いつもなら、新しい展覧会や人々が心待ちにしたイベントが重なる春のパリ。今年は新型コロナウィルスの影響で、世界的なアートフェアである「アート・パリ」や「ドローイング・ナウ!」は延期。6月、7月のファッションウィークやオートクチュールコレクションのショーも早々とキャンセルが発表された。まだ成り行きを見守っているイベントもあるが、多くのジャンルで夏頃まで影響がつづきそうなのは間違いない。

美術館や舞台、コンサート会場などは閉鎖を余儀なくされ、パリ市民は許可証を携帯しなければ買い物にも出かけられないという、これまでに経験のない不自由な暮らしを強いられている。ようやく春が来て家族や友人たちと出かけ、街歩きやカルチャーを楽しみたいと思っていた人々にはつらい日々がつづく。

そんな中、注目されているのが美術館や博物館などによるネットを使ったさまざまな試み。休館中の美術館・博物館のオンラインビューイングやさまざまな画像・映像コンテンツの配信。そしてオペラ座やエッフェル塔など、有名スポットの裏側や歴史をビジュアリスティックに見ることができるバーチャルツアーなど。かなり高解像度で再現され、しかも外国から見る私たちにとってはフランス語や英語がわからなくても楽しめる。そんな新しい「体験」をいくつかご紹介したい。

■オルセー美術館



かつての鉄道の駅を改装して、1986年に開館したオルセー美術館。印象派を中心に、ルノワールやモネ、ゴッホなど18世紀から19世紀の作家の作品が所蔵されていることで知られている。オンラインビューイングでは、1900年のパリ万博に合わせて建設された駅のデザイン画から、その構造の隠された秘密、それが戦後になって美術館になるまでのさまざまな経緯を秘蔵の写真で紹介。そしてロダンをはじめとした近代の彫刻群がおかれたメイン展示場の360度ビューイングなどを見ることができる。

オルセー美術館バーチャルツアーから

https://artsandculture.google.com/exhibit/ARK7SK5T

■ルーブル美術館

2019年には約960万人もの来場者を迎え、「世界で最も訪問された美術館」に君臨するルーブルも今は閉館中。ルーブル宮の建物や前面に広がるチュイルリー庭園まですべてが閉ざされている。ふだんは世界中の観光客でにぎわうその様子も交え、ルーブルの主だったシーンの360度ビューイングが見られるのが下記のサイトだ。ガラスのピラミッドからはじまり、その下のナポレオンホール、グランドギャラリーと呼ばれる大展示室など、ルーブル美術館のスケールと荘厳さを感じることができるのが特徴だ。また美術館公式のインスタグラムでは、臨時閉館中もほぼ毎日、館内の名作や風景がアップロードされていて、その奥の深さが伝わってくる。

ルーブル美術館バーチャルツアーから「ナポレオンホール」

ルーブル美術館バーチャルツアーから「ギャラリーメディチ」

https://www.youvisit.com/tour/louvremuseum


ルーブル美術館 公式インスタグラム

https://www.instagram.com/museelouvre/

■ポンピドゥーセンター近代美術館

1900年以降の近現代美術を紹介するパリのポンピドゥーセンター。ここは米国ニューヨーク近代美術館(MOMA)やロンドンのテート・モダンなどと並ぶモダンアートの殿堂だが、企画される展覧会は常に世界から注目されている。下は、本来なら現在開催されているはずのハンガリー系フランス人の美術家ヴィクトール・ヴァザルリの回顧展を紹介したもの。抽象絵画、かつ目の錯覚にもとづく特殊な視覚的効果を狙った「オプ・アート」の旗手であるヴァザルリの特徴的な作品の数々はもちろん、パリの眺めが美しいポンピドゥーセンターの様子もわかって楽しい。



■オペラ座ガルニエ宮


パリのオペラ座、といえば街の中心部にある「オペラ・ガルニエ」の建物。1875年1月にオープンしたネオ・バロック様式の建築は、数々の彫刻で飾られ、ホール内部にはフランスで活躍したロシア人画家マルク・シャガールが1964年に完成させた天井画『夢の花束』が豪華なシャンデリアとともに観客を見下ろす。

下のバーチャルツアーでは、その大きな絵画の全貌が見られるのだが、ストラヴィンスキーの『火の鳥』など14人の音楽家とその楽曲をモチーフにしたものになっているところが、音楽をこよなく愛したシャガールらしい。実はこの天井画の裏には、このオペラ座が完成した当時描かれていたジュール=ウジェーヌ・ルヌヴーの絵が今も残されている。そんなことを考えながら見ていくと、よりイメージがふくらんでくる。

オペラ座バーチャルツアーより シャガールの天井画

https://artsandculture.google.com/partner/op%C3%A9ra-national-de-paris

■ミュゼ・ド・ラ・ミュージック 音楽博物館

パリの北東部には、大規模な公園の一角に音楽にまつわる施設がまとまった場所「シテ・ド・ラ・ミュージック」がある。ここにはパリ管弦楽団の本拠地となるコンサートホールや、音楽家のエリートが集まるパリ国立高等音楽院、そして「ミュゼ・ド・ラ・ミュージック(音楽博物館)」があり、パリのクラシック音楽シーンの中枢になっている。

博物館には、音楽を奏でる楽器が工芸品としての価値を持ち始め、その美しさを競うようになった17世紀頃からのあらゆる楽器が展示されている。それをオンラインでも見られるのが下のバーチャル展示だ。古楽器を見るだけではなく、その音を聞くことができるのも特徴で、クラヴザンやリュートなど現代ではめったに見ることのできない楽器の優しい音色が心に響いてくる。

音楽博物館バーチャルツアーより

https://artsandculture.google.com/exhibit/TAKiqDIFw98kJg



コロナウィルスの影響で注目されるこうしたバーチャル体験の数々。ドイツの文化大臣が「アーティストは今、生命維持に必要不可欠な存在」と、芸術活動への援助の重要性を語ったというが、欧米では緊急事態で家にいなければならない時こそ、文化にふれる時間が必要だということが語られる。

もちろん実際の目で見ることに勝るものではないけれど、今の技術では写真だけで見たりするよりずっとリアルに現場の雰囲気や動線がわかり、臨場感が伝わってくる。近いうちにまた海外への行き来が容易になる日を待ちながら、世界のさまざまな名所巡りを「予行演習」しておくのも良いかも知れない。

杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。広告、アートの分野におけるライター、キュレーター、コーディネーター、日仏通訳などとして幅広く活動。

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