仕事が早く終わった日、急に予定が空いた夜はひとりで気ままに過ごすにはいいタイミング。カウンターがあるレストラン、ワインや日本酒の注目店など、今やひとりで行っても十分に楽しいお店は増える一方です。ここでは“ひとりでも妥協なし、きちんと美味しいもの”をテーマに、ひとりごはん&お酒の良質な空間を紹介します。


冬が来てますます美味しくなる

魚料理が冴えわたる

初めて訪れたのに、まるで知っている店に帰ってきたみたいにしっくり馴染むレストランがある。芝公園の静かな路地に佇む樋渡もまさにそういう場所だ。

元は床屋だったと言う木造の建物をモダンに改装した店内は、飴色のカウンター、板張りの天井が柔らかい空気感を醸し出している。

そして、店主の原耕平さんが作り上げる料理もまた、どこか人をほっとさせるところがある。

広いカウンターとゆったりしたテーブルの配置も落ち着く。

原さんが師匠と呼ぶのは麹町「ロッシ」の岡谷文雄シェフ。日本の食材を巧みに取り入れる達人であり、自分の世界をブレずに貫く料理人である。原さんはイタリア修行後、帰国してすぐ岡谷さんと2人でロッシの厨房に立つことになった。イタリアへ行く前も、実は岡谷シェフが総料理長を務めていた表参道フェリチタで働いていたのだ。

「岡谷シェフの料理に憧れてフェリチタに入ったので、

マンツーマンで働けるロッシは、願ってもないことでした」と原さん。

魚介の前菜盛り合わせ 1980円(一人前)
スマガツオのかルパッチョ、ふんわりと焼き上げた焼きさばのマリネ、イワシの酢〆などひと手間かけた魚料理はワインに合う

料理のテクニックの多くは岡谷シェフから学んだという原さん。酸味をとても効果的に使うこともそのひとつであり、食材への向き合い方もまたしかり。例えば魚介の前菜の盛り合わせでは、ひとつひとつ丁寧に下ごしらえをして、その繊細な美味しさを引き出している。その工夫は、まるで和食か鮨のような感性を思わせる。

だからこそ一番いいものをいいタイミングで食べて欲しいと考え、オープン当初はコースで挑んだ。しかし、お客さんに寄り添いたいという気持ちが芽生え、ア・ラ・カルトでもオーダーできるように変えたという。そのきっかけとなったのが、緊急事態宣言により、新規のお客さんがグッと落ち込んだ時期を乗り越えたこと。

牡蠣と下仁田ネギのリゾット 1500円(1人前ポーション)
親友の米農家から届く、魚沼産のコシヒカリを使ったリゾット。食感はイタリア米のようにしっかり残し、肉の脂でじっくり炒めたねぎが出汁のような役割を果たす。酸味の効いた赤ワインと。フルポーションは1800円

新型コロナウィルスに苦しめられた今年、特にオープンしたばかりの飲食店はたいへんな苦境を強いられた。去年10月にオープンした樋渡も例外ではなく、これからという時期に勢いをくじかれてしまった。そんな中で、原さんが見出したのはできることはすべてやってやろうという料理への強い気持ちだったという。

「予約が激減する中で、支えてくれたのは常連のお客様でした。

その人たちに楽しんでもらうことが、自分にとって大切だと思えたんです」

それまでは満席の夜も多く、忙しい厨房ではとても手が回らなかったフリット(揚げ物)やグラタンなど、手間がかかるけれど喜んでもらえる料理をメニューに加えることができた。仕事が減った分、できた時間を有効に料理に投入したのだ。お客さんが快適に過ごせるように、迎える日には予約を調節し、落ち着いて食事ができる雰囲気作りにも気を配っているという。

カウンターで軽快に調理する原さんの姿も風景に溶け込んでいる。

「レストランに求められてるのは、美味しさだけではないと思うんです。

雰囲気や接客の良さとか、すべてが揃っていい時間を過ごせる。

最後に満足して帰ってもらえる店にしたいんです」

開店から一年たって、原さんの向かう方向ははっきりした。その目線は食べに来てくれる人たちが望む方向に向いているのだ。

ウォークインセラーには窓があり、外からワインが眺められる。

東京屈指のナチュラルワイン通でもある岡谷シェフの下で、ワインと接してきた原さんは、自身の料理にパッとベストなワインを差し出すことができる。このワインに強いことも原さんのアドバンテージとなった。きれいな味わいの繊細な料理に、滋味深いナチュラルワインを合わせると、味わいは一回り大きく膨らんでくれるのだから。

ずらり並んだ空ボトルを見るだけでもワイン愛が伝わってくる。

日曜日、樋渡は12時からのア・ラ・カルトのみの営業をする。この日ばかりは家族連れもOKだし、ポーションを自在に調節してくれるので、あれもこれも食べたいというおひとりさまのわがままにも応えてくれる。そのせいか、日曜日のカウンターは大人がゆっくり一人で食事とワインを楽しむ姿が多い。

普段の営業よりも肩の力を抜いた雰囲気があり、それもまた原さんの人柄を知るいい時間となっている。普段通りのメニューに加え、いつもは出さないカジュアルなメニューもあえて用意しているところも楽しい。

ちょっと不思議な言い回しかもしれないけれど、“食べる前から気持ちのいい店”、もし樋渡を一言で表すならばこんな言葉がいいのではないかと思う。



イタリア料理 樋渡

いたりありょうり ひわたし

住所:東京都港区芝2-15-4 1F

電話:03-6809-3037

営業時間:17:30~23:00(22:00LO)、日12:00~17:00(16;00LO)

定休日:月曜

※掲載価格は税別価格です(2020年11月現在)

Share

LINK