チューダーのレンジャーから新たに36mmケースと“デューン”ホワイトダイヤルが登場する。

「次にこのようなカジュアルな時計を買うとしたら少しだけサイズアップを」と考えていた思いにぴったりと合致する36mm。
しかもその名の通り、砂丘を連想させるクリーミーなホワイトダイヤル。
視認性も抜群で、ツールとしての潔さに振り切りながらも、揺るぎない品格を保ってくれる時計を私生活のワードローブに加えたい。
不意に降って湧いた欲望を受け入れた瞬間、私はもう引き返すことはできなくなってしまった。

半年に及ぶ探求の末、幸運に導かれた邂逅

思い立ってからの日々は、決してスムーズではなかったし平坦でもなかった。
現代の時計は情報戦。「自分が欲しい」と感じる時計は、大抵は知らない誰か(それも大勢の人)が切望していると考えて間違いない。

元々チューダーのレンジャー自体、比較的人気があるモデルで、よりによって私が求めたのは36mmのデューンホワイト。
店頭に足を運んでも簡単に巡り会えるものではなく、ウェブの二次流通を見ても悔しくなるようなプレミア価格が添えられていた。

半ば諦めかけていた日のこと。
それは本当に突然、幸運な巡り合わせとしてやってきた。

偶然出会えたレンジャーの36mmが目の前に現れた瞬間、迷うことなく「お願いします」と即決断する以外の選択肢は私にはなかった。

実際に腕に乗せてみると、驚くほどの肌馴染みの良さに思わず息を呑んだ。
デューン(砂丘)の名を冠したベージュにも近いホワイト文字盤は、どこか温かみを含んだ有機的なニュアンスやアンティークの雰囲気を醸し出していて、まさに欲しいと思っていたイメージそのものだったから。

そして36mmというサイズもすごく良い。
34mmのオイスターパーペチュアルよりも一回り大きいながらも、決して大仰にならずに収まる完璧なプロポーションは「さすがチューダー」とでも言いたくなる完成度だと思う。

半年の苦労の末にようやく縁があって購入できたこの時計は、手に入れた瞬間から、私の時間の一部となった。

腕を離れてもなお、美しい佇まい

この時計の本当の、そして最大の魅力に気づかされたのは、購入してしばらく経ち、自宅のリビングで過ごしている時のことだった。

外出から戻り、荷物を置き、時計を外して木製のサイドテーブルやデスクの上に置く。
ふつう時計にとってそこは「一時的に置かれた場所」であり、次の外出を待つ待機状態に過ぎない。
しかし、レンジャーに関しては、単に「置かれた状態」として受動的に留まることはなかった。

全体に施されたサテン仕上げのケースは、部屋の照明を柔らかく受け流し、過剰なギラつきを一切見せない。
そして、赤い先端を備えた秒針を含む針のデザインが漂わせるのは、リビングの空気をほんのわずかに引き締めてくれるような、不思議な品格。

自宅に帰ると同時にいそいそと仕舞わなくても良いタイプの時計。
身につけている時だけでなく、テーブルに置かれている時の佇まいまで安心して愛せる時計。
これまでに手にしてきたハイエンドな名作たちとはまた少し違う魅力を持ち、暮らしの道具としても成立する美しさに、私は新鮮な喜びを覚えていた。

家の中でも、さりげなく時間を示してくれる安心感

リビングの景色に溶け込んだレンジャーは、インテリアとしての美しさに留まらず、実用面でも素晴らしい役割を果たしてくれる。
その秘密はきっと、この時計のルーツでもある圧倒的な「視認性の高さ」だ。

現代において、家の中で時間を確認する手段はいくらでもある。
壁掛け時計、スマートフォンの画面、あるいはスマートスピーカーに問いかけることだってできる。
その一方で、ソファで本を読んでいる時や、キッチンで果物をカットしている時、ふと視線を走らせた先に置いてあるレンジャーの文字盤は、驚くほど直感的に、それでいてさりげなく今が何時なのか示してくれる。

明快なアラビア数字のインデックスと、夜光塗料をたっぷりと施した針が織りなすコントラストは、これまで私が使っていたどの時計よりもダイレクトに時間を伝えてくれる。

それゆえにもともとあまり機械式時計の時間を合わせることにこだわりがなかった私でも、こまめに時間を合わせる習慣がついたのは、予想外の恩恵と言えるかもしれない。

プロフィール
前田紀至子(@ki45m)
エディター、ライター。新潮社『nicola』専属モデル、光文社『JJ』編集部を経て独立。 現在は各国の政府や航空会社より依頼を受けての旅記事や、 ビューティ、ライフスタイルに関する記事を中心に、雑誌やウェブサイトに寄稿。

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