青い瞳(BLUE EYES)”よ、永遠に

2021年10月、歴代最高のジェームズ・ボンドとの呼声も高いダニエル・クレイグが15年間に渡って演じてきた6代目ジェームズ・ボンドの人生が幕をおろした。

通算5作目のボンド映画となる本作は公開から約2週間経った今も、ダニエル・クレイグへの感謝の気持ちとともに喪失感がネット上にあふれている。

作品自体の評価も世界的に高く、いわゆる有終の美、そのもの。

無論、映画自体も豪華でイタリアのマテーラ、ノルウェイ、ジャマイカ、ロンドン、スコットランドでのロケーション撮影、この作品のために15台用意されたASTON MARTINを使用した豪快なカーアクション、キャストに音楽、見どころは幾多あるけれど、本記事ではなぜ、こんなにも彼の演じるボンドの世界に魅了されたのだろうか、その理由に迫ろうと思う。

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”007は愛しの番号” 振り返るこれまでの道筋

まず始めに、少しだけダニクレボンドの歩んだ道を振り返りたい.

「007 カジノ・ロワイヤル」(2006年)で、ジェームズ・ボンドに選出され初の金髪のボンドとなったダニエル。キャスト発表の際は「金髪に青い瞳のボンドなんてありえない」と散々の世論ではあったが、実際に公開したところセクシーさと演技における感情表現の豊かさが評価され、キャスティング時の批判を翻す。はじめて女性を本気で愛したボンドの姿には、筆者もグッとくる部分があったことを覚えている。

続く「007 慰めの報酬」(2008年)では、愛する女性ヴェスパー(エヴァ・グリーン)を失った喪失感に突き動かされていくという姿に触れられる。愛する者を亡くし、自責の念に駆られ感情を吐露し苦悩する姿はあまりにも人間的だった。

続いて、3作目にあたる「007 スカイフォール」(2012年)では、監督に「アメリカン・ビューティー」でアカデミー監督賞を受賞した、構図の美しい画作りが評価されるサム・メンデスを迎え、史上最も美しい007と呼ばれる作品の誕生に貢献した。ボンドガールとしてのポジションにMI6の長官M(ジュディ・デンチ)を位置づけ、母と子の物語としてまだ見ぬボンドの世界を覗かせた。ボンドガールではなく本作以降、時代の流れも鑑みて”ボンドウーマン”と007シリーズのヒロインを呼称する人も増え、いくつになっても活躍できる女性のありかたを垣間見られる時代のニーズに合わせた作品だったことも興味深い。

4作目「007 スペクター」(2015年)ではボンドの過去とプライベートが明かされていく。撮影中の骨折も大きなニュースとなり、この怪我からダニエル本人が肉体的にスペクター以降はもう続けられないと語る一面もあったが「まだボンドを語り尽くしていない」と続投を決めることになる。

そして、前3作品のボスにあたる人物をすべて統括しているのが「スペクター」に登場する犯罪組織のボス、フランツ・オーベルハウザー(クリストフ・ヴァルツ)の存在。

物語は徐々に芯部に集約していく。

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最新作の「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」における最凶の敵サフィン(ラミ・マレック)は、悪の組織スペクターに恨みを持つ人物として登場するから押さえておきたい。

このようにダニクレボンドの世界線は従来のボンドにイノベーションを起こし、同時にユニバースと言っても過言ではないくらいに作品ごとに繋がっていく奥行きを味わうものとなった。

シリーズを未見の場合は最新作を鑑賞する前に、最低でも前作に当たる「スペクター」は観ておかないと完璧な理解は難しいかもしれない。

可能であれば「007 カジノ・ロワイヤル」も。最高の時間を約束します。

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今回の物語は、MI-6を辞職し現役を退いたボンドがスペクターで結ばれた、愛するマドレーヌと共に休暇をとっているところからスタートする。

そんなボンドのもとに旧友のCIA職員が現れ、誘拐された科学者を救ってほしいという依頼を受け現役復帰を果たす。凶悪な最新兵器を備えた黒幕の姿を追うことになっていくというものだ。

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”私の愛したスパイ”ダニクレボンドのスペシャルな魅力

身体能力を活かしたダニエル・クレイグ版のボンドは、アクションをふんだんに盛り込みながら、同時に老いや身体的な衰えといった抗うことのできない運命と常に闘ってきた。

ときに苦悩し葛藤するその姿はスパイがスーパーヒーローではなく、私達と同じ1人の人間であることを教えてくれた。

ダニエル・クレイグの演じたボンドの世界観、それはスパイというよりも必死に生きることに身を投じた男の人生に他ならないのである。

ある意味ファンタジーのようなスパイという設定を自分ごと化させ、感情移入できる作品に昇華することに成功した。 かつてのイメージだったプレイボーイ色は最小限に抑えられ、なんともパーソナルな存在にシフトチェンジしたように伺える。50年続いた作品の主人公のイメージを覆し、身近な存在へと変貌を遂げた。

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また、これまで作品ごとにヒロインが選出されていたボンドウーマンへの向き合い方も変化した。

6代目ボンド作品群にも無論美しい女性が作品ごとに登場するものの、ボンド自身は特定の女性を最後まで愛し抜く。

彼の決断のトリガーには愛した人への面影が見え隠れし、必死に愛を貫く男の人生の旅路を描いた恋愛映画的な側面にはロマンスさえも感じた。

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去りゆくあなたへのラブレター”YOUR EYES ONLY”

遡ること2005年、ダニエル・クレイグがボンドに抜擢された際の批判を詳細に覚えている人も少なくないだろう。

「金髪で、青い瞳のジェームズ・ボンドなんてありえない」と。

世界中のファンからブーイングされ、映画鑑賞をボイコットするサイトまで立ち上がる騒ぎがとなった。 しかしながら、その批判や重圧を乗り越えた彼は、従来の007ファンだけでなく新たなファン層までも確立した。

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25本すべてのボンド映画を鑑賞してきた私もまさかこのシリーズで涙を流すことになるとは正直なところ想定していなかった。

「最初にボンドを演じたとき、役作りに3ヶ月かかった。それが今では1年くらいかかけている。」とダニエル・クレイグは述べる。それだけじゃなく撮影期間もおよそ7ヶ月かかっている。回を増すごとにハードになる役作り。

どれほどの時間と熱量で、ジェームズ・ボンドに向き合ってきたのか計り知れない。

ダニエルのボンドという役柄への向き合い方と、物語のラストはシンクロしていく。

そして観るものは、学ぶ。

最高の終幕を迎えるには、やはりよく生きねばならぬということを。

一見ありきたりなメッセージかも知れないけれど、このテーマを決してありきたりじゃない方法で伝えてくれることに思わず拍手を送りたくなる。

彼の放つセリフは、ボンドにキャスティングされた際の非難を覆し「これが僕のジェームズ・ボンドの人生だった」ということを誇らしげに微笑んでいるようにもみえた。

マドレーヌは伝える。

「青い瞳よ…」

空を見上げ、彼は言う。

「僕の瞳だ」

続けて静かに語られる。

「ボンド、ジェームズ・ボンドという人がいた」

涙が静かに頬をつたう。これは、映画史に残る最高の送別。

新鮮さと、驚きと、感動をくれたあなたに今、告げたい。

“青い瞳”よ、永遠に―。YOUR EYES ONLY.


映画ソムリエ東紗友美(ひがし・さゆみ)

1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。

HP:http://higashisayumi.net/
Instagram:@higashisayumi
Blog:http://ameblo.jp/higashi-sayumi/


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