春の歩みが遅かったパリに、ようやく初夏の陽射しが見られるようになってきた。5月・6月頃といえば、本来ならフランスがいちばん輝く季節。木々の葉は蒼く輝き、庭園をバラやひなげしなどの花々があざやかに彩り、空は気持ちのいい光に満たされる。暗い冬から解放された人々が、まるで冬眠から醒めた動物たちのように続々と街へ自然へと出てきて、この美しい季節を謳歌する。

そんな夏の始まりの時期にふさわしいアートインスタレーションが、いまパリの街を彩っている。


それは、ポルトガルのアーティスト、パトリシア・クンハによる「アンブレラ・スカイ・プロジェクト」。パリのブティック街「Village Royal ヴィラージュ・ロワイヤル」で早春にお目見えして以来、話題を呼んでいる。

このプロジェクトは、パトリシア・クンハが2011年から手がけているもので、最初はポルトガルのポルトに近い人口5万人足らずの小さな町・アゲダではじまった。今では「アゲダの傘祭り」として世界的に有名になり、7月の期間中は地上5mの高さで町中のストリートが何百もの色とりどりの傘で包まれる。夏のポルトガルのはっとするような明るい青空と陽射しに映え、同時に人々を陽射しから守るこの光景を「天国の傘」と呼ぶ人もいるほどだ。注目を浴びたプロジェクトは、その後ロシアのサンクトペテルスブルクや米国ピッツバーグなど世界各地で開催され、今年パリの中心にやってきた。

「Royal=王家」の名を冠した「ヴィラージュ・ロワイヤル」は、パリのコンコルド広場とマドレーヌ寺院のあいだにある。世界的なブランドがずらりと並ぶサン=トノレ通りのすぐ近くで、シャネルやディオール、高級時計のベル&ロスなどのブティックが、まるでひとつの「ヴィラージュ=村」のような小径をつくっている。今では想像もつかないが、18世紀には市場が立って、ここに肉屋やパン屋、果実店、魚屋などがならんでいたという。1992年、全面的にリニューアルされ、現在のシックな風景を手に入れた。

「COLORER LA VIE! 人生を彩ろう!」そんなスローガンで始まる「アンブレラ・スカイ・プロジェクト」。「ヴィラージュ・ロワイヤル」全体がおよそ800ものカラフルな傘でおおわれ、幻想的な光と色彩の空間を創りあげる。もちろん、世界中から来たインスタグラマーたちの格好の舞台になっていることは言うまでもない。

Dirk De Keyzerのブロンズ像

そこにさらにアーティスティックな彩りを添えるのは、ベルギー出身の芸術家ダーク・デ・ケイゼルの彫刻作品。彼が作るのは「人間そのもの」。笑ったり、恋したり、驚いたり、夢みたり、といった人間の姿をユーモラスで詩的な造形で描いていく。「ヴィラージュ・ロワイヤル」にはこの期間、3つのブロンズ像が設置されているが、「アンブレラ・スカイ・プロジェクト」の夢のような情景にぴったりと合って、見る人を素敵な物語の世界へいざなってくれる。

Dirk De Keyzerのブロンズ像
日常のアートを探しに、コンコルドからチュイルリーへ。

さて「ヴィラージュ・ロワイヤル」を出たら、気持ちのいい初夏のパリの街を少し歩いてみたい。

コンコルド広場

すぐ近くには、フランス革命時の処刑場としてマリー・アントワネットやルイ16世など1,100人以上が命を落としたという有名な「コンコルド広場」がある。中央の噴水は19世紀の建築家ジャック・イニャス・イトルフの作品で、夏のあいだはあふれんばかりの水が噴き出し、泉をうるおす。交通量の多い広場の真ん中にあるのでつい遠くから見るだけで終わってしまいがちなのだが、近くまで行くとその美しさと迫力はまるでベルサイユ宮殿の華麗な噴水のようだ。

コンコルド広場

この広場からまっすぐルーブル美術館へと向かっていく「チュイルリー庭園」へと入れば、そこはまさにパリ中心部の楽園。東京ドームの約6個分の広さに、緑や花壇、遊歩道、噴水が構成され、しかもモネの代表作『睡蓮』で有名な「オランジュリー美術館」、そして現代写真の殿堂である「ジュ・ド・ポーム美術館」という2つのミュゼまでおかれている。

チュイルリー庭園

ここは屋外彫刻のメッカとしても知られる。メインのプロムナード沿いにはルーブル美術館の屋外版と呼びたくなるほどクオリティの高い大理石の彫刻作品がならび、そして緑の中のあちらこちらには、近現代美術家たちのバラエティあふれる彫刻作品の数々。門が開いている時間は誰でも入れる無料の庭園だが、彫刻の歴史と今を感じられるような見ごたえのあるアートスポットになっている。

チュイルリー庭園中央のプロムナードはルーブルから凱旋門までつづく都市軸の一部

近現代美術の作家には、戦後の「アール・ブリュット(生の芸術)」の代表作家として知られるジャン・デュビュフェ。金属の「動く彫刻」で世界中の街角に作品を残したアレクサンダー・カルダー。さらにポップアートのロイ・リキテンスタイン、イギリス出身の彫刻家トニー・クラッグ、イタリア出身の美術家ジュゼッペ・ペノーネなど、錚々たる名前がならぶ。

ジャン・デュビュフェ「Le Bel costumé」

このうちジャン・デュビュフェの作品「Le Bel costumé」は、デュビュフェが1985年に亡くなったあと、彼が残した模型をもとに1993年に制作されたものだ。

デュビュフェは、フランス北部の街ル・アーブルに生まれた芸術家で、精神に障害を抱えた人や子供、未開の地の民などが心のままに生き生きと描く作品の表現に大きな関心を寄せた。彼はそれらを「アール・ブリュット」(生の芸術)と呼んで称賛し、自分の芸術理論や作品に積極的に採り入れた。この赤・青・白・黒で形づくられた作品は、彼の代表的なシリーズのひとつで、パリやその近郊でもいくつかの屋外作品が残され、人々に愛されている。


もしチュイルリー庭園を訪れたなら、真ん中のプロムナードを歩くだけでなく、左へ右へと視線をくばって、こうした宝探しのように隠れた彫刻を見つけてほしい。晴れた日なら、そのまわりでは人々がベンチで語りあったり読書をしたり、ピクニックしたり、子供たちが走り回ったり、メリーゴーランドに乗ったりして休日を楽しむ姿が見られるはずだ。

日常の暮らしに溶け込んだパリのアートは、こんなふとしたところで、私たちの心に潤いを与えてくれる。

アレクサンダー・カルダー「Janey Waney」
Village Royal ヴィラージュ・ロワイヤル

(Cité Berryer)
25 rue Royale 75008 Paris
月〜土 8:00〜20:30

「アンブレラ・スカイ・プロジェクト」は、2019年7月4日まで開催


杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー

コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年より Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。現在は広告、アートの分野におけるライター、キュレーター、コーディネーター、日仏通訳として幅広く活動。

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