サスペンス・スリラーの帝王アルフレッド・ヒッチコックと言えば、その名を知っている人も多いですよね。

英国生まれのヒッチコックがハリウッドに渡米し、最初に作った映画であり見事アカデミー作品賞を受賞したのが『レベッカ』です。そんな1940年制作のゴシックロマンを80年の時を経て、リリー・ジェームズ(『シンデレラ』)とアーミー・ハマー(『君の名前で僕を呼んで』)という美男美女コンビでリメイクしたNetflixオリジナル映画を紹介します。

舞台はイギリス。若い女性の主人公「わたし」は天涯孤独の身の上となり、意地悪な金持ちおばさんの使用人のような仕事で生計を立てていました。

おばさんの旅先モンテカルロで主人公は、偶然に出会った妻を亡くしたばかりの大金持ちの資産家マキシム・ド・ウィンターにプロポーズされます。そして、彼の領地である海沿いの美しく巨大なお屋敷“マンダレー”で暮らすことになります。

しかし、邸宅で暮らし始めると、亡くなったはずの妻レベッカの強すぎる存在感に次第に滅入っていきます。

才色兼備で完璧な女性と誰からも絶賛される前妻と自分を比べ、苦しみの日々が始まるのです。そんな彼女をさらに追い詰めるかのように、レベッカに長年支え、レベッカを崇拝しているダンヴァース夫人という使用人が、主人公とレベッカを徹底的に比較します。自分に自信のない主人公は夫がレベッカのことを愛していると思い込み、亡き妻の痕跡残るお屋敷で苦悶しはじめます。「わたし」の行く末はどうなるのでしょうか。映画の後半、レベッカのある秘密がマキシムの口から語られます。

不在こそ、最大のオーラ

この物語の最大の魅力は、タイトルにもなっている「レベッカ」が一度も出てこないのにもかかわらず、その存在感があまりにも強烈すぎるという点。『桐島、部活やめるってよ』(2012)を思い出します。

お屋敷の誰もがレベッカの噂話を主人公「わたし」に持ちかけるだけではなく、お屋敷の広大な土地を包む海霧は妖気を孕み、ダンヴァース夫人は、まるでレベッカの分身が憑依したように新妻を追い詰めます。

それとは対照的に主人公の新妻「わたし」は、役名としての名前はあるものの、劇中では一度たりとも誰からも名を呼ばれることはありません。常に「あなた」「君」「夫人」とだけ呼ばれ、名前を失ったような状態なのです。

レベッカという女性の存在は、確かに魅力的であったのでしょう。映画を観ていると自分もレベッカがどんな女性だったのかが気になって仕方がなくなります。しかし「会わない」という選択こそ、レベッカの存在を際立たせていることに鑑賞者である自身の瞳を通して気付かされる秀逸なつくりなのです。

それにしても、仕事や恋愛で自分のポジションの前任に対してイメージを作り上げ、勝手に自分との落差に落ち込んだりした経験はありませんか?
また「いつか会ってみたい」と憧れを抱いていた人が実際会ってみると、期待していたほどの魅力を感じられず案外がっかりしたことは?

全貌がわからないものに吸い込まれてしまうのは人間の性ですが、自分の目で確かめられない他者の評判に、焦る必要はないのかもしれません。

ポジティブなだけでは、成長しない

内気で頼りなげだった少女の面影さえも醸し出す主人公「わたし」はあることをきっかけに吹っ切れたように、変心します。

そして、自我を持った強い女性へと、まるでさなぎから蝶にかえったように羽を広げます。

心の曇りや漠然とした不安はいつだって変化のチャンスだと、教えてくれます。現状にすでに満足し、ものごとを楽観視しがちな人物は、成長の機会を見落としてしまう。

自分が常に不安と戦っている人や、気持ちの乱気流に呑み込まれがちな人は何かと自分を責めがちですが不安の数だけ、新しさを取り込める可能性があると教えてくれます。

物語は永遠に続く

この映画はラストがなんてったって面白い!

正確に言うと、エンドロールのその後を想像することで物語がより豊かに広がっていきます。

精神的にも幼かった頼りなげな主人公は、まるでレベッカの一部が乗り移ったように意志の強い女性へと変貌していきます。

もうマキシムの惚れ込んだ可愛い純真な若い女性ではありません。

マキシムは「わたし」に言います。

「僕が愛した若くて頼りなげな君をね

レベッカは奪ってしまった」と。

ハッピーエンドとして終わるけれど、問題はまだ残されてないだろうか。

だって、マキシムの性格自体は何も変わっていないのだから―。

美しい邸宅を舞台に、戦うことを知らない女性が封建的な古い制度に立ち向かい、やがて自分を見つけ出す。そんな物語にも勿論見えるけれど2人はこの先、果たしてうまくいくのだろうか―。

映画の先を想像すると、この物語に終わりはないと感じるのです。

『レベッカ』

Netflix映画『レベッカ』独占配信中


映画ソムリエ 東 紗友美(ひがし・さゆみ)

1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。

HP:http://higashisayumi.net/
Instagram:@higashisayumi
Blog:http://ameblo.jp/higashi-sayumi/

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