このシリーズでも幾度かご紹介してきた、パリ美術界の殿堂「グラン・パレ」。シャンゼリゼ大通りに沿った美しい風景に面し、これまで数々の展覧会やイベント、パリを代表する国際アートフェアなど、まさにフランスのアートシーンの象徴を担ってきた施設が、修復のためこの春をもっていったんその扉を閉じる。

「グラン・パレ」といえば、その中央にある「Nef ネフ」と呼ばれる高さ約43mの巨大な温室のような展示空間がよく知られている。「ネフ」はフランス語で、カトリック教会の中央にある天井の高い「身廊」と呼ばれる空間のこと。まさしく教会のように大きな十字を描くフォルム、そして荘厳な雰囲気は、モダンな「身廊」そのものだ。

グラン・パレのシンボル空間「Nef ネフ」(2020年のアートフェアART PARIS)

1900年に開催されたパリ万国博覧会のメインパビリオンとして、向かいにある「プティ・パレ」、そしてすぐ隣のセーヌ川にかかる「アレクサンドル3世橋」とともに約3年をかけて建設された「グラン・パレ」。その少し前の1889年に完成したエッフェル塔をはじめ、この時代に建設された多くの建築物と同じように、当時まだ新しかった鉄骨とガラスを素材に使っている。繊細なデザインと綿密な計算で組み上げた姿は、それ自体が芸術品のようだ。

グラン・パレと向かい合う「プティ・パレ」(1900年完成)

パリで最も美しいとされる「アレクサンドル3世橋」の先に「グラン・パレ」の屋根が見える

「グラン・パレ」の修復には、およそ3年かかるという。世紀を超え、完成から100年以上の歳月を重ねた建築遺産を次の時代に受け継ぎつつ、バリアフリーやセキュリティなど、現代の公共空間に求められる規格もクリアしながら進められる一大リノベーションプロジェクト。パリ五輪が開催される2024年に一部を公開し、全面的な再開は2025年を予定しているが、それまでの間はエッフェル塔前に広がるシャン・ド・マルス広場に臨時のパビリオンが設けられる。その名は「Grand Palais Ephémère」(つかの間のグラン・パレ)。臨時とはいえ、約10,000㎡のスペースがあり、「ネフ」を舞台にしていたアートフェアや展示、イベント、ファッションショーなどはここで開催されるという。

建設中の臨時施設「グラン・パレ・エフェメール」(2021年1月撮影)

かく言う筆者も、これまで「グラン・パレ」にはルーブル美術館よりも多く足を運んできた。美術展はここ数年開催された有名なものだけでも、ピカソ、ホッパー、北斎、ベラスケス、ロダン、ゴーギャン、ミロ、エル・グレコ、ロートレックなど、アートの歴史に燦然と輝く作家の名が並ぶ。

しかし、なにより忘れられないのは「ネフ」の壮大なスペースを存分に活かした展覧会シリーズ「MONUMENTA」(モニュメンタ)だろう。

これは、フランスが国の文化事業の一環として2007年から6回にわたり開催したアートイベントで、国際的な現代美術家を招き、この「ネフ」全体にたった1点の大規模作品を創りあげるという野心的なプロジェクトだった。2011年には英国の美術家アニッシュ・カプーアが招聘されたのだが、彼が考えたのは、巨大な生きもののようなバルーンがこの空間を内側から侵食するような<Livaiathan リヴァイアサン(巨大な海の怪物)>という作品。アニッシュ・カプーアは、人間の視覚と空間の概念を変える、あるいは現実と非現実の境界に私たちを連れて行くような作品が多いが、これは「グラン・パレ」の歴史の中でも特に印象的な、まさに度肝を抜かれた展示だった。

MONUMENTA 2011 Anish Kapoor展(Leviathan リヴァイアサン)

その「グラン・パレ」で、閉館前最後の展覧会になるはずだったのが<Noir & Blanc>(白と黒)。その名の通り白黒写真の歴史を追った企画で、写真発明の国であるフランスの国立図書館が収集してきた数万点の写真コレクションから、代表的な約300点を集めた展覧会だ。当初2020年4月に公開の予定だったのがコロナ禍の発生で10月に延期になり、さらに12月に変更され、最終的にはコロナ感染第3波のためその扉を開かないまま、公開を断念せざるを得ないという前代未聞の事態になってしまった。



Bernard Plossu, Paris 1973 24,6 x 30 cm tirage argentique signé, daté, localisé 23,6 x 30 cm Bibliothèque nationale de France © BnF – Département des Estampes et de la photographie © Bernard Plossu

Willy Ronis, Venise 1959 39,5 x 26,5 cm tirage argentique signé, daté, localisé, tampon de l’auteur Bibliothèque nationale de France © BnF – Département des Estampes et de la photographie © Rmn – Gestion droit d’auteur Willy Ronis

技術的にそうならざるを得なかった発明当時の白黒写真だが、カラー写真が出現したあとも、それは今なお変わることなく人々を魅了しつづける。豊かな階調とニュアンス、力強さ、あるいは素材や粒子感など、誕生から150年あまりに渡ってその可能性と美学を追いつづけた写真家たちの歴史が見てとれる展覧会だ。

設営もすべて終えて、観客を待つばかりだった幻の展覧会が、この2月からオンラインで公開されることになった。フランスの展覧会を臨場感のある形で見られる貴重な機会になるので、興味のある方はぜひトライしてみてほしい。

3年間のお別れとなるグラン・パレだが、その臨時施設やパリの他の美術館では大規模な展覧会が今後も予定される。あとはコロナ禍の沈静を待つばかりだ。

グラン・パレ

展覧会「Noir & Blanc 白と黒 写真の美学

バーチャル展示室リンク(観覧は有料4€・仏語)

https://www.grandpalais.fr/fr/billets-individuels


(文/写真)杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年よりArt Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、アドバイザーなどとして活動中。

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