芸術大国フランスを象徴するものといえば、美術の歴史に名を連ねる多くの芸術家と世界に名だたる美術館が話題になるが、もうひとつ忘れてはならないのは「アートギャラリー」の存在だ。

フランス、とりわけパリで芸術が発達したのは、古くは国王や貴族のような美術品を愛するパトロンがいたことが大きい。それが近代になってからは、芸術家の作品を購入し、所有し、それを自分の家などに飾るコレクターや愛好家の市民たち、そしてそれを販売するギャラリーがその役割を担ってきた。19世紀頃にはその仕組みが定着し、それが形を変えながらも今に続いている。

現代美術家、つまり今この時代に活動している美術家を中心にプロモーションし、その作品を取り扱う現代アートのギャラリーは、フランス全体で約2000軒以上、パリだけで約1000軒が経営をしているというから、かなりの数にのぼる。中にはクローズドでコレクターとのやりとりをしていたり、オンラインのみの運営もあるが、多くは街の中に場所を構え、そこで自分たちが「これぞ」と思う芸術家の作品を展示、紹介する。作品を手に入れたいと思うコレクターはもちろんだが、買うつもりのないアートファンもギャラリーを訪れ、それを見ることができる。世界の美術館やアートセンターで展示されるような重要な作家も多く、それが間近でしかも無料で見られるとなれば、ファンたちが見逃すはずもない。

パリ中心部のギャラリーは、いくつかのエリアに点在しているが、その代表格はサン・ジェルマン・デ・プレ地区。これまで数々の巨匠たちを輩出してきたパリ国立高等美術学校があり、セーヌ川をはさんで対岸にはルーブル美術館もあることから、歴史的に「アートの街」の空気が育まれてきた。古美術商も多く店を構えていて、それこそルーブルのようにエジプトの遺物から絵画、彫刻、宝飾品、そして現代美術に至るまで新旧ありとあらゆるアートがモザイクのように街に散りばめられている。

この地区の現代美術ギャラリーで知られているのは「George-Philippe & Nathalie Vallois ジョルジュ=フィリップ&ナタリー・ヴァロワ」、そして「Kamel Menneur カメル・メヌール」だろうか。名前はそれぞれギャラリーのオーナー、つまりギャラリストの名前から来ている。

Galerie Georges-Philippe & Nathalie Vallois ギャラリー・ジョルジュ=フィリップ&ナタリー・ヴァロワ 展示風景

ちなみに欧米を中心にしたギャラリーの世界では、このようにギャラリストの名前がそのまま名称になっていることが多い。フランスは特にその傾向が強いように思える。彼らは美術の目利きであり、作家の代理人、プロモーターであり、そしてコレクターや美術館関係者などとの社交や展覧会企画も時には取り仕切るプロデューサーである。世の中にはつねに数多くのギャラリーが誕生しているが、その中から百戦錬磨の限られたギャラリストだけが生き残る、まさに実力主義の世界。それゆえ美術界における影響力や地位も高い。

ギャラリー・ジョルジュ=フィリップ&ナタリー・ヴァロワのディレクター、ナタリー・ヴァロワ

「ジョルジュ=フィリップ&ナタリー・ヴァロワ」は、1990年9月にその扉をひらいて今年でちょうど30周年のアニバーサリーを迎えた。その名の通り、ジョルジュ=フィリップとナタリー、2人のディレクターがギャラリーを率い、1960年代を中心に世界的な潮流となった前衛的な芸術運動「ヌーヴォー・レアリスム」を専門分野としている。ニキ・ド・サンファル、ジャン・ティンゲリーなど近現代美術史に名を残す芸術家もこのギャラリーの扱いだ。

現在ではそのアヴァンギャルドな精神を受け継ぎつつ、新しい芸術家の発掘にも余念がない。日本人では、今秋スイス・バーゼルのティンゲリー美術館で大がかりな個展を開催、金沢21世紀美術館(2017)や原美術館(2017)での展覧会も記憶に新しい泉太郎がギャラリーのアーティストリストに並ぶ。

Galerie Kamel Mennour ギャラリー・カメル・メヌール

同じ地区にある「カメル・メヌール」も今や世界的に知られたギャラリーだ。1999年の設立当初は写真家を中心に扱っていたが、その後、現代アートに軸足を移し、若手の発掘とともに、ダニエル・ビュレン、クロード・レベック、フランソワ・モルレ、マーティン・パー、アニッシュ・カプーアなど、国際的評価の高い作家を次々に取り込んできた。自らがメディアにも登場するなど、いまフランスで最も影響力のあるギャラリストの一人となったオーナーのカメル・メヌールは、現在パリだけで3つのスペース、そしてロンドンにも店舗を構える。

Galerie Kamel Mennour ギャラリー・カメル・メヌール 展示風景

現在は、ダニエル・ビュレンとフィリップ・パレノという現代美術シーンを代表する2人の作家による展覧会が開催されている。色のついた光がそれぞれの窓に設置されたシャッターの開閉によって、見えては隠れ、隠れては色を変えてまた現れる。ダニエル・ビュレンのシンボルであるストライプが施された鏡の柱が、またその風景を変えて、ひとときも同じ表情でいることはない・・・。現代美術館で行われるような大規模な展示が、プライベートなギャラリーで実現する。まさに世界的なギャラリーの本領発揮である。

アートギャラリーの多いサン・ジェルマン・デ・プレ地区とルーブル美術館を結ぶ「芸術橋」

セーヌ川を渡ってパリ右岸に移ると、近現代美術館のあるポンピドゥー・センターの周辺から東側にかけての「マレ地区」が、ギャラリーの集まったエリアになっている。「マレ地区」といえば、ファッションやデザイン、クリエイター系の雑貨ショップが軒を連ね、パリでいちばん洗練されたおしゃれな街として知られる。サン・ジェルマン・デ・プレとは違ったこうした文化的背景やポンピドゥー・センターのお膝元というロケーションもあって、こちらは点在するギャラリーのほとんどが現代アート専門というところが特徴だ。

Galerie Templon ギャラリー・タンプロン 展示風景

このエリアにショールームを構えるギャラリストの中で、パリの美術界を語るのに欠かせない重要人物が「Galerie Templon ギャラリー・タンプロン」を率いるダニエル・タンプロンだろう。ギャラリー創設は1966年で、この世界ではもはや「老舗」といってもいい。扱うアーティストの数は現在40人以上。その中には、日本人美術家の塩田千春も含まれる。これまでジョセフ・コスース、ドナルド・ジャッド、カール・アンドレなど「コンセプチュアル・アート」や「ミニマリスム」など美術史の重要な潮流を紹介してきた。

ほかには、こちらもパリにおける現代アートシーンの立役者の一人、エマニュエル・ペロタンのギャラリー「Galerie Perrotin」もこのマレ地区にある。

Galerie Perrotin ギャラリー・ペロタン エントランス

Galerie Perrotin ギャラリー・ペロタン 展示風景

エマニュエル・ペロタンは1990年、21歳の若さにして自宅アパルトマンに最初のギャラリーを開いた。その独特の目利き力と先見の明で、有力な若手美術家を見つけ出し、そこから現代美術の新しい波を創りあげた。そこには村上隆やマウリツィオ・カテラン、ソフィ・カルなど錚々たる作家の名が並ぶ。現在ではニューヨーク、香港、東京、ソウル、上海など9つのスペースを運営し、現代アート界になくてはならない存在になった。

Galerie Chantal Crousel ギャラリー・シャンタル・クルーゼル 展示風景

他にも「Chantal Crouselシャンタル・クルーゼル」、「Thaddaeus Ropacタデウス・ロパック」など、国際的な活動をするギャラリーがここマレ地区には数多く存在する。それぞれのギャラリストが独自の視点で美術家を発掘し、作品を紹介するばかりでなく、時にはアドバイスをし、ともに企画をし、場合によっては資金援助をするなどして、ともにアートシーンを創りあげていく。その関係性は千差万別だが、人間にとってのアートの必要性と、その力を信じているという点では一致している。

そんなギャラリーの世界に、2020年はコロナ禍の影響が重くのしかかっている。アートフェアは春以降ほとんど中止、展覧会も延期したり、企画の変更を余儀なくされた。それでも、人々がアートに触れたいという想いは強い。パリでは11月初旬の再ロックダウンで、ギャラリーも一旦閉鎖となったが、11月下旬になって再開するやいなや老若男女のアートファンたちが続々と訪れ、作品の創造性をその眼で見て、感じる素晴らしさを再確認していたのが印象的だった。

上で紹介したギャラリスト、カメル・メヌールが語っていた言葉が印象的だ。「ギャラリーは(作品という)リアルな物と人間のプライスレスな出会いを創る場所。私の仕事はアートを、複雑でない形で、人々との垣根を取り払って伝達し、すべての人のものにすることです。私たちは作品という音楽が響きわたるようにアートを仕立てる、影の仕事人。しかしここ20年で私の仕事もずいぶん変わりました。ギャラリーを訪れる人は減り、今はみなインスタグラムを見ている」(フランス公共ラジオ「France Culture」のインタビューより)

どんなに美しい画面でも、本物の素材感や立体感、あるいは美術家やギャラリストの創作にかける想いまではきっと伝わらない。いつか自由で安心な移動が再開したら、美術館とはまた違う、アートが生まれる現場のより近いところで、作品を巡る旅をぜひ体験してみてほしい。


(文・写真)
杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年より Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、アドバイザーなどとして活動中。

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