さまざまな文化や歴史のうえで発展してきた「装飾」を現代の視点で再解釈しながら作品を生み出し続けている美術家、京森康平さん。世界の伝統衣装や工芸品の模様などを取り入れた緻密で美しい作品には、一度見たら忘れられないほどの印象強さがあります。国内外で評価をされ、2020年にはエルメス(HERMES)のスカーフコンペティション「LE GRAND PRIX DU CARRE HERMES」において世界123カ国、約5500人の中からグランプリを受賞しました。

現在、ホワイトストーン・ギャラリーソウルで大規模な個展を行っている京森さんのアトリエに訪れ、話を聞きました。

ミラノの建築の壮大さが装飾に興味を持つきっかけに

――現在のような美術家になるまでの経緯を教えてください。

自然に囲まれた愛媛県の田舎町で生まれました。そういった環境で育ちながら、都会的なものや色鮮やかなものに惹かれる気持ちがずっとありました。高校卒業後、グラフィックデザイナーを目指して上京しましたが、東京のストリートに感化されファッションの専門学校へ。在学中にファッションデザイナーのコンペティションで受賞しイタリアのミラノに2年間留学する機会を頂きました。ミラノにいるときは、ファッションの学校を卒業し、コレクションブランドでインターンをしていたんですけど、街中で壮大な宗教建築を目にする機会がたくさんあって、圧倒される感覚、言葉にできない密度など、装飾の持つ強さみたいなものはそこで感じていたんです。

帰国後は、アートディレクションの経験を積んで独立し、グラフィックデザイナーとして活動していました。当時はファッションや音楽の広告のデザインをしていたのですが、広告って消費がすごく早いんです。半年ならまだいいんですけど、数日で終わってしまうものもあって、そこにエネルギーを注ぎ込んでいることに疑問を感じるようになりました。

アートなら歴史に名を残すような挑戦ができると思い、ずっと温めてきていた『装飾』をテーマにアート活動を始めたのが7年前です。

――作品はどのように制作されているのでしょうか。

世の中にたくさんある装飾や民藝の資料を収集してコラージュし、調整を繰り返して、ベースとなる下絵を描きます。それを一度デジタルでグラフィックに作り変えて印刷し、そこに色を塗って、樹脂や岩絵具などを重ねながら仕上げていきます。

装飾の魅力は、視覚的かつダイレクトに脳へ繋がるような強さだと思っています。素材感にしても光沢のある素材や砂のように盛り上がっている素材を、レイアウトを複雑にしながら重ねていき、いかに強さを引き出していくか、視覚的に相手にパッと強さを与えられるか、ということを意識して作っています。だから、作品を見ていただくとわかる通り、情報量がすごく多いんです。

――作品のインスピレーションはどこから得ていますか?

世界中の工藝や民藝の器の絵付けなど、民衆が作り上げてきたものから影響を受けることが多いですね。昨年、韓国の大きな民藝の博物館に行って、そこには漆でできた工芸品がたくさんあったんです。漆の工芸品って日本では当たり前にあるものですが、韓国でも同じような漆の文化があるんだ、と。近い国同士で、文化が共有されていることを改めて感じました。そんなふうに、国や文化の違い、近い文化でも何が同じで何が違うかみたいなことを探究してそこから得ることもあります。

装飾のさまざまな側面を感じる個展

――ホワイトストーン・ギャラリーソウルで個展が開催されています。今回の個展のコンセプトを教えてください。

「Décor is a painless domination (装飾とは痛みを伴わない支配である)」ということを題材にしています。これはどういう意味かというと、昔の王族などは絢爛豪華な衣装やお城、インテリアを含めて装飾を利用して人々に対して力を誇示していたと思うんです。本当は力で屈服させることもできるはずなんですけど、それよりも手っ取り早く装飾で力を見せることでみんなが従う…それが装飾の一つの側面じゃないかと思うんです。

現代のファッションシーンも同じで、ハイブランドの洋服とかゴテゴテしたアクセサリーを身につけることで相手と格が違うことを感じさせることがありますよね。SNSでもいろんな情報で表面を飾るようなことをして、格を見せることも『装飾』ということじゃないかと考えています。

――コンセプトを表現するにあたってどのような展示をされていますか。

会場が3フロアに分かれているので、フロアごとに異なる視点で、煌びやかなものだけではない装飾を表現しようと思っています。まずはこれまで取り組んできたmajesty(威厳)の頭文字から取ったMシリーズの作品を展示するフロア。

また新たに制作した墨絵のようなSシリーズを展示するフロアもあります。Sとはsimilar(類似)とかsimulation(模倣、見せかけ)の頭文字なんですけど装飾が持っている表面的に取り繕っている部分を、墨で描いていたベースの上から樹脂などで加工した花を飾ることで表現しています。表面を徹底的にアプローチすることで装飾は見せかけであるという本質を語った作品です。

Sシリーズの展示

また、別のフロアでは351枚の青い楕円形のパネルを使用し、空間を埋め尽くすインスタレーションを行っています。ここでは装飾の持つ静かな暴力性を表現しました。

今回の展覧会のテーマは、言うなれば「意識そのものが装飾されていること」であり、悪い言い方をしたら洗脳とか同調圧力への同意みたいなものだと考えています。

その線で考え出したのが、インスタレーション作品「Decorative Relationships 001」です。直訳すると「装飾的関係性」ですが、自分なりに「装飾による人間関係ってんなだろう?」と考えた結果です。

Decorative Relationships 001

会場は視聴覚に訴えかける造作になっていて、言葉で説明するのは難しいのですが、言ってしまえば集団社会における個の意見の頼りなさ、同調圧力に対する恐怖感をイメージして制作しました。昨今はマスメディアの表現に対して疑問が投げかけられることもありますが、目に見える「多数派」の象徴であるメディアや広告、SNSにおいても、そうした同調圧力的なシチュエーションに触れざるを得ないことはあるのかな、と考えたりします。

そうした社会の空気感と、僕自身がここ最近行っている「装飾」という概念の拡張を合わせたとき、今回の「Decorative Relationships 001」のような作品が出来てきたと思っています。

時を超えて続く壮大な装飾アートを作りたい

――アトリエは武蔵新城エリアですが、このエリアを選んだ理由を教えてください。

家族ができてから川崎に移り住んだのですが、このエリアって都会に近いけど、近すぎなくて、ちょっとローカルな感じもある。どこか雑多な感じもちょうどよくて。駅前の商店街も情緒があって好きですね。また、川崎は古くから工業地帯があり、ものづくりの街でもあるんです。そういった背景も街の魅力につながっていると感じます。

――制作以外の時間はどう過ごされていますか。

時間があれば海外に行ったり、地方の芸術祭に行ったりして、自分が見たことないものや刺激になるものに触れるようにしています。知らないことを知ることはすごく幸せだなと思っていて。意味がわからないことでも初体験したときに感じる何かがあって、そういう体験をしていくと脳が覚醒して自分のインスピレーションを得るきっかけになったり、自分の経験や過去に考えたことと繋がったりして、新しいものが生まれるきっかけになるんです。

――最後に、夢を教えてください。

僕が思う装飾の魅力というか良さの一つに壮大さがあります。ピラミッドだとか、大きなモスク、ヨーロッパの建築…そういった壮大なものって空間に入っただけで心がつかまれるような、言葉ではなく体感として得られる強さがある。自分もどうにかそんな壮大なものを作りたいと思うんです。

でも、それだけ壮大なものって、昔はたくさんの労働のうえで出来上がってきたはずです。

そうではなく、ポジティブにアートに参加することで、だんだん壮大になっていくというものが作りたいんです。

観光に近いイメージで、ある場所に人が来て、オブジェクトか何かを作ってもらって帰っていく。それをいろんな人が続けることで例えばタワーみたいにどんどん積み上がって大きくなっていく。孫の代になったときに「これはお爺ちゃんのものだね」と見に行ってわかるもの。それでいて美しければいいなと思っています。

まだ具体的ではないですが、たとえ僕が死んでもずっと100年とか1000年の時を超えて出来上がる壮大な装飾アートというものを作るのが夢ですね。

京森康平さん

1985年愛媛県出身。装飾を人や社会、時代を行き来するコミュニケーションの媒体として捉え直し、そのコンテクストを含めた装飾文化そのものを検証し、ペインティング、インスタレーションを中心とした表現を行う。特にアジア地域の装飾文化をインスピレーションソースとし、アジアの工芸や建築といった伝統的な技法、意匠をリサーチする活動も行う。

Kohei Kyomori solo exhibition “Decor is Painless Domination”

会期 : 2024年8月31日 – 10月13日

会場: Whitestone Gallery Seoul

住所 : 70 Sowol-ro, Yongsan-ku, Seoul, South Korea

開館時間: 11:00 – 19:00

休館日: 月曜日

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