パリで2年に一度開催される工芸アートの国際展示会「Révélations」(レヴェラシオン)が6月に開催された。ここはフランスでMétiers d’art(メチエ・ダール)と呼ばれる、いわば職人技術をベースにした工芸クリエイションの数々が主役。陶磁器、ガラス工芸、金属工芸、木工、石工、テキスタイル、さらに糸や紙、そのほかさまざまな素材やテクニックを使った創作が並び、クリエイターはもちろん、ギャラリー、デザイナー、建築家などが世界各国から集まる。



Révélations2023 会場風景 ©Alex Gallosi


会場はエッフェル塔の向かいの広場シャン・ド・マルスにある「グラン・パレ・エフェメール」。シャンゼリゼ大通りの巨大展示場「グラン・パレ」工事中の代替施設として2021年にオープン。パリの主要なアートイベントなどが行われるスポットとして、今ではすっかりおなじみになった。



Révélations2023 会場のグラン・パレ・エフェメール(筆者撮影)


日本と同じように、フランスでも美術家が創る現代アートと職人技術をベースにした工芸は、異なるジャンルとして認識されている。しかしこの国ではその境界を越えていくような工芸アーティストの意志がより強く感じられる。伝統の職人技術や技法を学び、それをリスペクトしつつも、既存の表現に留まることなく作家独自の表現を追求していく。時には技術や素材の垣根を超えたコラボレーションも交え、新しい挑戦がつねに繰り広げられている。


フランスの工芸アート「メチエ・ダール」を語るときに、必ずといっていいほど語られるキーワードが「伝統と革新」だ。ただ技術の高さを競ったり、頑なに同じものを作り続けるのではなく、時代ごとに変化する新しい表現やカタチこそが工芸を発展させていくのだという、信念のようなものがフランスでは感じられる。この国際展示会のタイトル「Révélations」のフランス語の意味は「新発見」。今まで見たこともないアイデアを作品や作家に求めていることの表れと言っていいだろう。



Révélations2023 会場風景(筆者撮影)



Samuel Latour © Samuel Latour


今回の展覧会の広告に採用されたビジュアルは、ロンドン在住の日本人クリエイター・前田邦子さんの作品。彼女はいわば紙の彫刻家で、日本の伝統工芸技術を手本に持続可能な紙の使い方を研究する中で「柿渋」に出会い、それを作品に採り入れた。柿渋は紙に塗布することで天然の防水仕上げとなり、防虫性、耐久性を得ることができる。前田さんは再生紙を使い、レーザーカットで切り込みを入れ、柿渋で得た適度な紙の強度を活かして造形する。



前田邦子さんの作品「Columbidae」 © Kuniko Maeda



前田邦子さん(会場にて筆者撮影)



Révélations 2023会場・前田邦子さん作品の特別展示スペース ©AlexGallosi


前田さんには、作品を見たフランスの主催者から突然連絡が来て、ビジュアルの起用とパリへの招聘を提案されたという。初めは「なぜ私が」と戸惑ったと話す前田さん。しかし平和の象徴であるハトからインスピレーションを得たという作品「Columbidae」のコンセプト、今フランスでも重要視されるサステナビリティの志向、そしてフレームの中で浮いているかのように見える作品の美しさと軽やかさ、繊細さ、ほかにない存在感を見れば、選抜した主催者の思いも当然といえそうだ。



刺繍と陶芸の世界で新たな境地を創り出す、

ふたりのフランス人作家。


地元フランスを中心に約29ヶ国から集まった約350の出展クリエイターのなかで目を惹いたのが、Clémentine Brandibas(クレモンティーヌ・ブランディバス)さん、そしてNadège Mouyssinat(ナデージュ・ムイシナ)さん二人のフランス人女性のブースだ。



Clémentine Brandibas(右)、Nadége Mouyssinat(左)二人のブース(筆者撮影)



ブースに展示された作品(筆者撮影)


二人はともに、2018年のフランス工芸クリエイション新人賞を受賞し、以来工芸アートの世界で注目されてきた存在だ。二人はその受賞をきっかけに出会い、互いの創作表現とその姿勢に共感していて、今回同じブースでの出展を決めたという。



Clémentine Brandibas クレモンティーヌ・ブランディバス

ー 刺繍美術家


クレモンティーヌさんは「刺繍」をベースにした創作を手がける。フランスのトゥールーズに生まれ、2011年にパリのデュペレ国立応用美術学校にてテキスタイルアート部門の刺繍でディプロムを取得。卒業生はオートクチュールなどの刺繍専門職に就く人も多いが、彼女は刺繍というテクニックを使って、自分のアーティスティックなイメージを作品として表現する道を選んだ。



アトリエで創作するクレモンティーヌさん ©Sébastien le Clézio


画家が絵筆を使うように、彼女は針と糸、時には羽根を使って、布の上にとても繊細な絵を描いていく。もともと子どもの頃からドローイングや絵画を描くことは好きだったというが、テキスタイル独特の柔らかな光の反射と豊かな色と風合い、繊細さをもった「刺繍」との出会いが彼女を虜にした。「この繊細さを最大限作品に表現するための技術が欲しい・・・」その思いが彼女を学びへと向かわせ、あとはただひたすらに技術を極めていく歳月が続いた。


持ち前の探究心で、今ではほとんど使われなくなったという伝統の刺繍ステッチを復活させることも。思い描くイメージを形にするためにあらゆる技法を使い、限りない試行錯誤と実験を根気よく繰り返して、彼女だけの表現が生まれてきた。



EAUX DOUCES(部分)©Clémentine Brandibas



EAUX DOUCES ©Clémentine Brandibas


彼女の描く表現は、抽象と具象のあいだにあるもの。風景や植物など自然界の中からインスピレーションを得て、モチーフは生まれてくるのだという。小さい画面でありながらまるで宇宙や深海を描くかのような、あるいは風や波のうねりやパワーを思わせる表現。とても刺繍とは思えない深遠なミクロコスモス(小宇宙)がそこに広がっている。



KOKORO MUNASHIKU(心虚しく) ©Clémentine Brandibas



Nadège Mouyssinat ナデージュ・ムイシナ 

ー 陶芸美術家


ナデージュ・ムイシナさんは、ポーセリン(磁器)のアーティストだ。磁器といっても私たちがよく知っている食器ではなく、それ自体がアートとして成立する「作品」としての磁器。実は磁器を使ってアート作品を創作する人は非常に少ない。



Nadège Mouyssinat ナデージュ・ムイシナさん ©Lyly Keomany


磁器といえばフランスではリモージュが有名だ。18世紀に磁器の製造に必要な鉱物・カオリンが発見されると、リモージュは高級磁器の都として発展。当時は大きな彫刻なども創られ、パリ万博に出展された。しかしやがて大量生産の時代になると食器がメインとなり、芸術としての磁器は半ば忘れられてしまった。


美術や応用美術を学び、石膏の型の造形、デザインを手がけていたナデージュさんは、その失われた伝統に興味を持った。最初はリモージュで職人として「ベルナルド」や「ジャン・ルイ・コケ」といった一流ブランドとの仕事をしつつ、「彫刻家」としてその技術を活かした自分の表現をしたいと、磁器のアートという領域を自ら切り拓いていく旅に出た。



シリーズNùria carbone ©Luna Mouries


完成したオブジェは一見シンプルなように見えるが、数多くの工程を経て作品が作られる。まずは造形的な美しさと構造・技術的な面をすべて勘案しながら、ドローイング、デザイン、そして型を起こし、石膏で母型を制作。そこにカオリンや長石、石英、粘土などを混ぜて作られる液状の磁土を流し込み、乾燥を経て慎重に型を外すと、ようやく彼女にとっての「素材」ができあがる。


そこからさらに削り、磨きをかけるために丁寧に研磨し、形を整え、焼成をかけると、きめ細やかな肌感をもった作品が生まれる。その一つ一つの工程のベースには伝統の技術があり、彼女の長年にわたる試行錯誤と独自の技がそこに織り込まれている。



シリーズNùria blanche ©Edensehn Photography


作品の造形も個性的だ。たとえば「ヌリア」と名づけられたシリーズは、植物のようでいながらどこか官能的な曲線をもち、壊れやすい磁器でありながらまるで浮遊するかのように自立する。上部と下部をつなぐのは、画家のミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の天井画に描いた『アダムの創造』で、神がアダムに手を差し伸べるシーンを彷彿とさせるごく小さな接点。その緊張感のある均衡が、見る私たちを惹きつける。



シリーズPseudosphères ©Louis Vizet


彼女が貫くのは、数多くの試行錯誤から生みだされた限られたシリーズとその作品性にこだわり、磨きぬいていくというスタイルだ。リュクスの世界で仕事をしてきたこともあり、技術と洗練を徹底的に極め尽くすことで初めて作品が芸術的な神秘さと詩情を帯びるということを知った。また2018年に日本を訪れた彼女は、そこで出会った陶芸の職人たちが理想の作品を求めて同じ茶碗を幾度も作り続ける姿を見て、自らのものづくりの姿勢との共通点を感じたという。



Clémentine Brandibas、Nadége Mouyssinat二人のブース(筆者撮影)


クレモンティーヌさん、ナデージュさんの二人に共通するのは、まさにこの理想に向けた探究心と実践かもしれない。工芸の伝統的な技術を使いながらも既存の世界にとどまることなく、自分だけの芸術表現を追求していること。それぞれが思い描く完成度に向けて徹底的に自分を追い込んでいく姿勢・・・。二人がどちらもフランス語で「au bout(限界まで)」という言葉を使っていたのが印象的だ。目指す「高み」が見えているからこそ語れる言葉であり、その表現の方法は違っても、完成した二人の作品はどちらも芸術的なオーラを帯びてそこにある。




■Révélations レヴェラシオン ウェブサイト(英語)

https://www.revelations-grandpalais.com/en/


■前田邦子さんウェブサイト

https://www.kuniko-maeda.com/


■Clémentine Brandibas さんウェブサイト(仏語)

https://www.clementinebrandibas.com/


■Nadège Mouyssinat さんウェブサイト(英語)

https://nadegemouyssinat.com/en/home/



(文)杉浦岳史/パリ在住ライター
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。2013年よりArt Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、アドバイザーなどとして活動中。パリ文化見聞録ポッドキャストラジオ「パリトレ」配信中です。

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