人間にはどう気をつけたって直せないバグがある。

本音を話したい相手であるほど、本心を言えなかったり、ときには真逆の感情をぶつけてしまったり。

なんて面倒くさい生き物なんだろう。

—「あなたとは、わかりあえないからさよならしたい」

かつて交際相手にそんな風に別れを切りだしたことがある。

「この人は自分をわかってくれない」と嘆いて別れを選ぶ人間は多い。

じゃあ相手のことをきちんと理解できていたらその関係は長く続くんだろうか。

Netflix映画「マリッジ・ストーリー」独占配信中

実は、そんなことはない。

 “愛情”と“理解すること”は、必ずしも比例しないから難しい。

お互いが最大の理解者であるにも関わらず、離婚に突き進む二人がいるのはよくあることだ。

そんな風に自分をわかってくれる人間から自らの意思で離れようとする行為は、不思議に思えるかもしれない。

でも別れによって愛を確認することもある。

これもまた、人間のバグなのかもしれない。


別れを通し、愛を確認する。Netflixオリジナル映画『マリッジ・ストーリー』。


『マリッジ・ストーリー』はニューヨーク出身の舞台演出家チャーリーとロサンゼルス出身の女優ニコルの夫婦が、離婚を決めたもののそのプロセスに戸惑い、親としてのこれからに苦悩していく人間ドラマ。

破局を通じ、お互いがどれほど人生に影響を与える存在であったかを確認していく大人のラブストーリーだ。

派手な演出はなく主要キャストの演技とセリフだけでストーリーは進んでいくが、コメディタッチでテンポがよく全く飽きることはない。

離婚劇といっても重たすぎず、ブロードウェイとハリウッドのそれぞれの舞台裏や知らない世界を覗いた気分も味わえる映画になっている。

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アメリカの離婚事情のシビアな面や、見え隠れする人間の本性をうまく描き、本年度のアカデミー作品賞の候補作品にまで食い込んだ。配信系の作品に対する評価が安定しない現状で、ハリウッドの頂点を争う作品賞にノミネーションされた意義は深い。

この映画に現実感があるのはノア・バームバック監督自身の離婚経験をもとにして作られているということも大きいだろう。過去に女優との離婚経験を持つノア監督は、現在ハリウッド気鋭の女性監督グレタ・ガーウィグ(『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物』)と婚姻関係を結ばずパートナーとして関係を続けている。昨年には子どもも誕生した。

赤裸々な告白映画にも見えるが、法や制度といった“かたちにとらわれない愛”を模索している監督本人が撮ったからこそのリアリティにも触れられる。

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主人公の夫婦を演じたのはアダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソン。スターウォーズのカイロ・レンとアベンジャーズシリーズのブラック・ウィドウと説明すれば、ピンとくるかもしれない。

重厚な人間ドラマからアート系作品まで幅広く演じることができる2人だ。

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スカーレット・ヨハンソンも自身の離婚経験を徹底的に役作りに活かした。

数千本の映画作品に出会った私としても2人の演技は、賞賛に値するものだった。

後半に長回しでかつて愛しあった2人が、徹底的にののしり合う激しい口論のシーンがある。このシーンはワンカット長回しで撮られているが、なんと2日かけて50テイク近く撮影したとのこと。特にセリフを発する時のリアリティだけでなく、2人の”泣き”の演技がひたすらに味わい深い。ただ涙するだけでなく、そのタイミングまで感情の昂りにぴったりとはまっている。あまりのリアリティに驚嘆し長年連れ添った親しい友人の物語かのように感情移入し、思わず胸をつまらせてしまうほど引き込まれた。

撮影に使われたのはコダックの35ミリ・フィルム。現場の質感ごと切り取られるような映像も本作の特徴だ。

舞台となるニューヨークとロサンゼルスでは自然光の具合が全く異なる。街の持つ風合いまでもが映し出され、視覚的にもリアルに訴えかけてくる。


パーフェクトなワーキングウーマン“ローラ・ワッサー”の存在

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最後に注目してもらいたいのが凄腕離婚弁護士のローラ・ワッサーの存在。

当初は円満な離婚を求めていた2人だが協議の過程で、これまで閉じ込めてきた互いに対する不満が露わになり、離婚弁護士を雇って争うことになる。

その際、妻ニコルの弁護士を務めたのが劇中でも強烈な印象を残した超個性派弁護士のローラ・ワッサーだ。実は、彼女は実在している。

1時間当たりの相談料は900ドルと言われ、10億円以上の資産を持たない人の弁護は引き受けない主義だそう。

離婚によってマイナスイメージをつけたくないセレブたちの支持を受け、ブリトニー・スピアーズにジョニー・デップにライアン・レイノルズ…数多のセレブの離婚問題に関わってきた。特にブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの離婚問題が日本では有名だ。

本作でニコルに自分を雇うべきだと迫るシーンを観れば、彼女のクロージング能力の高さが伝わるはずだ。

彼女を演じたローラ・ダーンはこの役ではじめてオスカーを獲得して話題になった。ハリウッドのキーパーソンの1人だ。

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幸せを永続させることへのヒントとはー。

2人の結婚生活がそうだったように、変わらないものはない。人生には、良いときも悪いときもある。

だからこそ永遠の幸せというものは存在しない。

そんな一過性である幸せだけれど、ほんのすこしでも長続きさせるヒントをこの作品から見いだせる。

彼らは別れを通じて後悔を感じながらも気付く愛があることを知った。でも、彼らにはまた違う未来があったのではないかと思わずにはいられないことがとにかく切ない。彼ら夫婦に限ったことではなく、長く時間を過ごせばいつしか戦友のようになり、そばにいて当たり前の存在になっていく。

最初に感じていた幸せまで日常の風景にいつのまにか落ち着いていってしまう。だからこそ、常日頃から自分は恵まれていると感謝の心を持つこと。

それが幸せを長続きさせるヒントだ。感謝をすればそのたびに、自分は恵まれていることに気が付いて心があたたかくなる。

結婚に限らず、お互いが感謝を忘れずに付き合えたら、その関係はなんとも心地良い。

家で過ごす時間が長い今こそ、ゆっくりと配信映画をみて、さまざまな家族のカタチについて考えるのもいいかもしれない。


Netflix映画「マリッジ・ストーリー」

https://www.netflix.com/jp/title/80223779

映画ソムリエ 東 紗友美(ひがし・さゆみ)

1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。

HP:http://higashisayumi.net/

Instagram:@higashisayumi
Blog:http://ameblo.jp/higashi-sayumi/

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