秘かに狙っていた高級ブランドのアイテムをようやく手に入れたとき、気持ちだけでなく、目線も自然と上を向く。口角が上がる。背筋が伸びる。
そんな経験をした女性は、少なくないだろう。
簡単には捨てられない、美しいフォルムとフォントで織り成されたブランド名の書かれた紙袋。袋の中身は、手に入れたばかりの“憧れ”が入っている。
それを手に下げていると、摩訶不思議な力が宿るのは女の本能に近いものなのかもしれない。ちょっとした立ち居振る舞いにも、上品さを透明化したようなエレガントパウダーがふりかかる。
今回紹介する映画の持つ力は、それとなくこれに類似しているのかもしれない。
スクリーン越しに伝播していくイギリスの伯爵家の人々の華麗なる生き様と、壮麗に佇むイングランド北東部ヨークシャーに位置する大邸宅「ダウントン・アビー」に宿る圧倒的な磁力。
自分の生活とは程遠く思えるこの場所に私の人生は関係ないと思っていた。
貴族たちの非日常的な生活を覗くための映画だと勘違いしていた。
しかし、その見解は打ち砕かれた。
自分の置かれた境遇や、立場や、生きた時代などは関係ない。
『ダウントン・アビー』。それは“守りたいものがあるすべてのひと”のための物語。
2010年9月の放送開始以来、ドラマ『ダウントン・アビー』はゴールデングローブ賞やエミー賞など錚々たる賞に輝き、世界200カ国以上の国と地域で大ヒットし、シーズン6まで放送された。
ドラマシリーズの舞台は1912年から1925年のイギリス。ヨークシャー地方の大邸宅ダウントン・アビーに住むグランサム伯爵クローリー家とその使用人たちの日常に史実が織り込まれたヒューマンドラマとなっている。2020年1月10日に公開される映画版は、全米では初登場1位のヒットを記録した。
ドラマ『ダウントン・アビー』の評判については、もちろん聞いたことがあった。
しかし、映像の仕事をしているにもかかわらず、私は1度も鑑賞したことがない。
友人達の間で話題に上がるたび会話に入れず、私はちょっとした「ダウントン・アビーコンプレックス」を患っていた。
19人もの人物が登場し、複雑に見える人物相関図。当然予習が必要だと思い込み、シリーズが6まであることにも身構えていた。
結果的にお話しするとこの映画作品、予備知識を入れずに、準備せずに観ても問題はない。
当然、オリジナルドラマシリーズから見ていたほうがより思い入れも増すだろうし、キャラクター間の強固な精神的な結びつきなども感じられるだろう。
しかしながら、映画の公式サイトであらすじさえ読めば事足りるほどわかりやすく作られていた。
なによりこの物語の一部が自分の血肉となったことに頬が緩む。
仕事で忙しい女性こそ、今回の映画を通してこの作品のエッセンスを取り入れるには絶好の機会となるはずだ。
映画版の舞台は、テレビシリーズの最終回から2年後となる1927年の数日間に焦点をあて、英国国王夫妻がダウントン・アビーを訪問するという一大事を描く。
当主のグランサム伯爵家の長女で、ダウントンを切り盛りしているメアリーはかつての執事カーソンと共に国王夫妻を迎えるためのパレードや豪勢な晩餐会の準備にあたる。
そんな慌ただしさの中、一族やメイドたちのスキャンダル、ロマンス、策略が見え隠れし、メアリーは大きな決断を強いられるのだった――。
必死に自らの仕事を全うする人々、そして絵画や銀食器など、部屋の細部まで完璧に配置された邸宅内…。
アフタヌーンティーを飲んでいるかのごとく優雅な気分でイギリス文化に触れられ、自分も招待客のゲストになったかのように細部まで覗くことができる。
ハイクレア城という実在するこの独特な建築物をロケ地にした本作の脚本家ジュリアン・フェローズの城に対する情熱は相当なものだった。
「ビクトリア朝後期の自信、帝国の自信を感じさせる」と評されたこの城は、今もカーナヴォン伯爵家の人々が暮らす。見学ツアーが年に2度開催されているが、世界中から観光客が訪れ、すぐに完売となってしまうそうだ。
本物の伯爵家の暮らしに触れながらも一流の製作陣とキャストがドラマを繰り広げる。現実と夢の融合だからこそ格別で特別な物語となっている。
東京ドーム約85個分と同等の広さである1000エーカーの敷地に、ガーデニングの本場である英国のイングリッシュ・ガーデンの魅力を世界中に知らしめた天才造園家ランスロット(ケイパビリティ)・ブラウンが設計した絵画のような庭園が広がる。
広大な庭に風格を漂わせながら佇むダウントン・アビー、そして絵画の一部かのように見える空。そのすべてが観るものを虜にしてしまう。
そんな極限のロマンチズムの宿った家の内部で19人の人生と、決断に触れる。
それぞれの性格、価値観、悩み、そして選択。
愛する人の胸に飛び込む決断をする女。
自分の守るべきものに気付き、そのために生きる決意をする女。
多くの人々の信頼を勝ち得て、新たな道標をしめす女。
鮮やかで豊かな人間味に触れ、人を見る目が磨かれていくような快感を味わう。
そしてその中でも、変化を受け入れ、時代に合わせて自らも変わっていくことを誓う女性の姿は特に印象に残る。
数々の試練を受けながらも時代を越えて、今日まで守られてきた大邸宅。
安住の地を守るという母なる強さ、一方で目まぐるしい近代化にも応じようとしている姿勢には潔さという男らしい強さも共存している。
男らしい逞しさをもった女か、包容力を持った母性的な女か。
無意識に自分をどちらのタイプかに当てはめようとする女性は意外にも多いけれど、もうその必要はないのだ。
どちらの要素も、1人の女の中に共存させて良いのだ。
◯◯らしさなんて枠にハマらない柔軟性を持っている人こそ、この変わりゆく時代で真実を見つめられる。
この映画は、そんな大切なことをそっと語りかける。
イギリス文化のハイティー。
久しぶりにゆったりとした気持ちで飲み干した気分になるかもしれない。
ダウントン・アビー
2020年1月10日(金)、TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー
監督:マイケル・エングラー
脚本: ジュリアン・フェローズ
出演:ヒュー・ボネヴィル、ジム・カーター、ミシェル・ドッカリ―、エリザベス・マクガヴァン、マギー・スミス、イメルダ・スタウントン、ペネロープ・ウィルトン
配給:東宝東和
© 2019 Focus Features LLC and Perfect Universe Investment Inc.
公式サイト:https://downtonabbey-movie.jp/
映画ソムリエ 東 紗友美(ひがし・さゆみ)
1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。
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