日本最大の内海(面積は2万3,203平方キロメートル)である瀬戸内海には、700以上の島が点在しています。内海であるお蔭で波は穏やか、景色はとても情緒的で平和です。一方、本州・四国、九州に囲まれ、紀伊水道と豊後水道で太平洋に、関門海峡で日本海に開いているというドラマチックな内海でもあり、この内海に浮かぶ小さな島、‘レモンの島’として知られる生口島(いくちじま)が今回の舞台となりました。
人口約8,000人の静かな島に、2021年3月1日、日本旅館「Azumi Setoda」が誕生。この宿は一見すれば旅館ですが、中身は和のリゾートホテルのような趣があります。さらに、この旅館には島を愛する若い力が結集され、島の未来を変えるだろうとも言われています。そして、島の新たな文化・観光の発信基地ともしていこうという宿の意義深いお披露目となりました。
開発は(株)アズミ・ジャパン(本社京都市)、さらにこの開発には、世界的なホテリエとして知られるエイドリアン・ゼッカ氏の名も連ねています。氏は30年以上も前に、世界中のリゾートファンの心を鷲掴みにし、セレブリティやジェットセッターを魅了したタイのリゾート「アマンプリ」の創業者でもあるのです。日本を愛する氏が、長年夢にまで見た「RYOKAN」の1号店としてここ瀬戸田がその舞台に選ばれ、世界中に発信されました。
「Azumi Setoda」の建つ場所は瀬戸田港に近いとはいえ、客室のオーシャンビューはなく町並みに溶け込んでいます。瀬戸田には、かつて塩の町として「潮を待つ」という意味を含む「しおまち商店街」が残り、「Azumi Setoda」はその商店街の入り口近くにあるのです。塩の生産で江戸期に世間を轟かせた豪商、旧堀内家の屋敷跡であり、素晴らしい日本家屋の集合です。富を得た商人の豪奢な屋敷が、「Azumi Setoda」となるために、全体の躯体が残され内部は完全に化粧直しされました。その内部には、今では貴重となった木造の太い梁や障子、様々な技巧や貴重な建築部分が残されており、East meets Westの融合を想わせるモダンで瀟洒な宿に再生されました。
シンプルなデザインですが高級感が漂う客室22室は新築です。庭に植栽された1本1本の木々や植物、石にまで丁寧に気を配り、格式を残しながらも快適に過ごせるよう、今流のモダニズムが表現されています。私には、その高級感漂う意匠にかつてのAMANが薫り、どうしても記憶と重なります。現代のラグジュアリーとは、かつてゼッカ氏が作り上げてきたように、きっと、こうしてそぎ落とす美学が再来しているのでしょう。念入りに計算された伝統とモダニズムの融合により、「Azumi Setoda」には、その計算通り、新しさと共に、未来に継ぐべき‘伝統’を同時に表現した稀有な宿に仕上がっています。ゼッカ氏のDNAが継がれているのでしょう。
館内にダイニングは1か所、スパイス遣いで独自の世界を創作する京都「ブランカ」の人気シェフ、吉岡哲生氏の監修のもとにあるといいます。大皿や小皿で提供される気取りのない家庭的な料理であり、それらの食器類はかつて、旧堀内家で使われていた貴重なアンティークもの。皆で豪快に食べる一期一会の会食と謳っています。会席料理とは違い、地産地消をカジュアルに味わえるワクワクする料理がテーブルを飾ってくれます。
面白いのは、宿の対面に造られた「yubune」(銭湯と宿泊)にもありました。開業前は、「回数券のような島民割引も準備中」と語っていました。島と共に賑わいをとり戻したいと、町興しの意図を基盤に据えた日本旅館「Azumi Setoda」。すでに宿には全国各地からゲストが訪れています。同時に、「yubune」にも、望み通り地元の人々が通ってきていると聞かされました。一つの旅館のオープンがひとつの島を活性し、それがいつか地方全体を動かす再生となり、次には世界に出ていく…。そんな未来に向かうグローバルな日本旅館の存在になって欲しいと願います。
取材・文/せきねきょうこ
Photo: Azumi Setoda
せきねきょうこ/ホテルジャーナリスト
スイス山岳地での観光局勤務、その後の仏語通訳を経て1994年から現職。世界のホテルや旅館の「環境問題、癒し、もてなし」を主題に現場取材を貫く。スクープも多々、雑誌、新聞、ウェブを中心に連載多数。ホテルのアドバイザー、コンサルタントも。著書多数、21年4月、新刊出版。
DATA
Azumi Setoda
広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田269
https://azumi.co/setoda/
料金:1泊1室朝食付き約6万5,000円~(税・サ別、銭湯入浴込)
館内施設:ダイニング、ラウンジ、あずまや、ギャラリー
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